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「プラダを着た悪魔」と自分の相性がすごく悪い
「好きな映画」というのは、実際は「見た時に、好きだと思った映画」とも言える。例えば、それを見たのが2年前であれば、「2年前の自分が好きだと感じる映画」ですよね。
私の最も好きな映画の中に「クルエラ」(2021)があるのですが、それをおすすめして複数人で見る機会がありました。その時少し不安だったのが、今見てみたらおもんなかったら、好きじゃなかったらどうしよう ということです。
この映画を面白くて好きだと思ったのは2年弱前の自分で、当時の私は今と比べてもあまり映画を見る方ではありませんでした。
それに、自分の2年前のツイートは常にキモイ。2020年に見た2018年のツイートは本当にキモかったけど、2022年に見た2020のツイートも全然キモイ。要するに、約2年もあれば人の考えや価値観は変わります。
自分でも面白く思わないものを勧めて、「そんな面白いか?」って変な感じになったら恥ずかしいな、こいつはこういうのを面白いと感じるのか、とか思われたら嫌だな。なんてことを考えながら見始めていました。
結果、面白かったです。良かった!
2021年の自分、きっとツイートはキモかっただろうけど、間違ってなかったよ。みんなも面白かったって言ってるよ、嬉しいね🎶
クルエラは、私の印象としては、もちろん面白くもあるけど「見ていて気持ちいい映画」でした。登場人物やそのファッション、演出や音楽がオシャレでかっこいい。そして勢いが良い。
脚本が凝っているだとか、心理描写が繊細な映画だとかいうよりは、見る人に清々しさや高揚感を与えるような部分の強い、派手な映画でした。
別の作品で例えると、涼宮ハルヒの憂鬱×プラダを着た悪魔×万引き家族 みたいな感じ。
というのも、クルエラのレビューではよく「プラダを着た悪魔」の名前を目にします。オシャレ鬼ババアの元でオシャレな格好して働いて、徐々に実力を認められていくという点ではかなり共通しているからです。
なので、割と全体的にも似た雰囲気はあるのかなと思っていました。
そして翌日、クルエラを見て気持ちよくなった流れで、類似した映画を見てまた気持ちよくなっちゃおっかな〜 くらいの気持ちで「プラダ〜」を見てみました。びっくりしました。
この映画、不快〜〜〜〜‼️‼️‼️
クルエラと、真逆〜〜〜〜‼️‼️‼️
私御用達のフィルマークスでの評価、星4.1。
4.1?本当に? そう思わずにはいられませんでした。
そもそも、いくら似てると言っても、クルエラのテーマは「復讐」。対してプラダのテーマは「仕事」。私のnoteを読んだことのある方なら重々承知でしょうが、私はかなり「労働」に厳しいので、そこに関してはかなり繊細に描いてもらわないといけません。
その時点で相性が最悪なのですが、更に登場人物のほとんどが女性で、その上で「お仕事の話」。良くも悪くも、それだけで意味合いが発生してしまうものです。そこに関してはかなり繊細に描いてもらわないといけません。
結果、なんとストレスの多かったことか。
主人公は、本当に自分のやりたい仕事のために、そうでも無い仕事につくのですが、そこでは沢山の理不尽と苦労に悩まされます。ファッション系の職場なこともありルッキズムも激しいのですが、それ以上に困らされるのが先輩と上司。
主人公が仕事で無理難題を強いられて苦労するが、それに耐え努力を尽くして、そして実力を認められる。なんて道筋を描くための、分かりやすくポップな表現ではあったのかもしれません。しかし私にはそれをそうだとスルーし難いレベルのものでした。
先輩、上司がカス過ぎる。フィクションを楽しむ上でこんなこと言うのもなんですが、もし現実の職場にいたとしたらかなり仕事のできない方の人達だったと思います。なんせ報連相のほの字もない。新人にろくに何も教えないで、質問されたら怒るし何か間違えても怒る。主人公も仕事のしようがありません。ここまで上司の方がカスで無能だと、「主人公が厳しい世界に飛び込んで、揉まれながら頑張っているなぁ」なんて気持ちにはならず、「いや、こいつらがまともだったら全部済むじゃん」「狂った職場だなぁ」が圧倒的に強く出てくるのです。
更に、上司の方はかなり無理のある指示を出す上に、やっとこさ達成したと思ったら「何それいらない、捨てといて」とか言ってくる始末。
勿論達成出来なかったらネチネチ怒るし、自分の子供の宿題までさせたりします。ここまで来ると、表現が「わかりやすい」をゆうに超えて、「彼女らは、倫理観のない無能たちです!」になってしまっていました。私にとってはですが。
なのでもうこの後何をされても彼女達の評価が良い方に変わり様はないのですが、
変わるわけないだろ。
色んな作品で良くある、「最初は嫌な奴だったけど、途中で過去や事情、弱い部分など人間味が出てきて『そうじゃなかったのかも』みたいに思わせる」やつ。本作も例に漏れずなのですが、そうじゃなくないよ。嫌なことしてくる嫌な奴は、もう嫌なことしちゃってるんだから嫌だよ。思ったか?許されるとでも。
しかも、「プラダ〜」に限って言えば、彼女らが主人公に強く当たってしまうような「事情」や「過去」なんてものはほぼありません。精々、「この人達にもそれぞれ苦労があるんだな、色々考えてるんだな」くらいです。それはあるだろ。だからって、新人の教育もまともにせずにパワハラだけしてたことは消えないし許しませんよ、私はね。
例に漏れずと言ったように、彼女らも最後の方で「なんかいい感じ」に表現されていました。故にです。その表現もちょっと弱い上に、最初の嫌な奴表現が余りに強すぎて、なんにもひっくり返らない。許しませんよ。
その 最後の方で許せる感じにするやつ がなければ私もここまで言いませんが、あったので、「これでこれを許されるつもりだったの!?」とこちらとしてもびっくりでした。もうあそこまでやっちゃったら最後までヒールでいるしかないよ。
長々と書いてしまいましたが、私はすぐこう思っちゃうよ↓という話でした。
こういうのよくあるけど、最初のやな奴言動をやってる時点でそれをしたことは消えないし後に明かされる弱さとかがあったにしてもだからって他人にしちゃいけないことをお前はしたんだからなってことを私は作品の最後まで忘れてないし許さないからな
— どさんちゅ (@heart_ni_fire) February 5, 2023
君のしたこと、私は忘れないよ。
みたいな考え方の私が見たので、本編中不快な時間がかなりあった訳です。
もう1つ、「女性とそのお仕事」みたいな観点での話です。まず、主人公の彼氏や友人たちが、「私と仕事、どっちが大事なの!?」をしてくる。主人公はオシャレ鬼ババアに圧かけられながら毎日仕事をしているんだから、仕事だろ。誰が逆らえるんだ。
それに、少なくとも本人が「自分のやりたいことに繋げるためにやっている」と言っている仕事がどんどん上手くいっている状況を、応援してあげられない皆さん。貧しいですねぇ。
余談を加えると、正直彼氏は憎みきれないところがありました。主人公から「もう辞めるかも」と連絡が来たので、既に辞めていると勘違いしてケーキとか買って帰ってきちゃうシーン。
元々本人からとてもしんどいと愚痴を聞いていて、話を聞く限りそんなの辞めた方がいいと思うような仕事を辞めて帰ってきてくれた状況、こんなの1番嬉しいやつです。お祝いしたくなる気持ちが本当によく分かる。彼氏、そこは正しかったと思っています。まあ他は大体ろくでもないですが。
そして、主人公が自分のやりたい仕事のコネ持っているという男に誘われて、ちょっと悩んだけど彼氏の待ってる家に帰る というシーンがありました。そういうので釣ってくるようなカスの男を選ばなかった、という点では良かったです。
しかし、もしそのシーンが「女性が夢や仕事よりも家庭(この場合では彼氏)を優先する」ことを美徳とするものなんだとしたらすごい嫌だなと思いました。もし、その男が本当にコネを持っているとしたら、主人公にとって圧倒的にメリットのある男性です。しかし、それよりも彼氏を選ぶところが描かれていました。
見方を変えれば、新しい男性より元いた彼氏を選んだ、「貞淑」が表されているとも取れると思います。
等々、「〜を表現しているのだとしたら」のようなことを書きましたが、本当にそのつもりで作られたとは正直あまり思ってはいません。ですが、このような具合で、主人公に何かと何かを選ばせるようなシーンはいくつかありました。そこに、勝手ではあるもののどうしても意味を持たせて見てしまったので、また不快感が発生したのです。
このような感想を数人がいる場で話したのですが、その時に「主人公の仕事での苦労は明らかに理不尽なもので、絶対に必要ではなかったのもなのに、もしこの物語が『大変な仕事でも、諦めずに努力していればいつかは報われる!』という風にして、同じように悪い労働環境にいる人たちが受け止め、そしてウケているんだとしたらかなりグロいよね」ということを言われました。全くです。
主人公は、物語終盤で最初の仕事を辞めて、すぐに元々やりたかった仕事に就きます。要するに報われるのですが、それが「苦労したから報われた」だとしたら余りに悲しいです。
そりゃ過去は絶対に消えないし、それを経験という言い変え方をしてしまえば、前職も完全に無駄ではなかったことになると思います。実際、主人公の前職での頑張りが今の職場に伝えられたことで採用が決まったので、そこはもろだと思います。
でも、本当にこんなこと言ってしまったらどうしようもないですが、あの主人公だったら最初から新しい方の職場に就けただろうし、充分立派に仕事していたと思います。本当にこんなこと言ってしまったらどうしようもないですが。
避けて通れない苦労もあるでしょうが、少なくとも主人公の前職での苦労は明らかに理不尽なもので、絶対にしなくて良かったものでした。そう思ってしまうような表現でした。
このような具合で、もし上記のようなメッセージとして受け止められていたらとてもグロいね、と話していたわけです。
メッセージといえばもう1つ。主人公が前職を辞めたのは、上司との会話のすぐ後でした。その内容が、「あなたがいつも『仕方ないから』と言ってしていたことも、そうすると決めたのはあなただ」ということ。彼氏の誕生日も、早めに帰れる予定だったのが突然の上司の命令で帰れなくなっていました。その時「本当に悪いけど、仕方ないの」と連絡していましたが、それも結局決めていたのは自分であると。
主人公がその会話の後に即辞めて、即やりたい仕事に就いたので、上司の言っていたことは「自分のことを決めるのは自分」「『でもやらなきゃだから…』などと思ってやっていることも、実はそうするかどうかは自分次第」すこし飛んで、「やりたいことをやればいい」みたいなものとして描かれていたのではと思います。それなら確かに仕事を頑張っている人にはウケそうなメッセージですよね。
しかし、本当にそうか?上司に「こうしろ」と言われたらするでしょう。しかもこの主人公の上司は、常に圧の強いゴリゴリパワハラの業界トップです。何かあったら即クビ。そんなひとが「あなたがやったんでしょう?」なんて「おま言う」が過ぎます。余りに酷い責任転嫁。もう、この映画は引っかかるところが多すぎる…
と、なっていたところ。あの大体ろくでもない彼氏と主人公が復縁します。二人で一緒にいた間、どちらが悪いともなく、お互い正しいこと言ったり間違ったりしていたはずです。しかし、主人公が「全部あなたの言った通りだった」と謝って復縁。彼氏は何も謝らない。
なんだこいつら
この映画は駄作だったとか、なんにも良くないだとか、そういうつもりはありません。これが仕事のモチベーションになる!という人がどの部分を見てそう思ったのか想像がつかないわけでもないし、実際そういう風に力を貰っている人も多い映画だと思います。なので、このnoteのタイトルだってあまり角が立たないように多少考えました。それに、クルエラ上げのためにプラダ下げ というつもりもありません。あくまで私の話です。サドゥンリーアイシー大好き!
しかし、自分の大好きな「クルエラ」の流れで、よく聞くような前触れがあった上で見てしまったために、めちゃくちゃびっくりしてその驚きを隠せずそのままnoteという形になったわけです。
レビューを見ても軒並み好評で、自分の感想と似たようなものも余り見当たらなかったのでそれでまた驚きました。少しでも同感してくれる方がいたら幸いです。
しかし、絶対に私が見るべき映画では無かった