「こどものじかん」をたっぷりと。(映画「ゆめパのじかん」をみて思うこと)
映画「ゆめパのじかん」を見た。
日田に移住して4年目、出産やコロナなどが重なりようやく訪れることができた映画館、日田リベルテさんへ。
なんと素敵な映画館なのだろう!
一歩足を踏み入れた途端、そこに流れる空気がたまらなく心地よかった。
椅子、壁のポスター、本、雑貨、全てがぐるりとつながっている。ここを形づくるすべてのものたちに思いがある。届けたいことがあるっていうことがふんわり滲んでくる。
少し早めに着いたので、コーヒーをお願いして、ひと息。
受付の女性の方が気さくにお話してくださって、ふんわりほぐれる気持ち。小鹿田焼のカップに淹れられたコーヒーに木のお皿に乗せられたクッキー。映画が始まる前には、そのまま座席まで運んでくださった。
なんともホクホクとした気持ちで迎えた上映開始。
映画の感想は何度書こうとしても思いが溢れてしまって全然まとまらない。
この日、リベルテさんのこんな空気の中で「ゆめパのじかん」を見られてよかったなあ。
まるっと受け止めてもらった感じがする。
ああ、やっぱり。
あそびのちから。
いばしょのちから。
これでいいんだよね。
本当に感想はまとまらないけれど、勇気づけられた気がして涙が溢れた。
安心の場と出会い、
たっぷり遊ぶ「じかん」を、
ゆっくり休む「じかん」を、
ぐるぐる悩む「じかん」を、過ごす。
そのなかで
笑ったり、泣いたり、止まったり、進んだり。
「じぶんのじかん」を過ごすことで、
じぶんだけの「じぶん」を形づくっていく。
この映画の中に出てくる子らの心の揺らぎを感じながら、自分の人生の中でプレーパークに強く心惹かれ、実際にこんな場で仕事をしてみたい!と足を踏み入れたという事実をまるっと肯定してもらった気分。
たくさんの人と一緒に見て共有したい。
映像のもつ力を感じた。
私も自分の見てきたあそびの物語を語りたい!
そして強く思うことは。
プレーパークが、こんな居場所が、我が子育ての隣にあったらどんなに幸せだろう。
やっぱり作りたいのだ。こんな居場所を。
映画の舞台となっているのは、神奈川県川崎市にある「川崎市こども夢パーク=通称ゆめパ」という施設。家庭でもない、学校でもない、第三の子どもの居場所として公設民営で運営されている。
「ゆめパ」の何がすごいって、子どもと大人が一緒になって話し合い「川崎市子どもの権利に関する条約」を作ったということだと思っている。そして条例を作っただけでなく、子どもとの約束を実現する場としての「ゆめパ」が作られ、子どもと大人が一緒になって作り変え続けられているということに感銘を受ける。
夢みたいな居場所だけど、夢物語じゃないんだ。
決して多くはないけれど、日本中に、世界中に、こんな思いをこめて作られた居場所が存在してる。
そして自分も、こんな夢みたいな思想をもって熱く活動する先人たちに憧れて、プレーパークの世界に足を踏み入れた。
非常勤1年、常勤1年と期間は短く、業界では片足を突っ込んだ、くらいのペーペーだけれど、常設のプレーパークで感じ、体験した様々な出来事は、いまの私を形づくる大きな大きな宝物だ。
目指すは「ゆめパ」のように、広い敷地の中で、水を制限なく使えて、思う存分泥んこ遊びができて、煙を気にせず焚き火もできて、本も読めて、何もせずごろごろできて、雨の日だって体が動かせる屋根付き広場があって、歌ったり、踊ったり、学びの場になったり、出会いの場になったり、こどももおとなも一緒になって育っていける。
そんな大きな大きな愛の場所を自分の住むまちにつくりたいのだ!!
けれど現実問題、棒高跳びのようにポーンと飛び超えられないハードルは多いのだ。
地道に地道に。
年に一度のゆめパより、毎日行ける自由な遊び場。
ちいさなちいさな歩みを止めないこと。
だよね。