サントエルマの森の魔法使い #3サウラの大博物館
第3話 サウラの大博物館
巨石を積んで造られた空間の中に、ポーリンの足音が響く。それは、ありとあらゆる方向から足音が聞こえてくるような錯覚を引き起こさせる。
自然光が差し込むように巧みに計算されたサウラの大博物館であるが、日没を迎えて周囲は薄暗くなり、壁にはランタンの灯りがオレンジ色に燃えていた。
「お嬢さん」
彼女の足音を聞きつけて、案内人とおぼしき中年の男性が現れた。
「本日の見学は、もう終わりですよ。それとも、館長にご用でしょうか?」
腰は低いが、有無を言わせぬ毅然とした迫力を秘めた声音だった。ポーリンは気押されそうになるのを払いのけるかのように、鳶色の瞳を見開いて男をまじまじと観察した。
ゆったりとした白い麻布を身体に巻き付けただけの簡素な出で立ちは、古代の賢者のようであった。髪の毛は短く刈り込んでいるが、てっぺんは綺麗につるつるになっている。40歳代半ばだろうか。一介の研究員というよりは、もう少し地位が高そうだ。
ポーリンは改めてうやうやしくお辞儀をした。
「私は魔法使いのラザラ・ポーリンと申します。来客の多い日中に、館員の
みなさまのお気を煩わせたくなかったので、日没後に参りました」
「ほう、魔法使い・・・」
中年男性の片眉が興味深そうにつり上がった。
「ここに勤めていれば、魔法使いの方としばしばお目にかかる機会がありますが、あなたほど若い方は珍しいですね。サウラの残した魔法の道具の見学が希望ですか?」
「いや・・・」
と控えめに言ってから、男性が何か言いそうになるのを遮って付け加えた。
「私が興味あるのは、サウラではなく、ファーマムーアの方です」
男性の動きが止まる。そして、怪訝そうに鳶色の瞳をのぞき込んだ。
「その名は失われて久しいですが・・・?」
「サントエルマの森では高名です。伝説の大魔法使いとして」
「サントエルマ・・・久々に聞く名だ。するとあなたは・・・」
ポーリンは少し胸を張った。
「サントエルマの森の魔法使い―――――」
・・・の見習いです、と小声で付け加えながら、胸を張ったことを後悔していた。しかし、中年男性は少し興奮した様子で、聞いていなかった。
「サントエルマからはるばるマーグリスまで、良くお越しを!」
中年男性はポーリンのほっそりとした手を握り、上下に振った。
「ですが、サントエルマの森には、この大博物館とは比較にならないほど、驚異の品々がたくさんあるでしょう?見聞を広げるために、私がそちらへ行きたいくらいです」
その熱っぽさは、中年男性が向学心の強い学者であることの現れであった。ポーリンはそのように理解し、同時に信用できる人物であると確信した。
「失礼」
ポーリンは手を解くと、衣服の内ポケットに忍ばせていたあるものを取り出した。それは、くすんではいるものの、黄金の輝きを持つ鍵だった。描かれた精巧で複雑な幾何学模様が、ただの鍵ではないことを物語っていた。
「ザルサ=ドゥムでの試練は終えています。私が手に入れたいのは、ファーマムーアの最高難度の魔法です」
「なるほど・・・」
黄金の鍵を見て、中年男性の上気した顔からみるみる熱が引いていった。むしろ、こみあげる恐怖を押さえつけるかのように、唇をきつく結んでいた。
「博物館の“上”ではなく、“下”に行かれるというのですな」
「ええ、その許可を得るのに館長に会う必要があるなら、是非」
「・・・館長の許可は必要ありません。“下”の管轄は、私です。自己紹介が遅れましたが、私は副館長のアシェラム――――――大魔法使いサウラの、あなたが言うところのファーマムーアの遠い子孫です」
今度はポーリンの鳶色の瞳が輝く番だった。
「伝説の魔法使いの子孫・・・」
アシェラムは気まずそうな苦笑を浮かべた。
「遠い遠い子孫で、本当かどうかも分かりません。残念なことに、私は魔法も使えませんしね。一介の研究員ですよ」
「だとしても、光栄です。アシェラム様」
ポーリンはうやうやしく頭を下げた。
アシェラムは戸惑うように少し身を引くと、まじまじと彼女の顔をのぞき込んだ。
「あなたはまだ若く、美しく、そして才能のある魔法使いだ。恐らく言うことは聞かれまいが、一応警告しておきます。“下”に行くのはおやめなさい」
真剣にそう言うアシェラムの青白い顔をみて、ポーリンは苦笑しながらかぶりを振った。
「危険は承知しております。けれども、私の将来は、ここにこそあるのです。もしかしたら、私の過去さえも・・・」
どこか思い詰めたような、けれども強い意志がこもったその言葉に、アシェラムは根負けしたように小さくうなずいた。
「分かりました、案内しましょう」
(つづき)
(はじめから)