深遠の杜:棚機
「お姉ちゃん!」
岩屋の戸を開けた日和。
中では朔夜が布を織っていた。
「あら、お疲れ様。大変だったでしょう?」
「ううん、お姉ちゃんこそ。……あれ」
「あぁ、お客様よ」
ちらと岩屋の奥を見た朔夜。
朔夜と同じく布を織っているのは織姫。
彦星が、そんな織姫を見てにやけていた。
「織姫様と……彦星様」
「何で間がある? 俺がいるのそんなに嫌か?」
「日和、ごめんなさいね」
申し訳なさそうに話しかけて来る織姫。
彦星自体が嫌なのではなく、にやにやしているのが嫌なのが織姫には分かったらしい。
「彦星様には慣れた。それよりも、今年は来ないはずじゃ」
「あぁ、そのことね。この子が呼びにきたのよ」
ほら、と呼びかけた織姫の影からひょこっと現れた鳥。
「小春が?」
「そう。だから行こうかな、って。そうしたら彦星も来るっていうから」
「私は村に行きなさいって言ったのよ」
ぱたぱたと布を織りながら言う朔夜。
織姫も彦星には呆れているらしい。
「だって村のはつまらないから」
「私と朔夜を見てて楽しいの?」
「楽しい楽しい」
頷いている彦星を見て、織姫と一緒にいたいだけなんだろうなと思う。
「それに、この神社は居心地が良いのよね」
「結界の問題じゃないかしら」
朔夜の言葉に思案顔になる織姫。
「確かに、天の空気と似てるかも。何か関わりでもあるの?」
「さあ。私は何も」
「私も知らないよ」
ぱたぱた、と飛んで日和の肩にとまった小春。
「でも変なのよく来るよね」
バタバタっと小春が羽ばたく。
羽音に朔夜が顔を上げて、小さく笑った。
「え? 小春どうしたの?」
「今落ちかけたみたいよ」
織姫と彦星も少し不思議そうな顔で首を傾げている。
「そうなの? 落ちなくて良かったね。危ないよ」
あまり気にしていないらしい日和はそれで流した。
「さあ、出来たわ」
織姫がうーんと伸びをする。
「やっぱり織姫様の布は綺麗だなあ」
じっと織姫の布を見て呟く日和。
「朔夜も上手よ。日和だってなかなかの腕前じゃない」
「私はまだまだ。お姉ちゃんが上手だから、練習しなきゃなあって」
ちょうど出来上がったらしい朔夜が糸を切る。
「織姫様」
「はい、預かったわ」
織姫に布を渡した朔夜。
布を眺めて、にっこりと笑った。
「さすがね。天でも十分やっていけるわよ。来ない?」
肩をすくめた朔夜。
「この子はともかく私は無理よ。ほら、彦星様。そろそろ帰って」
「どうして」
「ここの仕事は終わったの。特にあなたは関係ないでしょ?」
「冷たいよなあ。せっかく地に」
ぶつくさ文句を言っている彦星。
「村に顔出してあげたら? 彦星様のこと呼んでるんだから」
「村に俺が見える人はいないんだよ。見えてる二人の方が珍しいんだから。それに村は男ばかりでつまらない」
「わがままね。それじゃ、私たちは帰るわ。朔夜、日和、また来年ね」
ひらひらと手を振る織姫。
「うん、じゃあ」
「ありがとう」
手を振り返す日和に、会釈する朔夜。
彦星と織姫は光に包まれて消えた。
岩屋の外で二人並んで座る。
「あそこにいるのかなあ」
空を眺めてぽつりと呟く日和。
「年に一回しか逢えないって、どんな感じなんだろう」
「あの二人の場合は自業自得よ。結婚してから仕事サボったのが悪いんだから」
「……お姉ちゃん厳しいこと言うね」
ふふっと笑った朔夜。
「私と彦星が逢えるように願ってくれるのは嬉しいけど、裁縫の上達ばかり祈られるのも困る、って織姫様言ってたわよ」
「今日神社に来たのもそんな人ばかりだもんね」
「せっかく逢えるんだから仕事したくないなあって。もしかしたらこの先、棚機は変わるかもしれないわね」
ごろんと寝転がった日和。
「変わっちゃうのかなあ」
「全部変わっていくものよ。何百年か後は全く違うものになってると思うわよ」
「そっか。なんか悲しいね」
「織姫様はずっと見ていくんでしょうね。どんな『たなばた』になるのか」
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