変わるのも悪くはないと教えてくれたアフォガード
ゴールデンウィーク後半、伊豆の伊東に行った。宿でぐでーっと休み、夜はおいしいアジを味わい、カラオケで喉をからして寝る。そんな正しい旅を味わうことができた。そして最終日、さあ何をしようか。
アイスの思い出
伊豆はよく行くので、山や街のスポットはたいてい踏破済みだ。ここは行った、ここはどうだの言っていると、
「久しぶりに小室山行ってみない?」
気になる提案があった。
小室山か。小学生のときに一度行ったような。記憶の糸をするするっと引っ張ってみる。と、糸の先に手ごたえがあった。引っ張って浮かんできたのは、絶景の山頂と
――食べ物への未練?
そうだ。あのころはすぐに泣いてしまう手のかかる子どもだった。小室山に登り、山頂でいつものようにぐずってしまったんだっけ。そして機嫌の悪いときは、つい思ったことと逆のことをしてしまうもの。ソフトクリームを買ってもらったのに、つい「いらない」って言って食べそびれてしまったんだった。
「食べ物の恨みは忘れない」ってよく言うが、僕にもそんな思いが眠っていたのか。心の中の九尾を起こしてしまったような、そんな何とも言えない気持ちになる。
よし、決めた。小室山の山頂で、あの日のアイスのリベンジをしよう。
小室山を登ろう!
車を降りる。すぐに太陽とやたらと強い横風がお出迎えしてくれる。あっという間に強風オールバックの完成だ。スキップしたくなる。
小室山へはリフトでも行けるが、せっかくなので歩こう。腰ほどに育った並木に囲まれながら坂を登っていく。緑のトンネル。
さて、この木の正体はつつじだ。ここ小室山はつつじの名所として知られている。
1ヶ月前に行けば桃源郷のような世界が見られたはずだ。しかし今はすでに散ったあと。つつじの木をよく見ると、ところどころに茶色がかった「花のなれ果て」がついていた。夢は終わりがあるからこそ美しい。それは人生も同じ。でも、こんなしなびた終りかただったらさびしいな。今のままでずっといたくなってきた。
枯れたつつじの花の色
諸行無常の響きあり。
世の中のはかなさを噛みしめながら足を進めていくと、行く先が開けて見えた。いよいよ山頂だ。
記憶の中ではレトロな展望台と売店があったと思うが、果たして今は元気かな。
諸行無常の山頂
視界が開ける。山頂へ踏み出す足が思わず止まった。今、間違えてスタバに入りそうになったときと同じ心情になっている。
小室山の風景は、一変していた。
目の前に現れたのは、渋谷の街にあっても違和感がないような木が敷き詰められた遊歩道と、六本木の屋上にもとけ込めるようなカフェだった。
小室山はいわゆる「インスタ映えスポット」に変貌を遂げていたのだ。
アイスが……
さて、今回の目的はアイスだ。いざ、20年前の無念を今晴らすとき。さっきは気後れしたけど、ここに入るしかない。いざ参ろうぞと大股でカフェに突撃する。
足が入り口で止まった。目の前を通せんぼするのはメニューだ。
「ホットコーヒー」
「アイスティー」
「みかんジュース」
アイスが……。ない。
少年時代の自分が脳内で暴れ出した。アイス食べたい食べたい。
もう大人なんだから落ち着け自分。こういうときはもう一度メニューを見てみよう。何かの間違いかもしれない。すると気になる言葉を見つけた。
「オレンジアフォガード」
僕は喫茶店に行くことがない人間なので、こういう横文字にめっきり弱い。アボカドみたいなワードだなと検索してみる。と、「バニラアイスに飲料をかけて食べるスイーツ」と出てきたではないか。
つまりこれはアイスだ。
リベンジ成功!
目的のブツは決まった。さっそく注文し、テラスに座りながらオレンジのシロップをアイスにとろり。
スプーンですくうと夏の始まりのような、物語が始まりそうな香りが広がった。急ぎ口に運ぶ。
オレンジの酸味がと苦みが口に広がる。酸味をバニラの甘みが追いこし、苦みを包み込み、飲み込んだ後にはさっぱりとした後味だけが残る。
リベンジを果たしたアイスは、大人の味がした。おいしかった。
子どものころなら、これを食べてもその酸味を楽しめなかっただろう。
世の中も自分も移り変わっていく。変化に抵抗するのではなく、変化を受け入れて楽しんでいくのが大事なんだ。
かつての山頂にはなかったおしゃれなアイスを食べながら、そんなことを思ったのでした。