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#秋ピリカ応募作品「きっとずっと忘れない」

私の手は魔法の手
だってね、触っただけで
紙の表と裏の違いが分かるのよ。

私の耳は魔法の耳
だってね、その人の声を聴けば
いつもと違う様子にすぐに気付くのよ。

私の鼻は魔法の鼻
かすかな臭いで、誰と会って来たかだって
すぐに分かっちゃうもの。

この前もね、
「ねぇ、田中のおじちゃんと
 お酒飲んで来たでしょう。」
そうお父さんに言ったらね、

「美琴(みこと)は何でもお見通しじゃな~」
いつもの優しい声が返ってきて
お父さんの大きな分厚い手で頭を撫でてくれたよ。

私がもっと小さいときは、
泣いてばかりだったお母さんも今は
「美琴は何でもようできるから、
 お母さんも助かるわ~」
そう言って褒めてくれる。

私は、生まれつき視覚に障がいがある。
幼い頃はうっすらと明るさは感じていたんだけど、
徐々に光を失って……。

子ども心に明るさを失うことに怯え
「怖い、怖い」
と泣いたこともあった。

そんな時、
恐怖に怯える私をふわっと抱きしめて

「心の目で見れば、本当に大切なことは
 ちゃんと分かるから心配いらんよ。」

「婆ちゃんには見えんことが、美琴には
 見えるのかもしれん。美琴はスゴい子や。」

そう婆ちゃんがいつも語りかけてくれたの。

その婆ちゃんも去年96歳で亡くなったけど、
亡くなるまでずっと言い続けてくれた。

だから、目が見えないことで意地悪されたり、
からかわれたこともあったけど
私は気にならないの。

だって、
私には本当のことが分かるって信じてるから。

人に優しく出来ないのはその人の心が
優しくされていないのを寂しがってるからなのよ。

この人は、本当は優しくされたいだけなんだって
そう思えば、ただそれだけだもの。

不自由なことはあっても
少しずつ身体で覚えて、慣れていけば
どうってこと無いもの。

そんな私をお父さんもお母さんも
「美琴は凄い子や~本当に!」
と何でも挑戦させてくれる。

学校でやった紙漉き体験が面白くて
それを家でもやってみたいと言い出したときも
反対するどころか、

遠縁の紙漉き工房にお願いしてくれて
まずは、週に3回通うことで
話を付けて来てくれたのだ。

慣れるには本当に時間がかかったけど
単なるお遊びではなく、真剣に取り組んでいるのを
工房の人達もちゃんと理解してくれて、
私が作業しやすいように道具などを工夫してくれたことには今も心から感謝してる。

高校生になってからも、
その紙を工房から少し離れた工芸店で売れるように
してくれたりと本当によくしてくれたの。

私もアルバイトでお店に行って、
紙の材料についてなど説明しながら販売するという
楽しみも出来たので、本当に嬉しかった。

そんな時ね、
あの人に出会ったのは。

あの人の声も匂いも今でも覚えてる。
最後にあった時の唇の感触も
まだ、残ってるの。

あれから6年にもなるけど……
これから先もきっとずっと覚えてると思うの。
悲しいけど、忘れられない。

               1197文字

初めて応募するのですが、
他の方の作品が素晴らしくて
読んでるうちに、仲間に入ってみたくなりました。

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