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成人式の朝は少し憂鬱だった

私が成人式に参加したのは、もうだいぶ前の話になってしまう。

2022年に成人年齢が十八歳に引き下げられたことにより、今は“二十歳の集い”と名称も変わっていっているのだが、私が参加した時代はまだ“成人式”という名称だったので、ここでは“成人式”で最後まで通すことを許してほしい。

まず、成人式とは一日で終わるものではないことを、私はこの一年を過ごして学んだ。

私の場合、それは式の一年前から始まった。
そう、成人式で着る振袖選びから始まったのだ。

正直今みたいにパーソナルカラーなどもよくわかっていなかった私は、一体どんな着物の色が似合うのかなんてわからずに、着せ替え人形みたいに片っ端から選び、鏡の前で合わせてもらっていた。
結局選ばれたのは優しげな色合いのクリームイエローであった。
親は赤色を着せたかったらしいが、最終的に娘が着たい色を着れば良いという話でまとまった。我儘を通してもらったことに感謝している。

それにしても、振袖の色一つ選ぶのも大変だったが、選んだ後も大変だった。

友人達と何色の振袖を選んだか雑談していた時にそれは起こった。
「その振袖の色は自分が選んだ物とそっくりだ。真似をしたのか(意訳)」と難癖をつけられたのだ。
いやいやいや、あなたが私に伝えた色はオフホワイトだったはずだ。だから白系は選ばないように配慮した。真似したつもりはないとこちらも言い返したものの、少しがっくりきてしまったのも事実だ。
振袖の色一つで争いの種になり得るのかと。

結局のところお互い選んでしまった後なのでもう仕方ない、全員が全員違う色の着物ということは現実的にあり得ないし、趣味が似ていたんだねで話はまとまったが、正直この時点で私は疲れていたし、成人式が少し憂鬱になった。

余談だが、難癖つけられたことを少し根に持っていた私は、オフホワイトとクリームイエローの違いやそれぞれの色の定義を検索しまくって、少しでも自分の気持ちを落ち着かせようとしていた。
そして、学んだ。色を伝えるのに、的確な言葉を選ぶのは難しいのだと。

まあそもそも言われてたんだったら似たような色を選ぶなよと思われる方もいるかもしれないが、誰とも被らない振袖の色を選ぶことなどそもそも不可能だと私は考える。
私が選ばなくてもきっと違う誰かがそのクリームイエローの振袖で成人式に参加していただろう、と。

というか、振袖くらい好きな色の物を選ばせておくれよ。

もし記事を見て、これから振袖を選ぶ方がいたら、私からアドバイスを送りたい。
誰がなんと言おうと、絶対に自分が好きな色、自分が着たいと思った色の振袖を選んだ方が良い。
私はこの色被り事件で友人と少々言い合ってしまったが、このことで友情が壊れることはなかった。
成人式当日は「やばい、本当に似てるんだけど!」と笑い合って、なんだったら記念撮影までした。今では笑い話の一つになっている。

そして成人式の朝が少し憂鬱だった最大の理由は、この振袖の色被り事件ではない。
もっと大変なことが待ち受けていたのだ。
それは、成人式の幹事を問答無用で行わないといけなかったからだ。
……まだ数年しか住んでいないのに。

市の学校に通っているという理由だけで強制的に気がついたら幹事になっていたのだから、これはもうなんだかもやもやしてしまった。

だがしかし役目を放棄するわけにもいかず、それはもう頑張りましたとも!
会議があるたびに役所までバスで通い(交通費は当たり前のように支給されなかった)、成人式会場での幹事による振袖ショーという私にとっては意味わかんないものを回避し、数ヶ月しか在学していない卒業した母校の教師へとインタビュー動画とお祝いの言葉を貰いに行きましたとも!

そして成人式当日は幹事達で司会進行を行わないといけないため、通常よりも早い時間の集合となっていた。
そのためには勿論、早起きをしないといけないわけで、朝の弱い私にとっては苦痛以外の何者でもなかった。

そして着物を着る前に体に巻かれるたくさんの補正タオル、致し方ないとはいえ、少々苦しかった。早めの着付けで式の最中に人前で着崩れないかが心配だった。(着付けされながら、崩れやすいかもねって言われていた)

人見知りの私が成人式というビッグイベントの会場ステージの上に問答無用で立たなければならないことが、ばたばたと誰も彼もが準備で忙しい朝、私をより一層私に重くのしかかっていた。

だがここまできて、まさか休むわけにもいかず、気づいたら私は会場に到着していた。

覚悟を、決めるしかなかった。
ここまできたら、やりきるしかない。
失敗なく成人式を終えることが今の私のミッションだ。
今はこんな気持ちで数年の、数十年後にふと思い出した時に、「本当大変だったけどなんとかやり切ったよね」と振り返ることができる一日にしようと。
これから社会人になったら、きっと今以上に憂鬱な朝を迎えたり、理不尽な問題に立ち向かわないといけなかったり、問答無用で仕事に取り組まないといけなくなることもあるのだろう、と。
結果だけ話すと、私の成人式は割とつつがなく、緊張もしたけれど久しぶりの友人との再会もあり少し楽しい気持ちも味わい、無事に終えることができた。

そして今こうして、あの時は大変だったよなぁ(苦笑)と振り返ることができている。
成人式の朝に憂鬱な気持ちを抱いていた私へ、なんやかんやで思い出になっているよ、頑張ってよかったよと、そんな言葉を届けたくなった。

これが私の成人式の思い出。

兎にも角にも私が今日一番言いたい言葉。
それは、『2025年に二十歳を迎える全ての若者よ、その未来に幸あれ!』である。

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