アニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』が教えてくれたこと
アニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』が終わってしまう。
もう一度言う。アニメ『ポケットモンスター サン&ムーン』が終わってしまう。
この記事を書いている2日後に、ポケモンのアニメがシーズンを終えてしまうのである。
残念だ。ひっじょ~~~~~~~~~に残念だ。
今シーズンは本当に面白かっただけに、終わってしまうのが惜しくてならない。
この記事は、最終回を前にこれまでのアニポケを振り返りつつ、その良さを普及し、より多くの方にアニポケ最終回を楽しんでいただくものである。
また、僕の抱えるもの寂しさを昇華させるためのものでもある。
なお、記事の都合上、ネタバレを多分に含むが、了解されたい。
そもそもポケモンって?
こんな疑問を持つ人がこの令和の時代に本当にいるのか疑わしいが、改めて説明をしておこう。
今から遡ること23年前、1996年にゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売された。
ポケットモンスター、縮めてポケモンは、そのゲーム中に登場するキャラクター群の総称であり、ゲームをはじめとするコンテンツを指すときにも用いられる言葉だ。
この記事の主題となる「アニポケ」とは、「アニメのポケモン(コンテンツ)」ということだ。
全てのポケモンコンテンツにおいて、メインテーマに据えられていることの一つが「ポケモンバトル」である。
キャラクターとしてのポケモンは、バトル(喧嘩)を通じて成長する。
そのためにポケモンを鍛え、強くする飼い主のことを「ポケモントレーナー」または単に「トレーナー」と呼ぶ。
ゲームにおいてプレイヤーはトレーナーとなり、自分のポケモンを育てていく。その過程で、我々はポケモンに対して愛着を持つことができるのだ。
トレーナーとポケモンは異種族であるが、お互いを信頼し合い、絆を深める様子がゲームやアニメにおいてしばしば描かれる。
ポケモンというコンテンツは「共存」というメッセージを内包している、というのはさすがに考えすぎだろうか?
アニポケの歴史
アニメのポケモンは、ゲーム発売の翌年、1997年より放映が開始された。
ポケモンマスター(※)を目指すマサラタウン出身のサトシ少年が冒険の旅に出て、ポケモンや周りのトレーナーとの触れ合いを通じ、人間的成長をする、というストーリーである。
その成長のわかりやすい指標に、トレーナーが自分たちのポケモンどうしを戦わせる「ポケモンリーグ(大会)」がある。
大会での結果(や試合内容)で、我々視聴者はサトシの成長を目に見える形で実感することができるのだ。
アニポケではシリーズの終盤にこの大会があり、ファンの間ではその試合の動向が注目されるのだが、その理由は後述する。
覚えておいてほしいのは、主人公のサトシは現実時間で20年以上に渡り冒険を続けており、その間10歳のままである、という点だ。
※ポケモンマスター……サトシの造語。ポケモンについての知識、ポケモンバトルの強さなど、とにかくポケモンについての造詣が深い人物のことであり、明確な定義はされていない。サトシが20年以上も冒険し続けている事実が、ポケモンマスターへの道のりの遠さを物語っている。
主人公と舞台設定
https://www.tv-tokyo.co.jp/anime/pokemon_sunmoon/chara/chara01/ より
上の図の少年がサトシ、足元の黄色いのがピカチュウと呼ばれるポケモンで、彼のパートナーだ。
しかし、『サン&ムーン』初期の段階でキャラデザの変化が大きく取り上げられていたが、こうしてみると初期のデザインと現在のデザインも大きくかけ離れていることがわかる。
サトシはシリーズごとに冒険の舞台となる”地方”を転々とし、そこで初めて見るポケモンたちと出会う、というのが話の雛型である。
(要は、ゲームの新作が出るたびに、アニメも新たなシリーズになる)
『サン&ムーン』は、ゲーム『ポケットモンスター サン・ムーン』および『ポケットモンスター ウルトラサン・ウルトラムーン』に準拠し、
四つの島から成る南国の「アローラ地方」を舞台に物語が進む。
それではいよいよ、今シリーズの『サン&ムーン』が素晴らしい理由を述べていこうと思う。
良さ①斬新な設定
『サン&ムーン』では、サトシが学校に通う。
これはこれまでのシリーズを知っている者からすれば、とんでもないことだ。
アニポケのサトシといえば、旅をしながらリーグの開催地を目指す、というのがお決まりであった。
そうやって20年以上も旅をしていた彼が、留学目的で小さな島にホームステイをするのである。
なんて現代的な価値観だろう。
『サン&ムーン』の放送開始は2016年。
ゲームが20周年を迎え、アニメも20周年という節目を前にして、全く新しい設定を盛り込んだ点をまずは評価したい。
良さ②メインキャラクターの多さ
サトシが定住生活をすることで、大きなメリットが生まれた。
それは、登場人物が固定されるということだ。
参考として、Wikipediaの数字を挙げよう。
Wikipediaのアニポケ各シリーズの項目には、「メインキャラクター」が書かれている。
その数を比較すると、以下のようになる(サトシとピカチュウ、およびサトシのポケモンは除く)(2019年10月31日段階)。
無印……7(カスミ、コダック、トゲピー、タケシ、ロコン、ケンジ、マリル)
アドバンスジェネレーション……3(タケシ、ハルカ、マサト)
ダイヤモンド&パール……3(タケシ、ヒカリ、ポッチャマ)
ベストウィッシュ……3(アイリス、キバゴ、デント)
XY……4(セレナ、シトロン、デデンネ、ユリーカ)
サン&ムーン……20(ロトム図鑑、リーリエ、シロン、カキ、バクガメス、ガラガラ、リザードン、マオ、アマカジ、スイレン、アシマリ、ナギサ、マーマネ、トゲデマル、デンヂムシ、ククイ博士、ウォーグル、ガオガエン、オーキド校長、ネッコアラ)
圧勝である。いくつかメインキャラクターとして扱うには怪しいヤツもいるが、それでもXYシリーズまでの平均値4に比べ、圧倒的な多さであることがわかるだろう。
サトシの定住生活によって、多くのキャラクターのエピソードを描くことができるようになり、結果として、視聴者も深く”推す”ことのできるキャラクターと出会えるのだ。
良さ③ポケモンのいる生活
ポケモンは、モンスターボールを使うと捕まえることができ、中に入れて持ち運べるのが大きな特徴だ。
――「ポケットモンスターオフィシャルサイト」より
多くのポケモントレーナーは、ポケモンを「モンスターボール」と呼ばれるボールに入れて持ち運ぶ。
サトシのピカチュウはボールの中に入るのが嫌いな性格なので常にボールの外で生活をしているのだが、彼は例外で、ほとんどのポケモンはボールの中で多くの時間を過ごす。
上記の「メインキャラクター」に含まれるポケモンは、劇中(バトル以外)でモンスターボールの外に出てくる回数の多いポケモンである。
つまり、『サン&ムーン』においては、そういった「ボールの外のポケモン」の描写が多い。
これには、二つの要因が考えられる。
まず第一に、アローラ地方ではバトルの文化が未発達である点だ。
他の地方には設置されているポケモンリーグがアローラ地方にはないため、人々はリーグを目指し旅をする理由が無い。
小さな島であることも作用し、人々とポケモンは長距離の移動をほとんどしないのだ。
アローラ地方における短距離の移動では、ポケモンがボールで休まずともそれほど疲労が溜まらないのだろう、と推測される。
第二に、アローラではポケモンが労働力として使役されている点だ。
農耕や移動において、「ライドポケモン」と呼ばれるポケモンたちは人々の仕事をサポートする役割を担っている。
アローラにはポケモンがモンスターボールの外で生活する土壌が整っている、ということになる。
サトシとピカチュウの例を見ていることもあり、人々がポケモンと共に生活をする、というのはポケモン好きなら誰でも一度は夢想することだ。
その世界を濃密に表現したという点で、『サン&ムーン』は素晴らしいと思う。
奇しくも、『サン&ムーン』放送時期に公開された二本の映画『みんなの物語』『名探偵ピカチュウ』も、同じように人とポケモンの暮らしが描かれていた。
どちらも佳作であるので時間のある方は是非ご覧いただきたい。
良さ④古参ファンも楽しめる要素
『サン&ムーン』には、初代シリーズ『無印』のリスペクトが数多く含まれている。
以下にその例を挙げる。
・マサラタウンのオーキド博士の親戚がサトシの通う校長を務める(顔も声もオーキド博士そのものであり、親しみやすい)
・第30話~43話のOPが初代の主題歌のリメイクである「めざせポケモンマスター -20th Anniversary-」
・第129話~146話のEDが初代の主題歌のリメイクである「タイプ:ワイルド」
・初代の旅仲間であるカスミ、タケシが登場する(これは本当に盛り上がった!)
・初代のサブキャラクターであった「落書きプリン」も登場する(これは個人的にとても嬉しかった)
ざっと挙げられる点はこんなものだが、これ以外にもきっとあると思う。
20年前に『無印』を見ていた世代が成長し、家庭を持ち、子をもうけ、その子供が『サンムーン』を見る、という風景が想像できる。
上記の初代リスペクトの要素は明らかに子と一緒にテレビを見る親を意識しており、親子二世代でポケモンを楽しめるのは憧れるところだ。
今年3月にはポケモン初の公式ベビーブランド”monpoke”が発表されたが、親子をターゲットにした商品展開は今後も続くだろう。
良さ⑤父性の存在
『サン&ムーン』で一番好きなキャラクターを挙げろと言われたら、ククイ博士になるかもしれない。
https://www.tv-tokyo.co.jp/anime/pokemon_sunmoon/chara/chara01/ より
母親の元を離れ、アローラ地方で生活するにあたって、サトシの衣食住を保障したのはククイ博士だった。
彼はアローラにおけるサトシの父親であり、ポケモンの「わざ」の研究家であり、サトシの通うポケモンスクールの講師であり(10歳の子供相手に博士号を持つ者が教育することのすごさよ)、サトシが目標とするポケモントレーナーであった。
サトシの父親について、アニメ本編で語られたことはこれまで一度もない。
10歳の少年の成長の過程において、父親という存在がとても重要な役割を果たしていることを、アニポケスタッフはよくわかっていた。
アローラ地方において、ククイ博士がサトシを庇護し、導き、陰から見守ることで、サトシは大きく成長できたのだと思う。
この点については、次の項目にも関係する。
良さ⑥サトシ、悲願のリーグ優勝
ポケモンリーグのなかったアローラ地方にポケモンリーグを設置したのは、他ならぬククイ博士であった。
その大会で優勝し、サトシはアローラの初代チャンピオンとなる。
ポケモンリーグ優勝がポケモンマスターの必要条件なのかは不明だが、サトシが優勝を目指して戦い続けてきたのは事実である。
これはYahoo!ニュースのトップを飾るほどの大事件であった。
正直アローラリーグは、すべての勝敗の結果が読めるくらいの予定調和であった。
優勝者とククイ博士のエキシビジョンマッチが控えていたため、優勝はサトシ以外ありえないと誰しもが思っていたはずである。
だが、優勝が確実視されていた前回のカロスリーグの時も、サトシは負けたのだ。
みんな1%くらいはサトシが負ける展開を予想していたのではないか。
それだけ、21年間優勝なしの実績の印象は悪かったのである。
初代のOP「めざせポケモンマスター」で、松本梨香(=サトシ)はこう歌っている。
ユメはいつかホントになるって
だれかが歌っていたけど
つぼみがいつか花ひらくように
ユメはかなうもの
――「めざせポケモンマスター」より
また、2代目のOPではこうだ。
夢のつぼみは
つぼみのままだけど
すこしずつふくらんできてる・・・
そんな気がするよ
――「ライバル!」より
サトシはつぼみに水をやり、花を咲かせる努力をしたから夢を叶えることができたのだ。
彼の優勝を目撃した視聴者は、大きく勇気づけられたことだろう。
良さ⑦岡崎体育の楽曲
2016年にデビューし、当時新人だった岡崎体育は『サン&ムーン』のテーマソングのほとんどを担当した。
OPは56/146話、EDは124/146話とその割合は一目瞭然である。
曲の良さもさることながら、ポケモン好きを公言する彼の、ポケモン愛がひしひしと伝わってくるいい歌詞が多かった。
エピソード紹介
ここでは、各キャラクターに焦点を当て、そのキャラの魅力が出ている回を一話ずつ紹介したいと思う。
本当はもっと紹介したいのだが、あまりにも大変なので許してほしい。
・サトシ
第29話「ネマシュの森であなたも寝ましゅ?」
主人公であるサトシは、よくポケモンを「友達」と表現する。
たとえそのポケモンが人間に対し害を為すものであっても、彼はお互いにとって最善な方法を模索し、友好な関係を結ぼうとするのだ。
自分のポケモンだけでなく、すべてのポケモンを広く愛する彼の姿勢が見えるのがこの回だ。
サトシの底抜けに「いいやつ」な部分を堪能することができる。
あと、何気にマオがリーリエのことを1mmたりとも疑わないシーンも、アツいポイント。
・リーリエ
第54話「輝けZパワーリング! 超ゼンリョクの1000まんボルト!!」
アローラの女子三人衆のうちの一人、リーリエはシリーズ前半におけるメインヒロインである。
彼女は「ポケモンに触れることができない」という、『サン&ムーン』においては極めて異質な設定を引っ提げて登場した。
彼女が自分の内面に向き合い、ポケモンに対する壁を壊し、成長していく過程がシリーズ前半においては描かれている。
この前後のエピソードは、彼女の自立が描かれる前半のクライマックスである。
精神が退行し自分の世界にこもるあまり、他者を拒絶するようになってしまった母親。
そんな母親に対し、いわゆる「育ちのいい」「お嬢様」だったリーリエが自分の意志で反抗し、愛のある言葉を投げかけるシーンに注目してほしい。
前半のグラジオの戦闘シーンは「戦闘!グラジオ」のアレンジBGMも含めて超かっこいいし、後半のサトピカZも盛り上がること請け合いだ。
・スイレン
第59話「マオとスイレン、にがあまメモリーズ!」
女子三人衆の一人、スイレンは飄々としてつかみどころのないキャラである。
ヒロインズの中では最もポケモンバトルが強く、水タイプの使い手というイメージとは裏腹に、バトルに対して熱心な姿勢はよく伝わってくる。
普段は倒置法を多用し、嘘やギャグ(よくスベる)を言ってばかりの彼女の幼少期を描くエピソードがこの回だ。
現在パートでは姉としてのしっかりした一面、目的に向かって邁進する情熱的な一面などが見られるが、
幼少期パートでは内気で、引っ込み思案で、照れ屋な面が描かれる。
しかし、親友を気遣う様子やお茶目なところは同じである。
マオの存在がスイレンを外交的にしたのだろうか、と想像してやまない。
・カキ
第70話「牧場を守れ! 逆襲の蒼き炎!!」
炎タイプの使い手であるカキは、燃え盛る火山のようにアツい漢だ。
しかし、テンプレのようなキャラだけに、ネタキャラというテンプレなギャップを製作陣から付与された、悲しみを抱えるキャラクターである。
そんな彼が「一度敗北を喫してからの勝利」という王道ストーリーを踏襲するエピソード。
彼の家族を思う気持ち、家族からカキへの信頼、パートナーのポケモンとの絆が描かれる名回だ。
(カキについて語れること、マジで少なくてごめん)
・マオ
第108話「カプ・レヒレの霧の中で」
マオは悲劇のヒロインである。
幼い頃に母を亡くし、父親と母の形見であるパートナーポケモンと三人で食堂を切り盛りしている。
彼女が常に明るく笑顔で、クラスメイトの中でもお姉さん的ポジションでいる理由は、甘えられる相手がいなかった暗い過去によるものだろう。
そんな彼女が、生者と死者を結び付けるポケモンの力で、亡くなった母親と再会するのがこの回だ。
マオが自分の過去と正面から向き合い、それをどう受け止めるのか、注目して見てほしい。
褐色最高!
合わせて見たいエピソード:第21話「ニャビー、旅立ちの時!」
・マーマネ
第123話「Zワザを極めろ! 灼熱のカキ合宿!!」
『サン&ムーン』における裏ヒロインがマーマネである。
彼の言動はいちいち”メス”を感じさせる。
わかりやすく言うと、女々しいキャラなのだ。
臆病で、快楽に流されやすく、嫌なことからつい逃げてしまいがちな彼に感情移入しやすい人も多いだろう。
そんな彼が、大会を目指して特訓をする様子が描かれているのがこの回だ。
バトルエリートのサトシとカキに特訓をつけてもらうのだが、その時に垣間見えるマーマネの劣等感が心に刺さる。
そんな彼を成長へと導くのは、他ならぬ彼のパートナーポケモンである。
トレーナーがポケモンを育てるだけでなく、ポケモンもトレーナーにいい影響を与える、そのテーマが良く描かれていると思う。
・ククイ
第125話「サトシ、時を超えた出会い!」
サトシがタイプスリップして少年時代のククイと邂逅することで、ククイ博士のルーツが描かれる回だ。
このサトシとの出会いが、ククイの夢の方向性を決定づけることになる。
つまり、アローラポケモンリーグの開催である。
この後に始まるポケモンリーグ編の導入として、非常に完成度が高い。
この回のOPで流れる「キミの冒険」という曲は、大人目線でサトシに語り掛けているようにも受け取れるのだが、その一節がこの話にぴったりなのだ。
夢を声に出すことの大切さは キミが教えてくれたんだ
――「キミの冒険」より
シリーズ終盤を盛り上げ続けてくれた岡崎体育は、本当にすごい。
・グラジオ
第127話「グラジオとリーリエ! 父の幻影を追って!!」
いつも中二病全開でかっこつけているグラジオだが、この回では珍しく感情を露わにしている。
『サン&ムーン』は「家族」の関係が他のシリーズより濃密に描かれることが多いが、彼とて例外ではない。
行方不明になった父親を思う気持ちは、やはり年相応の少年のそれなのだと気づかされるエピソードだ。
前半ではリーリエ(妹)が父の話をする、という構成も素晴らしい。
「グラジオ 厨二口上」で検索すると面白いものが見られるかもしれない。
・グズマ
第137話「無敗の帝王グズマ!」
グズマはポケモンバトルの負の側面を映し出すキャラクターだ。
勝者がいれば、敗者もいる。
サトシたちのように負けてもポケモンバトルを楽しめる者もいるが、グズマはそうではない。
負ければ悔しいし、楽しくない。それは至って普通のことだと思うし、だからこそ勝ちに執着する気持ちも理解できる。
グズマの前には、常にククイが立ちはだかっていた。
かたや人々の信頼も厚くバトルも強い人気者、かたや周囲になじめない敗北者で嫌われ者。
大人になって苦汁を舐めさせられた経験があれば、グズマの気持ちは痛いほどよくわかる。
グズマの抱える劣等感、負けを怖がる気持ち、下っ端に対する責任感などがたった一話に凝縮されている。
世界に向けていた嫌悪を弱かった自分に向けることで、結果として自己肯定感を手に入れる過程が丁寧に描かれている。
グズマは決して登場回数が多いキャラではないが、ここまでしっかりとキャラを立たせることができるとは、天晴としか言いようがない。
終わりに
最後に、僕の胸中を満たす、この寂しさの原因を考察して結びに代えたいと思う。
思うに、『サン&ムーン』は完璧だったのだ。
人々の生活にポケモンが深く関わるという理想の世界、サトシがリーグ優勝を果たす夢の世界、魅力的な人々に囲われた優しい世界。
アローラとは、そういった世界であった。
視聴者はあたかも自分もアローラに暮らしているような感覚でアニメを見て、その住人になっていたのではないだろうか。
だから、その世界が無くなってしまうのが怖い。
永遠に続くアローラの「日常」の中にいたい。
だが、その願いは叶わない。
『サン&ムーン』は、「日常」アニメでありながら、その終わりを我々に突きつけてくるのである。
サトシの地方での冒険が永遠には続かないということは、視聴者ならば誰もが知っていることである。
知ってはいるのに、受け止めるのが難しい。
最終回では、サトシがアローラ地方を離れるエピソードが描かれる。
次のステップに進むサトシと、取り残される視聴者。
この構図は、現実の世界でも見られるものだ。
(都会の対義語としての)地方において、夢を追いかけるために故郷から出て行く者と、そうでない者というかたちで。
田舎は、そこが田舎であるという点にさえ目を瞑れば、生きやすい場所である。
ぬるま湯に浸かるような生活を送り、一生を終える者は少なくない。
アローラは「田舎」であり、「ぬるま湯」である。
少なくとも、夢を追うサトシにとっては、そこでの楽しさはあれど、ずっと留まる場所ではない。
であるならば、我々視聴者はサトシの門出を祝わなくてはならない。
別々の道を進むきみの背中を見送る
僕も もういかなきゃ 思い描いた未来へ
――「心のノート」より
前に進める者と、立ち止まる者がいる。
『サン&ムーン』は、最後の最後でそんな残酷な現実を浮き彫りにした。
それを含めて僕は素晴らしいアニメであると思うし、シリーズを通して製作者からのメッセージは「前者になれ」である。
だったら、我々のすることはただ一つだ。
そう、『サン&ムーン』の最終回を、諸手を挙げて受け入れることだ。
最終回は11月3日(日)18:00~テレビ東京にて放送される(関東圏)。
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