長閑浜のデネボラ 1の7 くらげホステル

車の運転をしながら今日のお客さんを想像した。
今までの経験では、関西で入国して日本文化と歴史を見て周りながら、東京から出国する外国人のお客さんが多かった。登山を途中に挟む方もいた。

織田が腰掛けた石、豊臣が浸かった産湯の井戸、出世前の徳川の城、豊臣と織田の銅像がある神社を周る事が多かった。
細やかな観光整備をされていない場所が多い為、気が乗れば簡単な説明もした。
こちらとしても、長時間囲ってもらえるのはありがたかった。

くらげホステルの前に着き、腕時計を見ると9:30ごろを指していた。十分に余裕があるので、隣の支社にタクシーを停めた。
客待ちとは言え、目の前が自社であるのに路上に止まるのはイメージが良くないと思っている。

ビルの2〜3階にくらげホステルは入っている。
前まではフィットネスクラブだったがリフォームを全面的に施して、内装と間取りは大幅に変えてシャワーなどの設備は再利用されている。
出入り口に置かれた小さな黒板に「くらげホステル」と書かれ、オシャレなカフェのようだった。

階段で上り、銀枠にガラス板の扉を押して入ると、ロイヤルブルーに近い紺色の内装だった。ポップなデフォルメされた魚や貝もデザインされている。芸大の友人に格安で描いてもらったらしい。
自然採光もあって明るいフロアだが、深海の雰囲気がある小物も置かれたインテリアだった。
ガラスかクリスタルで作られた、イルカの飾り物が吊るされていたので尋ねたら「いるかホステルをオマージュしているから」と言っていた。
開業にあたり参考にした場所があるらしい。

受付のカウンターにはオーナーの渥美がいた。他に人はいない。
渥美は出入り口のすずに反応はしたが、また組んだ腕を机部に置き、軽い前傾でパソコン画面を細目で見ている。
“鏡”を認識できないリスが、映った自分自身を警戒しているような顔つきだった。

顎下までの長さの黒髪を耳にかけていた。作為的なウェーブがかかってないところから、美容にマメな方じゃないと想像している。
ただ、キメの細かい白い肌は実年齢より、若く見られる事が多いようだ。
くらげをプリントした白のTシャツとジーパン姿に加えてG-SHOCKだったが、目元とイヤリングは女性の色があった。

渥美とは小中高の同級生である。
「おつかれ」と声をかけると「おつかれさまー」と抑揚のない機械音で返された。
経営状況を確認しているのだろう。2年前に200万円の借金があると言っていた。
コロナ禍は乗り切ったが、借金は増えたと言っていた。

#小説
#良くない

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