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『夢、あるいは、夢のような話。』
【詩:その1(凪沙)】
夢、あるいは、夢のような話。
私は、ひどくひんやりとした部屋の中にいた。
扉は、固く閉ざされていた。
漆のような重い液体が、ぽつぽつと流れ落ちる音を聞きながら、
その黒色を体に染み込ませて行く。
白い肌にインクを垂らしたような斑点が浮かび上がる。
毒だ。これは、私の心が生み出した毒なのだ。
まとわりついてく幾つもの粒に、絡め取られる。
真綿で首を絞めるように広がるそれを、黙って受け入れる私。
このまま闇に溶けて行くのもいいんじゃないか。
このまま闇に消えて行くのもいいんじゃないか。
暗い部屋と同化していくのを、まるで他人事のように俯瞰しながら、
私は、私でいることを捨てようとしていた。
「泣いているの?」
声がした。少女の声だ。
「涙はもう枯れたよ」
「枯れた?」
「からっぽなんだ。湧き出るものは、なにもない。だからこのまま溺れるんだ」
「黒色に?」
「そうだよ。醜いでしょう?」
「……濡羽色みたいで、綺麗だよ」
その声は、天窓から差し込む光のように、あたりを照らす。
熱で、暗闇が少しだけ柔らかくうねる。
光に向かって手を伸ばしてみたくなった。
ほんのすこし、頭をあげて、空を仰いで。
薄明光線の彼女は、優しさに満ちた、希望だった。
夢、あるいは、夢のような話。
【詩:その2(海子)】
夢、あるいは、夢のような話。
月夜に照らされた道を、あたしは歩いている。
ステップを刻んで踊るように、歩いている。
気持ちが高鳴るのは、夜風のせいじゃない。
お気に入りのドレスを着ているからじゃない。
舞踏会へ向かう階段。いつだってドキドキする。
階段を上がるように、心臓が飛び出していきそう。
君は、あたしの憧れだった。君の姿を遠くでみていた。
君に拍手を送る、無数の星の一つでしかなかった、かつてのあたし。
そして、君の手をとる今のあたし。
心が、歓喜の悲鳴を上げている。
でも見せて上げない。見せたくない。君に、相応しくないから。
君の傍にいるあたしは、美しくありたい。綺麗でありたい。
見栄ぐらいはらせて。きっとそれも、あたしの特権だから。
あたしは、君が好き。
世界規模でみれば、何の変哲もないことだけど、
「好き」に勝てるものをあたしは知らない。
ずっと見つめていたい。ずっととなりにいたい。ずっと手を繋いでいたい。
特別なことじゃない、あたしの特別。
物語の数だけ、君のことが好きになった。
物語の数だけ、君のことが好きになった。
物語の数だけ、君のことが好きになった。
ただ、それだけ。
夢、あるいは、夢のような話。
(『ブルーモーメントの指先』本編より詩の部分を一部抜粋)