#8 オリジナル小説
「私を突き落として、ここから」
白い服がはためいている。
何を言ってるんだろう。目の前の人物と過去の記憶が交差して、まるで実感が湧かない。ガラスの壁がこちらを阻むように距離感があった。
この子は誰だろう、私は知らない、知らない、知らない……
「そう、誰も私の味方してくれないの。わかった、わかったよ。でもさアサヒ、私を連れ出すなら最後まで責任持ってよ」
「最後までって……私は最後だなんて、思ってない」
そんなこと言わないでよ、と続けたかったが一刀両断される。
「次なんてないよ」
ないからここに来たんだよ。目の前の少女は囁くように言う。
「巻き込んでごめん、でもこれでおあいこだよ。あなたも私をこの場所に連れてきた。希望しか信じてないあなたに分かって欲しかった。だからこうしたの」
やめて。
ねぇ。
彼女はガラスが割れた窓のサッシに飛び乗る。一瞬だった。
「私を、わすれないでね」
急いで駆け寄る。彼女はぐらりと後ろに崩れる。彼女の腕に指が触れる。だが引き戻せることはなかった。
彼女の身体が離れていく。
目の前が真っ暗になった。
空を切る感覚は今でも忘れない。
間に合わないよ、あなたに私は救えない。
彼女にそう言われた気がした。
*
ヨルガは顔を伏せてうなだれている。
「その後、私もすぐに死んだ」
ドキリとしたが、続く言葉で嫌な予想は外れた。首筋に変な汗をかいていた。
「精神が不安定になったからか注意力が落ちて、迫ってくる車に気がつかなかった。そして気がついたらここに居たよ。きっとバチが当たったんだ、因果応報だね」
口の中が乾いて粘ついている。嫌な感覚だった。
「それで救えなかったって、ずっと?」
「うん。きっと君を引き止めたのもそう言うことなんだ。その場しのぎでしかないのに、君が本当の家に帰った時何もできないのに、何度偽善を重ねれば良いんだろう」
「でも僕は、救われた」
ヨルガの肩がビクッと震えた。
「なんて言えば良いか分からないし、何が正しくて何が間違ってるかどうか僕には分からない。でもほんのすこしの時間でも、僕は君に救われた。心が軽くなった。偽善でも良い、綺麗事でいいよ」
だってそんなことを言ってたら、本当に何も出来なくなる。救えないなら見過ごす事はある意味大人なのかもしれないが、自分だったらそうしたくない。
自分は誰かに声をかけて欲しかった。
「君は悪くない」
その時の彼女の顔は見えなかった。ずっと俯いたまま、しばらく硬直していた。
どのくらい時が経っただろうと言う時、おもむろに地面に指で何か書き始め、書き終わると自分の裾を引っ張ってこれを見るようにと指差した。
ありがとう、と書いてあった。
*
それから半日後、ヨルガは転生した。
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