一人百物語 ~ほんとにあった私と私の周りの怖い話~ななつめ
では心霊スポットの話をもう一つ
多く断崖は心霊スポットとして知られておりますが、その場所も例外ではありませんでした。
昨今ではパワースポットとして観光客でにぎわう場所ですが、かつてはバスも来ないような岬でした。
それでも晴れた日の展望は素晴らしく、遠く広がる青い海と何物にも邪魔されない空の広さは、しばし時を忘れて見入ってしまう美しさです。
その岬の展望スペースは岬の突端ではありませんでした。
もちろん展望スペースからの眺めに何の問題もないのですが、突端はそこから2大メートルほど先にあります。
突端には小さな灯台があり、明かりも灯りるのです。
そこまでは細いながらも道がついており、片側ですが柵も設置してあります。
ですが、その道は小さなゲートで閉じられ、大きな南京錠がかかっていました。
道幅や柵などの整備が追い付いていないので観光用にはせず、灯台の関係者のみが使っている道なのだろう。
訪れた人はそう納得することでしょう。
「通れたんだよ」
ゲートを眺めていた私に、後ろから声がかかりました。
振り向くと、60代後半ぐらいの男性が、私に近づいてくるところです。
この日は平日で、私以外にカップルが一組いたのですが、二人は一つ高いほうの展望スペースへ連れ立って上がったところでした。
「そこ、通れたんだよ」
男性は繰り返しながら、私から少し離れたところに立ちました。
男性はこの展望スペースの管理をしている方のようで、作業着の胸には、「~管理」という刺繡がされていました。
「灯台に行けたんですか?」
訊ねると、男性は顔の前で手を振りながら続けました。
「そっちも行けるけど、ほら、あっち」
この展望スペースのすぐ隣には、もう一か所突端がありました。
ここよりさらに高い位置にあり、一見するとこことはつながっていないように見えるのですが、よく見ると地続きなのが分かります。
草木が生い茂っていて自然のままの状態のそこは、鋭角に突き出ており、まるで飛び込み台のような形をした断崖でした。
男性が指差したのはその断崖なのです。
男性は、指した指をすーっと下に下げると、今度はゲートのほうを指しました。
「そこから」
そしてまた隣の断崖へ。
「あっちに行ける」
私は再びゲートのほうを見ました。
しかし灯台への道しか見えません。
「その下」
男性は顎でゲートを指します。
私は身を乗り出すようにしてゲートの向こうを覗き込みました。
すると確かに。
灯台への道ともう一つ。
かくんと一段、深く下がる一歩目から続く道が、草むらに隠すようにして、ぐにゃぐにゃと隣の断崖へ伸びているのが分かります。
そうと思ってみなければわからないほど草木が茂っており、この道がしばらく使っていないものであることが知れます。
「行けたんですね」
男性を振り返ると、男性は断崖をじっと見上げています。
「ダメなんだ、あそこ」
男性は断崖から目を離さずに言います。
「飛んじまうんだよ」
最初、私は何を言っているのかわかりませんでした。
私が何も言わないのを、聞こえなかったと思ったのか、男性は繰り返しました。
「飛んじまうんだよ、あそこから」
男性の視線を追って、私も断崖を見上げました。
晴れた空に先まで緑に覆われた断崖は、海側の削れた部分の岩肌とのコントラストが美しく、写真に写せば絵になりそうな風景ではあります。
ですが、どうにもそこにレンズを向ける気持ちにはならないのです。
「やめたらいいよ」
まるで私の躊躇を読んだかのように、男性は言います。
その視線は、やはり断崖を見つめたままで。
「写真に写るってよ」
私は手にしたスマホを、知らず握りしめていました。
「いっぱい映るってよ」
男性はそういうと、やはり断崖を見つめ続けています。
強い風が絶えず吹き続けるこの岬で、男性の声は、なぜか私の耳にはっきり届くのです。
不意に、男性が、私を振り返りました。
「だから、あんたも変なこと考えたらだめだよ」
「え?」
聞けばこの男性は、私が一人でここに立っているのを見て、めったなことを考えているのではなかろうかと、心配して声をかけてくれたそうなのです。
私はそんなことは考えていないと、急いで首を振りました。
「誰もいないところに一人でいるもんだからさ」
男性はほっとしたように笑顔を見せました。
「ご心配おかけしました」
私も笑顔を返して、駐車場に続く道を降り始めました。
男性もそれに倣って、少し離れて続きます。
「でも一人じゃありませんでしたよ。ほら、上の展望台のほうに、カップルが行きましたし」
駐車場を見下ろす階段を降りながら、私は上を指差しました。
ぴたりと男性が歩みを止めます。
「カップル?」
「はい。若い二人が」
男性は上に視線を向けると、口元で何かつぶやきました。
「見てくるけど、いないだろうな」
そう言った気がしました。
男性は気を付けて、というと、上に向かって登っていきました。
二人が昇って行ったのは男性が来る前でしたから、たぶん見逃したんだろうと、私は自分の車に乗り込んで、エンジンをかけました。
それで気が付いたのです。
私の車の正面には、男性の胸の刺繡と同じ社名の書いた軽自動車。
それ以外に車はありません。
駐車場はここ以外になく、徒歩で来るような場所ではないのです。
男性が言うように、展望台は無人なのかもしれません。
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