
「少女甲兵ロリカ」(2005)
こちらは『トンデロリカ』の大元になった短編小説です。
ファイルの記録によると書いたのは2005年……!
そして時を経て、これを気に入ってくれたアレ墨さんが、スーパーテクニックで漫画化してくれたのが『ソンデロリカ』です。
なんと「第一回エクストリームマンガコンテスト」で「劇画狼特別賞」を受賞します!
そしてそして、一から物語を作り直して長編化したのが『トンデロリカ』なのです!
今回、アヴダビの執筆当時のイメージを元に、新たにアレ墨さんがイラストも描いてくれました!
今の『トンデロリカ』版のロリカ像が確立しているのに、新たに「旧ロリカ」をデザインするなんて、さぞ大変だったでしょう……!
サンキュー!
という事で、ロリカプロジェクトの原点『少女甲兵ロリカ』、読んでみて下さい!
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『少女甲兵ロリカ』
第一話「出会いの序章」
ヘルメットのスピーカーからは己の呼吸音しか聞こえない。過呼吸気味だ。落ち着け。落ち着け。大丈夫だ。俺は死なない。死なない。死んでたまるか。
岩石と砂しかない不毛の基地衛星。酸素は無い。重力も弱い。慌てて走ればすぐに体が浮かんでしまう。そうなったら、撃たれるだけだ。俺は前へ跳ぶ。前へ前へ。低く、低く。
「ファルクス一等兵! 持ち場を離れるな!」
嘗て俺のしごきに泣き言ばかり言っていた坊やも、この懲罰部隊では上官だ。
「ファルクス一等兵! 命令無視は射殺……」
レプセンの声が消えた。撃たれたのだろう。運が無かったな。
戦場は地獄だ。俺達が投げ込まれる戦場は。
この戦術的に価値があるのか見当つかない基地衛星への爆撃機の援護無しでの歩兵突撃なんて、絵に描いたような地獄の任務だ。俺達はここで全滅するだろう。そういう筋書きなんだ。
ビームが飛び交う。無色の光線はバイザー越しにはオレンジ色に映る。それが恐怖を誘う。士気を下げるだけだ。皆、気付かないうちに死にたいのに。
砂に伏せて、一匹のつるっぺたを撃った。白っちゃけた戦闘服に小さい穴が開き、敵さんはくにゃりとへたり込んだ。
「撤退! 撤退!」
ようやく許しが降りた。兵隊どもは我先にと退避カプセルへと駆け戻る。俺は動かない。伏せたままでいる。そうして虐殺が始まる。
背を見せて逃げる装甲戦闘服など、射的の的より撃ちやすい。慌てて浮き上がった馬鹿を、つるっぺたはゲームのように打ち落としてゆく。
俺は岩陰沿いに這って進む。すぐ横を、辛抱出来なくなった馬鹿が飛び出した。馬鹿は空中に浮き上がり、突然トンボ返りをうった。音はしない。ヘルメットが吹き飛んでいた。赤茶色の獣毛が一瞬で凍りついた。
突然砂が舞い上がり、俺も風に煽られて転がりそうになった。爆風だった。兵卒用の退避カプセルが一つやられた。なんてこった。
残ったもう一機のカプセルへ、憐れで罪深い兵隊が殺到する。押し合い、殴り合い、蹴落とし合い、仲が良いことこの上ない。それを面白半分に仕留めてゆくつるっぺた。
もう、あのカプセルには入り込めない。
俺は進路を変えた。士官用の小型カプセルだ。扉はまだ開いている。
「頼む、乗せてくれ」
「ふざけるな、下がれ!」
小型カプセルには二人しか乗っていなかった。
「レプセンは死んだ。俺一人なら乗れるはずだ」
「貴様」
士官が銃を構えた。俺の方が早かった。吹っ飛ぶ装甲服の向こうから、もう一人がオレンジ色の光を放ってきた。俺も引き金を引き続ける。内壁から火花が散った。
穴だらけの装甲戦闘服が二つ、狭いカプセルの中を弾み返る。上官を撃っちまった。
その時、バイザーの後方モニターにつるっぺたのひょろ長いヘルメットが映った。俺は振り向き様に撃った。カプセルの入り口にまで取り付いていたニョロフニク星人がゴムボールのように飛んでいく。すぐ後ろに迫っていた仲間のつるっぺたの群れへぶつかる。
俺は扉を下ろした。ロケットに点火する。振動。逃げ帰ってどうする? 俺は懲罰部隊で上官を殺した。何が待っている。
上官の死体をよけながらどうにかベルトを締めた時、ロケットが火を噴いた。圧し掛かるGが思考を中断させる。
いい加減衛星を離れたころに、自動でオーバードライブに切り替わる。ようやく帰れる。俺を待っている絶望へ。
そこで俺は気付いた。オーバードライブのコンパスが回転している。火花が散った。目標座標が狂っている。
しまった……。
同時に、空間ジャンプ特有の体が引き千切れるような感覚が襲ってきた。
「んー、やっぱ出来ないよ告白なんて……」
ロリカはベッドに仰向けになった。
「大丈夫だよ! あの先生、絶対中身はロリコンなんだから!」
ケータイ越しに無責任に煽るのは中学に入って始めに友達になったヨミだった。
「んんー。やっぱ無理無理! 見てるだけにする!」
「そんなんだからロリカはいつまでも……」
不意に音が飛んだ。
「ヨミ?」
蛍光灯がちかちかと点滅する。窓の外が光った。ような気がした。ケータイはうんともすんとも言わない。
突然、ばし、と窓に亀裂が走る。
「わ!」
テレビにもばし! 時計にもばし!
だがどれも砕け散ったりはしなかった。
「うわー。何なのー? ねー、ヨミ? ヨミ?」
ロリカは無音のケータイを手に、部屋の扉を開けた。共稼ぎの両親はこの時間はまだ帰らない。
廊下に、アライグマがいた。汚らしいブリキの缶詰みたいな物から頭だけ出して。
「ぐるる……!(貴様はつるっぺたか、それとも我らと同様にふさふさなのか、どっちだ……!)」
アライグマは一声唸ると、ガランガランと派手な音を立ててひっくり返った。毛が、血で濡れていた。
―これまでのお話―
無州倉ロリカ(むすくら・ろりか)中学一年生。ボーリングが苦手で、数学の教師に淡い恋心を抱いちゃう普通の女の子です。
だけどもある日突然、アライグマにそっくりなデラムク星人のファルクスがやってきて……。その日から私の日常は一変。宇宙船にへばり付いて一緒に地球にやってきちゃった悪いニョロフニク星人を退治しなくちゃ。
武器はお婆ちゃん仕込みの薙刀と、ファル君のお古の戦闘服。だけどもこれってファル君サイズを無理矢理伸ばした物だから、あちこち肌が剥き出しで恥ずかしい! なんでも皮膚に流れる電流をキャッチして動くんで、下に服は着ちゃいけないんだって。
でも、そんなこんなでやっと最後の一匹をやっつけた私達名コンビなんだけど……
最終話「サヨナラも言わないで」
「ファル君、やっぱり帰っちゃうの?」
ロリカの目にみるみる涙の膜が膨らんでゆく。俺はお前達人間の泣き方が嫌いだ。毛が無いから涙がすぐにこぼれ落ちる。だから泣かせたくなんかないんだ。
「ファル君、やっぱり、やっぱりやだよ……」
案の定、ロリカの涙は溢れてすぐに流れ落ちた。お前の涙なんか見たくない。お前の、その綺麗な涙は。
ロリカが俺をぬいぐるみみたいに抱き上げた。俺の自尊心をずたずたにする行為だ。ロリカが顔を押し付けてくる。
「えーん」
馬鹿みたいに、声に出して泣いた。お前は本当に子供なんだな。お前達はどこからが大人でどこまでが子供なのか結局よく分からなかった。毛も生え変わらないようだし、オスも誰もが口元に毛を伸ばすわけではないようだし。ややこしい奴らだ。
「私、ファル君とずっと一緒にいたい」
翻訳インカム越しに聞こえるロリカの声は、とても子供っぽくて、俺の判断力を鈍らせる。
「わがままを言うんじゃない」
俺の声はお前にはどう聞こえているのだろうか。ちゃんと威厳を持っているだろうか。俺相手にこの甘えよう、とても威厳は伴っていなさそうだ。
ロリカの涙が俺の獣毛を湿らせる。俺は目を閉じた。俺は家族を持った事はない。これからも永久にない。お前だけが、俺の家族だったのかもしれない。
「お師匠さま~。お名残おしゅうございます~」
舎弟の犬どもが、俺の肢を甘噛みする。ボンズ、ジロウ、ウータン、ドリスデン、皆忠実で良い奴らだった。俺はお前達のような部下は二度と持てないだろう。
空き地に、ドロップシップが転移完了した。ロリカの髪をはためかせる。
「迎えだ」
「やだよ! やっぱり離れたくないよ!」
ロリカは俺をかばうように抱え込んだ。胸が苦しい。締め付けられたからだけではない。
俺はロリカの腹を触った。
「あふっ」
腕が緩み、俺は飛び降りた。
「聞き分けろよ。俺は故郷に帰るんだ。お前だって母ちゃん所へ帰れなくなれば寂しいだろ」
「でも……」
「お前は良い子だよ。最高に良い子だ」
「また来る?」
「もちろんだ。お前がもう少し大人になったらな」
「絶対だよ!」
「ああ。達者でな……」
俺はドロップシップに乗り込む。ロリカと、舎弟達が何か叫んでいた。俺は、どうにか笑顔を作る。扉が閉まる。
即座に俺は後ろ手に捻り上げられ、合金製の枷を嵌められた。硬い銃床で頬を殴られる。
「なあ、おい」
粘つく血を吐きながら。
「俺があの人間に抱かれている時、あんたらはあいつを撃つつもりだったのか?」
「あのつるもじゃの異星人か?」
兵隊は顔を見合わせてにやりと笑った。
「お前を捕食しようとしていた? 俺達は見物するつもりだったんだが、どういうわけかお前を放しちまったなあ? 少しは寿命が延びて嬉しいかい?」
兵隊はくぐもった声で笑った。
「ああ、そうか。それならいいんだ」
ロリカ。お前の子供っぽい声は、俺には子供っぽいままだ。
おしまい