長閑浜のデネボラ 1の4 山城タクシー
車を社員駐車場に停めて、事務所へ歩いた。
事務所はベージュの二階建で、家2軒分ほどの大きさだ。
大きめの窓にはブラインドが常に降ろされている。
玄関の自動ドアの隣には、2メートルほどの木が隣に植えられている。
玄関ホールはガラス面が大きく取られているが薄暗く見え、受付に人も常駐しない。
「おはようございます。」
事務所裏の通用口で掃除をする男性へ、足を止めずに軽く顎を引いて挨拶をした。
「おはよう。」
ほうきを持つ手を止めて、体の向きを変えて男性に挨拶を返される。
男性は、ネクタイをした白シャツにベージュのニットベストを重ね、濃いグレーのスラックスに黒のローファーを履いていた。
身長は165cmくらいだ。シャツの袖を捲って、年季の入った長い竹ほうきを持っていた。会社の玄関と通用口を毎朝、掃除するのが日課らしい。
髪は黒く染めているようで、隙間は見えるが七三に分けられていた。
顔に、ほうれい線と表情シワは薄くあるが、年寄りというほどではない。
昔ながらの細いフレームの眼鏡をかけていた。遠近両用レンズだと言っていた。
用務員に見えてしまうが、社員15人の山城タクシーの社長である。
年齢は62歳だが、まだまだ続けるつもりらしい。
息子さんがいるらしく、“ハーバードじゃないアメリカの大学”で研究をしていると言っていた。年に1、2回のメールや電話でのやり取りがある為、全く心配をしていなかった。
「いやー、だんだんと暖かくなってきたね。新入生も通学路になれたろうから、飛び出しとかさ。気をつけてね。」
「はい。わかりました。」
おれの返事に、うんうんと頷いてほうきをまた動かし始めた。
社長というより校長先生だ。
通用口から事務所に入ると、アルコール検査を終えカメラに撮り、社長へ見せに戻った。
社長はスマホを受け取り、検知器のOKを見つけたらしく「毎回ありがとうね。今日もよろしく。」と笑顔で返してくれた。
日報の紙とファイルを手に、事務所の適当な席に座った。
事務所には、大正時代を感じさせる木製から、天板の一辺が流線になったデザインの凝ったものまで、多種多様な机が並んでいた。
建屋は昭和のままなので、いろんな年代の机型タイムマシンが勢揃いしたように見える。
かつては100人以上が働いていた会社だ。空間を持て余している。
連絡用の黒板やホワイトボードが壁三面にビッシリと並び、もう消せそうにないチョークで書かれた文字が残る。直線の蛍光灯はLEDに変えられていた。
事務机にパソコンはなく、黄ばんでしまった透明なデスクマットがある。
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