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Two guys

カツッカツッカツッーーー

 銀杏並木を連ねた静寂なる大道は、昨夜降り積もった雪一面に、初夜の月明かりが反射して、昼のような明るさを模していた。明後日は満月である。

 カツッカツッカツッーーー

 この通りの通行人はこの男女のつがいだけである。うち1人は下駄で足早に歩く大学助教授である。そしてその後を追うようにスノーブーツを履いた女学生が1人。名は玲香。2回生である。一見するとこの2人は各々が個々の目的があって歩いているように見えるが、2人はともに通りを歩いている。

 「先生の移動はお速いのね。先生っていつも急いでいらっしゃるように見える。あたし、先生のお身体が心配です。先生は一体何をそんなに急いでらっしゃるの?」

 玲香はほとんど小走りで先生の後を追っている。彼は速度を落とすと玲香を見て微笑を浮かべながら、

 「このくらい生き急ぐくらいの方が何かと楽しいですよ。死んだらいくらでもゆっくりできます。」

 と言った。玲香は納得できない様子で、

 「でも先生、死んだら何も無いのよ?ひたすら無の中を無を感じるわけでもなく無として在り続けるなんて、そんなのゆっくり休息をとってるなんて言わないと思うの。」

 カツッカツッカツッーーー

 玲香は無表情で正面を見つめながら言った。そして再び先生を見た。

 「ねえ先生、誤魔化さずに私の質問に答えて。先生は何の為に生き急いでらっしゃるの?早死にしたいの?」

 玲香の目は少し潤いが増したように見えた。彼はぼんやり雪を眺めながら言った。

 「研究です。この研究の成果が実を結べば、きっと、世は、良くなるでしょう。案外平凡な答えでしたでしょう? 大概の大学職員もきっと同じようなことを考えているでしょうね。私はその中の1人に過ぎない。ただ、もしかすると私は少々研究に没頭し過ぎているかもしれませんね。さっきあなたが早死にしたいのかと言いましたね。それはある意味そうだと思います。」

 彼は少し言葉を濁しつつも質問には答えたちゃんと気になって、これで大丈夫かなと玲香の顔を見ると涙が月光を含んで光っていた。頬へと流れ落ちる様はハレー彗星を彷彿とさせる。やがて玲香は発狂一歩手前の様な面持ちになった。

 「わからない……なんにもわからない……。あのね?あのね先生。あたしは先生をとっても敬愛しているの。先生の本は全部読みましたし、先生の講義だけは欠かしたこともないの。でもまだまだ先生のこと全然わからない。正直に言います。あたしには本の内容も講義の内容も全然理解できなかったんです。できればもっとわかりやすく教えて頂きたいけれど、あぁ先生!あたしを遠ざけようとわざと難しい言葉を使ったりするのね。あたしは先生を誰よりも尊敬してる良き生徒であるのにどうして? ただただわからないわ!」

 カツッカツッカツッーーー

 彼は少し黙り込んで下を向いた。彼は至って平静を貫いた。慣れていたのだ。彼は特に学生時代モテた。彼に恋する女たちを彼はいつも遠ざけた。するとやがて恋する乙女は狂い始める。その隙を狙って彼がいきなり女に優しくする。そして言うのだ。「ぼくはね、本当はとっても寂しいんだ。でも人との繋がりを持ってしまったらね、ぼくはその繋がりが消滅する時が来ることを常にオドオドしなくてはならない。あなたはぼくに永遠に尽くしてくれるかい。」すると女は内臓が飛び出す勢いで喜んでは、彼の沼につむじのてっぺんまで、はまってしまうのである。そして彼は金をせびった。もちろん女は言われた通りに渡す。すると彼また遠ざけようとする仕草を見せる。無限ループ。これがいつもの流れであった。黙り込んだ彼はようやく深く息を吸うと思慮深い顔をした。彼は先ほどより歩く速さが上がったように感じられる。その様子に玲香は固唾を飲んで格言を期待した。そして遂に彼は言った。

 「大人になればわかるさ」

 玲香は悲しい顔をした。

 「大人って何なの? ……皆んな狂ったようにそれを言うわ。……でも大人の定義を聞いたら皆んな……的の得ていないことばかり言うのよ。先生にそれを言われるなんて……ショック」

 彼は玲香が自分を慕うことは理解できなかった。彼も歳であった。玲香のような光輝いている如何にもな若者は皆自分のことなんぞ興味がないものだと彼は思っていた。だから講義も少し手荒になっていたかも知れない。自身で書いた本も若者に読まれるようなことを想定していなかったので、遠慮なく書かせていただいた。彼は少し面倒になって、

 「君は私以外の人の講義にはろくに出席していない、或いは出席だけとるとすぐ教室の外へフラフラと出て行ってしまうそうだね。大人になるっていうのは割り切れるということだよ。大人になりたいなら、目の前の問題に対して感情だけで捌こうとせんことだね。割り切りなさい。理性的になりなさい」

 彼はそう言ってから、我ながら無茶苦茶な意見を述べてしまったと後悔した。そして歩く速さが明らかに遅くなった。彼が訂正しようとする隙を与えず玲香は立ち止まって、

 「大人がそんなにつまらないものなのでしたら私はずっと子供でも十分。いや、それどころか、それがあたしの最たる本望よ!もしかしたらあたし先生のことを誤解していたかもしれないわ。あたしの理想の先生は虚構に過ぎなかった。ごめんなさい、人違いでした」

 玲香は向きを変えると、走って並木道を逆方向に走って行った。あたりは相変わらず雪の反射で昼のように明るいので遠くになってもまだ彼女の背中がみえた。彼は口を丸くして舌を内頬にすりつけながら、

 「あー。……やってしまったなぁ。」

 と言って爪を立てた手で頬を掻きむしった。そして突然ニヒルが彼を襲い、「行くか」と呟いて、ひとりで講堂へ向かうことにした。

 カランッコロンッカランッーーー

 彼は再び1人並木道を進んだ。彼の進む方向は雪かきが進んでおり、雪が路面を覆ってないので暗かった。やがて彼はおぼつかない足取りでふらふらと歩き、時たま転けそうになりながら静寂なる暗闇へと姿を消していった。

*未完作品*

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