本橋信宏『全裸監督 村西とおる伝』を今更読んで思った事
かつてNetfilxのドラマ『全裸監督』が話題になっていた頃、私はあえて見ないという選択をとった。その理由としては、村西の所業はAV出演強要問題に連なる重大な人権侵害を含むものであり、ドラマ化することはいかがなものかと感じたからであった。
しかしながら、村西とおるについては、AVを語る上ではどうしても避けられないところでもあるし、また被害者救済については2022年の「AV出演被害防止・救済法」成立で一つの区切りがついたこともあって、(ドラマは脚色が強いにしても)原作くらいは読んでみるか、という気になったのである。
ちなみに本橋氏の著作として、村西を取り上げた『裏本時代』『AV時代』は既読であったが、これらの決定版とでもいうべき本著『全裸監督』ではAVの帝王・村西とおるの興隆と没落がより完全な形で描かれていく。その筆致はまた、村西と共に歩んだ専属女優・助監督・ライターの群像劇をも克明に描き出していた。
村西の元で壮絶な日々を送った助監督・日比野正明とターザン八木。彼らは村西が失墜した後もAV業界で活動を続け、業界になくてはならない存在としての地位を確立していく。
黒木香、松坂季実子、桜樹ルイ、野坂なつみ、沙羅樹、卑弥呼、乃木真梨子… ダイヤモンド映像崩壊後、彼女たちはそれぞれの道をしっかりと、したたかに歩んでいった。
とりわけ村西の戦友としてメディアでも幅広く活躍した黒木香は、転落事故や裁判などを経て現在は隠遁生活を送っているとのことだが、その「ワキ毛女子」としてのアイコンは古都ひかることコトリッチに受け次がれたのであった。
個人的には、
・松坂の宣伝で定着した「巨乳」(本橋氏使用)というワード
・日比野と卑弥呼の悲恋
・乃木の村西への忠誠
・野坂と野村義男の結婚
・沙羅樹の『伝説のAV女優』(寺井広樹)インタビュー
・桜樹ルイのリバイバル
などなど、さまざまなテーマについて興味が持たれた。年代的には私はこれらの女優たちについて全くリアルタイムではないのだが、それ故に、どれも研究しがいのある話題と言える。「村西軍団」のストーリーは今なお現在進行形で続いているのだ。
本作は本橋氏が捧げた青春の産物でもある。本橋は北大神田書店時代には村西構想の写真誌編集長として奔走し結局頓挫するが、その後も村西との縁は切れず、本橋は村西帝国のパブリシティだけでなく芸能人・黒木香の対談のライターもこなすなどして活躍していく。村西没落後も、村西本を上梓し続け、本作『全裸監督』はついにドラマ化に至り、村西の復活に貢献したのは感慨深い。
村西の「前科七犯・借金50億」は自業自得ではあるのだが、不死鳥のように蘇る村西に心を動かされる者は多いだろう。もちろん村西の栄光と挫折と復活の裏では多くの人々の犠牲があったが、それでもやはり村西は一時代を築いた人なのである。
村西のAV帝国の構想はSODではなく、DMMグループの資本力のもと、職人AV制作集団に受け継がれていった。一監督の強烈な個性と狂信的な情熱でAV業界が左右される時代はもう来ないだろう。現代のコンプライアンス的にも絶対に許されないからこそ、村西帝国は今なお多くの人の心を惹きつけるのである。
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