『クレイン ・ラヴ』
はじめに
こちらは『照らすVOICE様』の企画で「鶴の恩返し」をテーマに書き下ろした作品となります。この度許可を頂き、noteに脚本を掲載させて頂くことになりました。企画本編と併せてぜひお楽しみください。
登場人物
森高水羽(モリタカ ミズハ) …指輪に恋する少女。
夜鶴指輪(ヨヅル ユビワ) …水羽の母に助けられた鶴。
ママ …水羽の母。指輪に恋をしていた。
本編
水羽 私の、胸の奥でひっそりと息づく記憶。
『クレイン・ラヴ』(タイトルコール)
♢
水羽 「……あのね、んー……。
信じて貰えるかわからないけど……。
(深呼吸して)あなたに、聞いて欲しいことがあるの。
森高水羽の、初恋ストーリー。
あなたにだけ話すから、
だから……誰にも言わないって、約束してね」
♢
水羽 十四歳の誕生日を迎えた日、私は初めて家出をしたの。
その日は、前の晩に雪が降って、
街が白くデコレーションされていたのを覚えている。
きっかけは、ほんの些細なこと。
ママが、私の欲しがっていたオパールの指輪をくれなかったの。
ずっと前から誕生日にプレゼントしてくれるって約束していたのに、
当日渡されたのは、別の小さな指輪だった。
それはオパールの指輪に似ていて、
ママが気を使って選んだことはひと目でわかった。
でもその気遣いが、私には言い訳にしか聞こえなかった。
「……約束したのにどうして?
ママ、そんなにその指輪が大事なの……?」
裏切られた気持ちが募った私は、家を飛び出してしまった。
振り向き様にみたママは、
ただ俯くばかりで、いつもよりひどく小さく見えた。
♢
水羽 私がまだ抱っこされていた頃、
時々ぼんやりと、
ママがその指輪を見つめていた姿を覚えている。
パパから貰ったのか?と聞くとママは微笑みながら
「そうよ」と答えたけれど、それが嘘だと私は気づいていた。
だってそんな、愛しそうな、寂しそうな瞳、
見たことなかった。
ママを虜にする指輪に、私はずっと興味を抱いていた。
涙のように輝くそれ自体が美しいことはもちろん、
ママの表情さえ美しくてしてしまう魔法が掛かっていた。
いつしか私は、
不思議な力をもつそれを、
自分の指にもはめてみたいと思うようになったのだ。
♢
水羽 家を飛び出した私は、夜の街を歩き続ける。
行き先は決めていない。
吐く息が白い。
十二月の空気は、私を凍えさせる。
だけど、こんな夜更けに一人で歩くのは、はじめてで、
その事実に、私は小さな喜びを感じていた。
いつの間にか、昂っていた気持ちは落ち着いてしまって、
静かな夜を飾る街灯に導かれながら、
踊るようにステップを踏んだ。
まるで物語の主人公になったように
誰もいない世界に酔いしれる。
夢中になって歩く身体は熱を帯びて、
私は、どんどん暗闇の中へ進んでいく。
道路、駐車場、高架下を抜けて公園。
どんどん暗闇の中へ、進んでいく。
公園内に設置されたガーデンアーチを潜り続けると、
いつしか私は、
見知らぬ場所へ足を踏み入れていた。
そこは、木々が無造作に生茂る、
整地されていない森林地帯で、
人が立ち入ることは滅多にないと思われた。
昔からなじみ深い公園の、
はじめてみる景色を目の当たりして佇んでいると、
声が、私の鼓膜に届いた。
指輪 「……ここで、何をしている?
どうして、たどり着けた?」
水羽 「あなたは誰?
どこから、私に話しかけているの?」
指輪 「質問に答えて。
ここは、人間が立ち入ってはならない場所なんだ。
なぜ、きみのような少女が」
水羽 「……怖い。怖いよ」
指輪 「……わかった。姿をみせる。
脅したいわけじゃない。
ただ、知りたいだけだから。
……目を、つぶって」
水羽 私は、声の主に従い、恐る恐る目を閉じる。
指輪 「開けていいと言うまで、じっとしているんだよ」
水羽 声は途切れると、
バサバサと羽ばたく鳥の、羽の音(はねのね)に変わった。
近くに鳥が降り立つ気配がする。
目を開く勇気も、じっとし続ける我慢強さもない私は、
へたり込むようにその場で蹲(うずくま)った。
指輪 「……もう大丈夫。
怖くないよ。ほら、見て」
水羽 誰かの手が肩に触れる。
優しく摩る掌に導かれ、目を開くと、
そこには、美しい女の人がいた。
四肢はすらっと細長く、肌は雪のように白い。
その人は、私が今まで出会った誰よりも透明感があって、
まるで妖精のような姿をしていた。
水羽 「……人、だったんだ」
指輪 「え?」
水羽 「さっき、羽の音が聞こえたから。
鳥さんかと思った」
指輪 「ちゃんと人の姿に見える?
もう何年もしてないから、ちょっと不安だった」
水羽 「なに? 冗談?」
指輪 「ははっ、まあ、そう思われてるなら」
水羽 「じゃあ、さっきまで隠れてたんだ? 意地悪な人ね。
私、森高水羽。あなたは?」
指輪 「私は……。そうだね……。『指輪』」
水羽 「指輪………って、あの指輪?」
指輪 「うん、思い入れがあってね。
そう名乗っている」
水羽 「……不思議な名前」
指輪 「きみだって、私から見れば不思議なんだけど」
水羽 「なら不思議なもの同士ね、私たち」
水羽 そう言ってみせると、指輪は肩を竦(すく)めた。
でも、すぐに微笑みを作って、
流れるように私の手を取ると、
指輪 「とりあえず、人通りのある場所まで連れて行くよ。
その間、きみの話を聞かせくれる?」
水羽 と、優しい声で言った。
♢
水羽 横に並んで歩く指輪は、思ったより背が高い。
私は、今、親でも先生でもない、
知らない大人の人と手を繋いで歩いている。
なんだか、いけないことをしているみたい。
胸の鼓動が、心なしか、いつもより早い。
指輪 「なに? 急に黙って。
どこか具合でも悪い?」
水羽 「ち、違う。ほら、手、繋いでるから」
指輪 「嫌だった?」
水羽 「別に、ちょっとびっくりしただけ」
指輪 「逸れないようにね。
まだきみは子供なんだから」
水羽 「子供じゃない。
私、今日、十四歳になったの」
指輪 「それは、おめでとう。
でも、そんな素敵な日に家出なんて」
水羽 「ママが悪いの、全部。
約束、破ったんだから」
指輪 「約束?」
水羽 「……指輪をね、くれなかったの。
誕生日プレゼントにくれるはずだったの。
ママも、私のこと、子供扱いしたんだ。
まだ、私には早いって……きっとそう」
指輪 「……たぶん、そうじゃないと思うな」
水羽 「どうして?」
指輪 「指輪は、想いの結晶だから。
そう簡単に渡せるものじゃない。
……私も昔、指輪を貰ったことがあるから、わかる」
水羽 「それは、大切な人から?」
指輪 「……彼女は、命の恩人で、好きな人だった」
水羽 「女の人……」
水羽 指輪は、遠くを見つめて何かに想いに馳せているようだった。
それは、私に向けられた優しい瞳ではなく、どこか泣きそうで……。
ああ、私、この瞳を知っている。
オパールの指輪を見つめるママと同じ瞳だ。
指輪 「ちょうど、今日みたいな地面に雪が残る日だった。
その人は、怪我をして
痛みと寒さで苦しんでいた私を見つけてくれた。
そして、優しく抱きしめて、介抱してくれたんだ。
彼女が偶然、そこを通りかからなければ、
きっと野垂れ死んでいたと思う。
その時から、私の命は、彼女のものになった」
水羽 「……恋を、したの?」
指輪 「……そうだよ」
水羽 指輪は、曇り気のない無垢な声で言葉を返す。
その純粋さが、針となって私の胸にチクッと刺さる。
痛みで、まだ会ったばかりなのに、
私、この人に惹かれているんだと思った。
だって、さっきまで歩いてきた道の風景を覚えてない。
この人しか見ていない。
水羽 そんな私の想いに気が付きもしないで、
指輪は、溢れる言葉が止められないようで、
彼女との思い出を話し続ける。
指輪 「助けられた私は、しばらくしてもう一度、彼女に会いに行った。
この、(人間の)姿でね。
最初は驚いていたけど、何度も会う中で次第に打ち解けて、
気づけば、一緒に生活するまでになっていた。
当時、彼女は大学生で、一人暮らしをしていて、
バイトと勉強で毎日忙しそうにしていた。
よく『お金がない』とボヤいていたから、
私は、夜な夜な得意だった裁縫で服を作って、
それをせっせとお金に変えた。
しばらくは一緒に住まわせて貰う生活費として、
渡していたんだけど……。
どんどん渡す金額を増えていくにつれて
あやしまれるようになって。
そしてある日、バレてしまったんだ。私の秘密が」
水羽 指輪は困ったような顔をして、
瞳孔に諦めと寂しさの色を滲ませていた。
彼女の秘密を、私はなんとなく察した。
手を握り続けていればわかる。
この人は、人間じゃない。形も温度も人形みたい。
でも、口に出すことはしなかった。
そんなことより、私にはもっと気になることがあったから。
指輪 「それが原因で、別れることになって、
別れ際にプレゼントされたのが指輪なんだ。
……もっとも、実は受け取らなかったんだけど」
水羽 「……受け取ったら、離れられなくなる、とか?」
指輪 「……」
水羽 「だから、あなた『指輪』って名前にしたんだ。
今でも貰わなかったこと、後悔してる」
指輪 「恥ずかしいね、そう言われると」
水羽 「大人ぶって」
指輪 「仕方なかったんだ。
好きになってはいけない人を好きになった罰さ。
……ごめんね。きみの話を聞くはずが、自分のことばかり」
水羽 綺麗な横顔、と思いながら、彼女の声を聴いていた。
大人なのに、この人、泣いてる……。
指輪 「きみの顔を見ていたら、思い出してしまって。
……あの人のことを。
どうしてだろう。忘れるって決めたのに」
水羽 「……可愛いのね、あなた」
指輪 「え?」
水羽 「見た目も悪くないし、
次の人探せばいいじゃない」
指輪 「次なんて……そんな……」
水羽 「……冗談よ。
あなたを見てたら拘っていたこと、
どうでもよくなってきちゃった。
私のママも、あなたみたいに指輪に
一途な想いを込めていたのかも」
指輪 「うん。きっと、そうだよ。
だから指輪を貰わなかったきみは、
ママの気持ちを守ったのかもしれない」
水羽 「言い様ね。
……いつか私が大きくなったら、この指に嵌(は)めるんだ。
ママのより綺麗なオパールの指輪を」
指輪 「オパール?」
水羽 「そう。純白のオパールの指輪」
水羽 真っ白な翼のように綺麗なのよ、と言いかけたが、
指輪の、私を貫く視線を感じて、呑み込んでしまった。
水羽 指輪の瞳が、じっと私を捉えている。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、私の顔に触れる。
胸が高鳴って、身体が熱くなる。
震えを抑えようとしても、どうしようもできなくて。
ただ、見つめ返すことしかできなかった。
それから、何かを確かめるような沈黙が流れて、
指輪は深くため息をつくと、口から言葉を溢(こぼ)した。
指輪 「……そうか。通りで。
……きみは、あの人の……」
♢
水羽 その時、遠くの方でママが私の名前を呼んだ。
私を探しにきてくれたのだ。
指輪は、ママの姿を見るや否や、
私の顔から手を離し、
ママの元へ一目散に駆け出した。
走る指輪の後ろ姿は、
羽を広げた鳥のように軽やかにみえた。
それは、奇跡の再会だった。
だって、別れた二人がもう一度出会ったんだもの。
ママと指輪は、涙ぐみながら楽しそうに笑っていた。
私の感情を置き去りして輝くその光景は、
私にとって、
世界の果てとも言えるような、
果てしなく遠いものだった。
♢
水羽 「それから、どうなったかって?」
水羽 ママの指からはオパールの指輪は消えた。
渡すべき人の手に渡ったのだから当然だ。
あの夜の話を、ママとすることはなかった。
いいえ、正確には、私が話したくなかったの。
水羽 だって、話したところで、
私は部外者で。
私の抱いた気持ちなんて、
二人には何の関係もない。
水羽 「だからね、あなたにしか話してないから。
だから……ちょっとだけ、胸を貸して。
……すぐ、泣き止むから。……お願い」