初めての金縛りの話
少し肌寒くなってきたある夜。中学生だった私は、ベッドの中で夢を見ていた。
夢の中に登場する人物は、私ともう一人。後ろ姿しか見れなかったので誰か分からなかったが、ある程度仲が良い人らしく、10個ほど年上のお姉さんのようだった。どうやらこれから一緒に遠出するみたいで、二人ともリュックを背負っている。
雨が降りそうな曇り空、目の前には鬱蒼とした山があり、その山の中へアスファルトで固められた細い坂道が、右奥に向かって伸びていた。しばらく車は通っていないのだろう。道の上には枯れた葉や枝が散乱していた。
そんな坂道の手前に、小さなプレハブ小屋があった。入口はアルミサッシの引き戸で、上半分に窓が付いていた。中は暗くてよく見えないものの、建物の右側面に窓が付いていたので、そこからうっすらと入る採光で、その窓の前に何かが置かれているというのはシルエットでなんとなく見えていた。
私の前を歩く同行者が、引き戸の窓から中を覗き込み、その窓際に置かれているものを確認している。すると「旅の安全を祈願していこう」と言って入口をガラガラっと開け中に入っていった。私はその一言を聞いて、あのシルエットがお地蔵さんだと気付き「おお、そうだね」と言って、同行者に続いて小屋に入ることにした。
暗いプレハブ小屋の中には、身長150cmほどの立派なお地蔵さんが3体か4体並んでいた。どうやらここは登山ルートの出発点のようで、お地蔵さんの周りには、過去に訪れた旅人たちが置いて行った花や線香の跡が残されていた。
同行者が一体一体に手を合わせて行くのを見て、私も真似る。「この旅が安全でありますように」と心で唱えながら、入口に近い右のお地蔵さんから順に、一体一体の前で目を閉じては手を合わせていった。
3体目か4体目のお地蔵さんの前に来たとき、ふと思う。「あれ?このお地蔵さんには手を合わせたっけ?」
小屋の外からは同行者の「そろそろ行くよ〜」と促す声がする。
「………うーん、まぁいいか。とりあえず一番左側にいる最後のお地蔵さんに手を合わせて、さっさと行こう」
そう思い、目を閉じ、手を合わせる。
次の瞬間、グッと左腕を掴まれ、前に引っ張られるような感覚に陥る。驚いて目を開けると、左腕の手首と肘の間の部分に、お地蔵さんから伸びた石の塊のようなものが纏わりついていた。
私はヒィィィと小さく声を上げながら息を吸い込み、あまりの恐怖にガタガタ震えていた。外にいる同行者に助けを求めようと声を出そうとした瞬間、視線を感じ目の前のお地蔵さんの顔を見ると、怒りに満ち溢れた表情に様変わりしていた。
そして…「誰にも言うな」という、きっと私にしか聞こえないと思うような、頭の中に響く声と共に、現実の私は目を覚ました。
自分の部屋の天井や本棚がうっすら見える。明け方4時くらいだろうか。
などと思ったのも束の間、左腕の違和感に気付く。全く動かない……というかまだ掴まれている感覚がある!どういうこと!?
確実に目は覚めている!だが左腕に何かが纏わりついて動かない!怖い!怖すぎる!
そこから数分、なんとか腕を動かそうと、じたばたじたばたしている内に、突然左腕は何かから解き放たれ軽くなった。ゼェゼェと息が上がっている。興奮状態のまま天井を見つめ、そこで気付く。
もしかして金縛りか…怖すぎだろ…
初めての金縛りだった。
それから少し天井を見ながら呼吸を整え、もう何だよ超怖えぇよぉ…などと思いながら、半身を起こし、布団の上に座ってため息を付く。はぁぁと息を吐き、少し落ち着いたところで外が明るくなってきているなと、遮光性のない緑色の花柄のカーテンが付いた、ベッドの右側にある窓へ、ふと目をやる。
そのカーテンにくっきり
直径15cm程の黒い丸い影…
あのお地蔵さんの怒った顔だ………………
え、いやいや、今もう起き上がってるし、
さすがにこれは夢じゃない。
テンプレ通りに頬をつねって、、、うん痛い。
えっ………え………
これはもしかして本気でヤバいやつなのでは………。
と感じた瞬間、思いっきり鼻から息を吸い込み、布団を頭から被り、身を縮こませてガタガタガタガタ震えながら声を押し殺して泣きながら、「誰か早く起きてくれ!」と家族が起きてくるのを待ち続けた。
こんな最悪の金縛りから、たぶん5年程は、お地蔵さんがいる場所は全く近付けなかったし、本当にヤバいと思ってこの話を一切誰にも話さなかった。
また不思議なのは、この夢の中のような場所が近所に一切なく、住んでいたのは、海抜0mの光化学スモッグ注意報がよく出る工場都市。山もお地蔵さんも近所に全然無かった。
今こうして振り返ってみても、昨日の出来事のように思い出せるのに、あの場所がどこかは分からない。あの同行者のお姉さんが誰かも分からない。
だけど、おそらくこの先の人生で、いつか行く場所、いつか出会う人だし、そこにたどり着いた時が人生の最後なんだろうな、となんとなく思っている。