
またね
観光名所ではないけれど、青森には知る人ぞ知る美しい場所がたくさんある。
ザ・観光名所の写真を撮るのももちろん好きだけど、ローカルならではの撮影スポットを開拓することにこそ写真活動をする楽しさがあるとも思っている。
吹き抜ける風がまだ肌寒い5月。
その場所は駅舎前の水田に田植えが始まる直前が撮影のベストタイミングと聞き、車で片道2時間半かけて撮影に赴いた。
現地に着くと、三脚を携えたカメラマンと思われる人がちらほらいた。私はいつも撮影地にはだいたい1時間、早いときは2時間前には入ってその土地の空気に馴染みたいと思っている。この日も初めての場所ということもあって、撮影予定時刻の2時間ほど前に着いていた。
今回の狙いは「日没時間に岩木山と夕日と無人駅と列車、そしてそれが映り込む水田を情緒たっぷりに写したい」。なかなか要求が多い。
まだ空はだいぶ青かった。
構図や太陽の沈む位置を念入りに確認しながら、三脚を立てる場所を決める。
今日は風が強いなぁ…。
水田に水が張られていて、まだ田植えが始まっていなくて、天気が良くて、そこそこ空が焼けそうな空模様の日かつ仕事の休みが取れる日。少々風が強いのは承知の上で、その条件ではこの日しか来られる日がなかった。
できれば岩木山を水田に写したいから、風弱まれ…って念じながら待つこと1時間。徐々にカメラマンも増えてきた。最終的には30人くらいいたのかな。この辺ではやはり有名な場所のよう。
岩木山の向こうに徐々に陽が沈む中、数本の列車を見送りながらしばらく撮影した。
カメラマン同士皆撮影談義に花を咲かせ、出会いや再会を楽しみながら賑やかに過ごしている人が多いが、列車の音が聞こえてくると一気にシンと静まり返る。みんないざ撮影となると思いっきり自分の世界に入り込む。あの瞬間が私はたまらなく好きだ。
日の入りの一番いい時間が過ぎた。
風も止まないし、そろそろ帰ろうか。
でもあと1本だけ電車を待とうか…。
予報だと、18時から19時頃の時間帯だけ風が弱まるようだった。
空はマジックアワー、次の電車まであと20分。まだ待つ価値はあると思った。
遠くから電車の音が聞こえてくる。
よし、これが最後だ。
周りの声も消え、皆呼吸さえ止めているんじゃないかと思うほどの静寂と緊張感に包まれる。
その瞬間、風が止んだ。
駅に電車が停車し、数人の学生が降りてくる。
「じゃあ、またね」
「うん、また明日」
残りの客を乗せた電車はまた次の駅へ向かって走り出した。

「またね」
毎日交わされる言葉のやり取り。
きっと明日も明後日も続くんだろうって思い込んでしまうけれど、それは永遠ではないってことも心のどこかで誰もが知っている。
「おはよう」「おかえり」「おやすみ」
明日もまた言えるだろうか。
「ありがとう」「ごめんね」
大切な人にあと何回伝えられるのだろう。
当たり前のような日常や、今日交わしたその言葉が、もしかしたら最後かもしれないことを忘れてしまっていないだろうか。
あまりにも美しい夕焼けと
今日の余韻をわずかに残しながら優しく揺れる水面が、
この世界を優しく包み込みながらも
その尊い時間はやがて消えゆくという儚さを浮かべながら、
家路に着く学生たちを見送っていた。
写真家 横田裕市さんの企画、#マイフォトストーリー に参加させていただきました。文章を書く機会をいただきありがとうございます。