『庭星鳴路』
〈出演〉
第一幕 星の庭(演劇)
(静けさが聴こえる)
庭子
……ねえ、そこにいるんでしょ?
どうしてって、ほら、あなたの呼吸がわかるもの
−−−−なにもみえないのに……なんて、おかしなことを言うのね
……いるわよ。私、わかるもの。
説明? 野暮ったいこといわないで。もう、いつから鈍感になっちゃったの?
信じて。確かなものより、感じること。見て。感じることより、先のこと。
はじめは、暗闇だった。生まれてくる前の話。みんな暗闇にいたの。
形なんてない。触れもしない。ただの闇。でも、そこから生まれてきた。
明かりがないって、案外と落ち着くでしょう?
身を預けていれば、五感も六感も骨の髄まで冴えるものよ?
私はいつだってそうしてきた。この星で、私が私と認識された時から
……超常的なものじゃない。あなたと同じ。自然の中で生まれた。
あなたと違うのは、ちょっと長く、生きてきただけ。
生きてきた分だけ、たくさんのことを知っている、なんていうと少し大袈裟ね。
知る、ということはね、忘れないでいる、ということでもあるの。
ここは、この星で私たちが−−−−いいえ、
全てが生きてることを忘れていない場所。
空、水、土、風、樹木
無数に瞬く星を数えるように、果てしなく。見つめてきた。
だから、あなたのことも知っている……。
(話を終え、一呼吸する)
……すこし、おしゃべりしすぎたわね−−−−喉が、乾いた
猫見 (足音はそろりそろりと、しかしためらいなく部屋に入ってくる)
庭子 ……あら、どなた?
猫見 こんばんは……。
庭子 こんばんは。(目を凝らしてみて)いやね。猫に気づかないなんて
猫見 はあ、あの……あんたは、ここの?
庭子 ここ、ですけど
猫見 ああ、そういう……じゃあ、あのお庭さんで
庭子 そうですね。ただの庭では趣がない 「にわこ」とでも、しておきましょうか。あなたはお名前ある?
猫見 私は野良ですので、そういうのは好みません
庭子 じゃあ、ただの「ねこ」ね
猫見 です
庭子 で、どうしてここに?
猫見 暖かいところを探していたら、ここにたどり着きまして。普段なら、御用達の室外機の側で丸くなるんですが、あいにくお店がしまっておりまして
庭子 年の瀬ですものね
猫見 だのに今日は特段寒いときてる。この冷風吹き荒む中、赤子のように泣きながらさまよう程、体力はねえ。で、ここの扉の隙間がちょいと空いてたもんで……。庭子さん。今晩だけ、ここにいさせちゃくれねえか?
庭子 ……お水を飲んでもいいでしょうか?
猫見 ……どうぞ
庭子 猫さんは?
猫見 じゃあ、いただきます
庭子 「曲水(きょくすい)」と言う言葉があるように、庭の歴史には水があったわ。水を囲み、己を清め、禊(みそぎ)を行う。時代の変遷があったとはいえ、「庭」というものは、神聖を含有する場所。勝手に入っていいとこではありません
猫見 はい……やっぱり、だめですかね
庭子 ……来るものは拒まず。去るもの追わず。導かれたということは、何かの縁です。
猫見 庭子さん
庭子 こんな寒空の下に迷い猫を放り出す程、冷酷じゃありませんよ
猫見 ありがとうございます! いやあ助かりました。良い旅の思い出になりますよ。こんな綺麗なお庭、今日日都会でお目にかかることなんて滅多にありませんから
庭子 口が回るのね
猫見 恩義はいくら口にしても減らないでしょう?
庭子 ふふっ、そうね
猫見 ついでにお腹が膨れたら、もう言うことはないんですが……
庭子 見返りを求めるなら、追い出しますよ
猫見 ええっ!?
庭子 冗談ですよ。……猫さん、あなた旅人なのよね?
猫見 ええ
庭子 目的はあるの?
猫見 私は、居場所を探してるんです
庭子 居場所?
猫見 座りのいい場所が見当たらなくてね、どうにも。街が風情を忘れちまったみたいでね。昔はそうじゃなかった
庭子 語れるほどに長生きしてないでしょうに
猫見 あんたと比べないでおくれよ。理(ことわり)が違う。
庭子 一緒ですよ。この星で生きてる。そして、私とあなたはお話をしてる。対等に。この世界はどこまでも対等です。見えるものにも、見えないものにも。形あるものにも、ないものにも。(空間に向かって)ねえ、そうでしょう?
猫見 ……? どこに向かってしゃべってるんです?
庭子 あなた、わからないの?
猫見 もしかして、幽霊ってやつです?
庭子 この世のものよ。ほら、気をたしかに。ちゃんと感じて
猫見 いやあ、暗くて、よくわかりませんよお
庭子 ……ほら、いるでしょう。私の他にも
猫見 いるって、そりゃ一体
庭子 いい耳してるんだから、峙(そばだ)てなさいな
(静けさが聴こえる)
猫見 ……ああ、たしかに。聞こえますな。呼吸してる。この場所が。空、水、土、風、樹木……
庭子 私もまたその呼吸から恩恵を受けている身ですよ
猫見 ……なんでしょう。落ち着きますな。懐かしいというか……いや、それはおかしいか。当たり前にあるはずなのに。いつからどうして、忘れちまったんでしょう。視野が狭くていけねえや
庭子 だがら言ったでしょう。そんなに長生きしてないって
猫見 ……懐かしむなんて大それたことでしたな。いや、これはいい夜になりそうだ
庭子 ねえ、あなたの話、聞かせてくださいな。旅のこと。世界のこと。それから時代のこと。
猫見 退屈かもしれませんよ?
庭子 そんなことないわ。あなたの口から聞きたいの
猫見 なら、猫の肌感で恐縮ですが……
庭子 ええ。どうぞ。時間はありますから。ゆっくりきかせてください
第二幕 新世界詩 猫噺(朗読)
ひたひたと 足跡つけては
時々振り返り 眺める軌跡
寄せては返す 透明な波が
しとやかな聖者をつれて
時代を参列する
雨 降り 止み
風 吹き 止み
日 昇り 闇
旅は 果てのない道を歩き
ひたひたと 足跡つけては
時々振り返り 眺める軌跡
の 繰り返し
雨 降り 止み
風 吹き 止み
日 昇り 闇
繰り返して 輪を紡ぐ
生きることは砂上の夢
でも その柔らかさの中に 貝殻をみつけて
抱きしめて 育んで 首飾りにして
遥かなる輪廻 あゆみが止まることない
空気や温度は違えど いつの時代も同じ波が
世界の揺り籠をあやすように
さあーっ……
さあーっ……
さあーっ…… 流れる
水の星 水で満たされているこの星で 息をつづける私たち
水の星 水で満たされているこの星で 息をつづける私たち
水の星 水で満たされているこの星で 息をつづける私たち
だから 何もない
なんてことはない
ここにある
常にある
祈る
巷では 飢えと渇きが渦巻いて
荒れ狂うように平静を乱す
祈る
資本や誓約はまぼろし
履き違えたら本物はみつからない 永遠に
祈る
たとえ見失っても ここに戻ってこられるように
あなたのなくしたもの 忘れたものに
気づけるように
祈る
祈る
祈る……
第三幕 世は並べて事も無し(演劇)
庭子 猫さん。あなたのお話、面白かったわ
猫見 それは多分、あんたが面白がって聞いたからでしょう。聞く耳を持っているというのは貴重だ。誰しもがその器の大きさを持ってりゃ、傷つけ合わずに済む
庭子 ……猫さんも、傷ついてきたのかい?
猫見 ……多少は。生きていれば、それなりにしんどいことはありますよ。そのしんどさは凶悪で、いつの間にか自分を支配しちまうからいけねえ。……どうにも、世界が寒いと、心まで冷えちまいますね
猫見 ……庭子さん?
庭子 ……大変じゃありませんか? 居場所を探すの
猫見 ……えっ
庭子 旅とは、本来自由なもの。とらわれることのない無垢な姿。意味を求めるのは、苦しいでしょう
猫見 まあ……
庭子 求めても、手に入るものじゃないって、気づいているんでしょう
猫見 そう言われちまうと、ぐうの音もでねえ。疲れないでいたいだけなんですよ、私は。生きて、自分がこの世界にいると思っているうちは、日向でゴロゴロしたり、木で爪を研いでいてえ
庭子 ……猫さん。私、今夜はとっても楽しいわ。あなたは私の話に耳を傾けてくれる。そして、みえないものを共有できる
猫見 そりゃあんたが聞く耳を
庭子 互いが聞く耳を持ち合う。経験や知識を分かち合い、豊かな時間を過ごそうとする。素晴らしいわ
猫見 へへ、庭子さんみたいな方に喜んでもらえるなんて、門をくぐった甲斐がありましたなあ
庭子 長い間生きてきたけど、話が合うってなかなかないことなのよ。……もし、外の世界に寒さを感じるなら、しばらく、ここにいてはどうかしら
猫見 ……困りますなあ
庭子 どうして?
猫見 ここは、居心地が良すぎる
庭子 あなたは旅人ですものね
猫見 ……いや、そんなもの自分で名乗っているだけで、縛るものじゃねえ。……まだあんたと話し足りないこともある
庭子 そうね。まだまだ、たくさんあるわ
猫見 (耳をそばだてて)ほら、話したいのは、あんただけじゃないみたいですよ
庭子
澄み切ったものだけが 象られないものだけが 流れ 星になる
私たちは いる 巡りの中に
生まれ 出会えたことは 潤いになり 水になり 星になる
いついかなるときであっても 星は変わらず あり続ける
こころは ここに いていい
※2019年12月初出