#4 オリジナル小説
「忘れ物じゃなかったのかぁ」
ヨルガはぽつりと言う。ギクリとした。洞窟の湿っぽさが今でも残っている気がして、思わず後ろ髪を触る。
「……ごめん」
「どうして謝る?」
「……」
こういう時なんて言えば良いだろう。感情がグチャグチャして、自分が続けたいであろう言葉がよく分からなかった。ただなんとなく後ろめたい。
「まぁ良いわよ、私でも初対面でそんな重たい話はしたくないもの」
ヨルガは早足で、吹っ切る様に自分を追い越した。半分透けた身体が嫌でも彼女を死人なことを表していた。
「重たいかな。死にたいとか案外普通な気がするけど」
ヨルガの足が止まる。
「何故?」
「だって死にたい奴なんかそこら中にいるでしょ。別に」
本心を言ったつもりだ。しかしまっすぐこちらを見る目がかすかに揺らいだ気がして、思わず顔を伏せる。
「ごめん、聞いといて何だけどやっぱり聞きたくないかも」
それ以上何も言えなかった。
*
ヨルガの家は清掃した仮家の三分の二といったところだろうか。それでも十分な広さだ。自分の家も一軒家だがここまでの広さはない。打ちっ放しのコンクリートがひんやりと寂しさを醸し出している。玄関からハシゴ並みの急勾配な階段をよじ登り、日当たりの良さそうな南の部屋を指さされた。
案の定家具も何もない、がらんどうの部屋だ。
「君はここの部屋使ってね。布団は出しておいた、トイレはすぐそこ、お風呂は簡易的だけど一階にあるから適当に使って。私は基本的に一階の居間にいるから何かあったら呼んで」
「ありがとう」
「本当に長老に感謝。私だって生者と会う機会なんかそうそう無いし。
それはそうと、君のご両親は心配してるんじゃない?連絡とかしなくて良いの」
「別に良いんじゃない、割と淡白だから気にしてないだろうし」
素っ気なく返す。不登校になった時でさえ深く突っ込まれなかったのだから、たかが知れてる。
「……そう?じゃ、ごゆっくり」
扉が閉まる。
日はどっぷり暮れていた。電気は通ってないのか、明かりはロウソク一本のみと随分質素だ。広い部屋では隅まで照らせず、そこら中に闇が広がっている。
不思議と居心地が良かった。なんとも言えない開放感。誰も自分に追いつけない、ものすごい遠くへ来てしまった気がする。罪悪感を感じていない訳ではないが、今はこの状況に甘えたい。
コンクリートの床に不釣り合いな敷布団の上に寝転ぶ。敷物も何もなく、直に敷かれた布団からは冷気が感じられた。心地よさと同時にどっと身体が重くなる。予想以上に疲れていた。そのまま引きずり込まれる様に眠りについた。
*
あてもなく彷徨う夢を見た。
薄暗い道路はいつまでも続いて先が見通せない。
焦燥に駆られる。闇が怖くて早く家に帰りたかった。
街灯に照らされた木がサワサワと揺らぎ、同時に景色も歪んでいく。辺りの建物が崩れ、静かに砂になっていく。
待って、おいていかないで、待って。
声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。
景色が歪んでいく。
待って、おいていかないで。
飛び起きる。視界が現実に引き戻される。目に光が飛び込んで、思わず顔をしかめる。眩しい。
鳥の甲高い鳴き声が耳に響く。
朝が来ていた。
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