何者でもない者たちの物語:烈火の魔女と本読むゴブリン#2
#2.赤いマントの隻眼の男
店の奥から、床板をきしませながら、大柄な男が歩み出てきた。人目を引く赤いマントが印象的な壮年男性だが、ポーリンはその顔をまじまじと観察した。
その男は、隻眼だった。右目は黒い眼帯におおわれている。その眼帯には、どういうわけか四つの目玉が描かれていた。黒い髪を全て後ろになでつけているせいで、額と隻眼が目立った。
そのたたずまい、雰囲気、隙のない所作は、立ち飲みで管を巻いている者たちとは比較にならない古強者の貫禄だった。
「あんた・・・<四ツ目>。いたのかい?」
オレンジ色の髪の男が、気まずそうにつぶやいた。<四ツ目>と呼ばれた男は、酒場の親父に声をかけた。
「このご婦人、かなり腕のいい魔法使いと推察する。俺が推薦するから、仕事をくれてやってくれ」
低く堂々とした声でそう言った。
酒場の親父は、眼をひんむいたような表情そのままだったが、さきほどよりも興味の色が濃くなっていることはポーリンの目にも明らかだった。
「あんた、魔法使いかい?」
「・・・ええ」
魔法使いはしばしば偏見と拒絶をもたらす要因となる。サントエルマの森を出て以来、身分を明かすときと場所は選んできたポーリンだったが、今は明かすべきときと判断した。
「おお・・・魔法使いなら、ちょうどいい依頼がある。ちょっと待っててくれ」
そういうと、親父は手を拭き、厨房の奥へと消えていった。
<四ツ目>と呼ばれた男は楽し気に小さくうなずくと、ポーリンの横を通りすぎようとした。
「・・・ありがとう」
ポーリンはおずおずと、感謝の言葉を口にした。<四ツ目>は肩をすくめた。
「別にいいさ・・・幸運を祈る、お若い魔法使い」
そして酒飲みたちを追い払いながら、酒場を立ち去って行った。
「さあ、おまえらも帰った、帰った。魔法使い殿の邪魔をするなよ・・・」
何人かは、ポーリンの背中に恨めしい視線を投げかけ、そして酒場を去っていった。
厨房の奥から戻ってきた親父が、小さい羊皮紙をカウンターの上に広げた。
「異国の高貴な者の護衛の任務だそうだ。持って来たのは、子どものように小柄な奴だったがな・・・フードをかぶっていて、顔は見えなかった」
そう言って、うわづかいの目でポーリンを見つめながら、羊皮紙をどんと叩いた。
・要人の護衛任務。
・危険。
・旅の共となる魔法使いを望む。
・ただし、偏見のないものに限る。
・報酬は前金で金貨百枚、成功報酬としてその倍以上。
記されているのはそれだけ。あまり文字を書き慣れていないのか、不揃いでやや読みづらいものだった。
「金貨百枚!?」
ポーリンは思わず声に出した。
「ああ・・・やばそうな匂いがぷんぷんするが、あんたぐらいぶっ飛んでる者にはちょうどいいだろう」
「この仕事、受けます」
ポーリンは即決した。
その覚悟が気に入ったのか、 そういうと、親父はひん剥いたような眼をそのままに、声をたてて笑った。
「・・・本当は、ここは夜しか仕事の斡旋はしていないんだが、あんたは運が良かったな。いや、悪かったのかも知れないが」
そう言ってひとしきり笑ってから、扉の方を指さした。
「ここを出て、通りを左に行け。そして突き当りを右へ行くと、小さな店が並んだ通りがある。コーヴィスの古本屋の、二階。そこで依頼人が待っている」
「・・・ありがとう」
ポーリンは小さくうなずいた。
古本屋?いったいそこに何があるのだろう?
コーヴィスの古本屋はすぐに見つかった。靴を持つ小人族の古い看板がかけられた店だ。
一階にはだれもいなかった。ただ、古書が本棚には収まらず、机の上に山と置いてあり、店の奥までは見通せなかった。
ポーリンは一階を探索することはせず、二階への階段を昇って行った。木造りの段がきしみ、静かな店内では銅鑼のようにさえ聞こえた。
二階は薄暗く、殺風景な部屋だった。天窓からの光が差し込む部屋の奥に机があり、その机に一人の人物が椅子に座って本を読んでいた。そのわきに、二人の人物が立っている。右隣の者は小柄で、左隣の者は背が高く、鎧を身に着けているようだった。
「すいません」
小さく声をかけながら、ポーリンはゆっくりと近寄った。
薄暗いなか、しだいに部屋の奥にいる者たちの顔が明らかになる。色黒の膚に灰色の髪と緑色の瞳、太い唇の間からは小さな牙がのぞいていた。
それは人間ではなく、ゴブリンだった。
(つづき)
(はじめから読む)