今日より明日を生きるへちまスポンジ
もう、かれこれ3年ほど通っている美容室がある。
常連風を吹かせる嫌な客と思われるかもしれないが、私はこの美容室が大変気に入っている。ぶふぁ〜〜、バタバタバタバタ。大家族の朝みたいに散らかるざわめきも、窓からひゅるりと入る空気とカラー剤がかき混ざった外国みたいな匂いも、ここにしかない。
最近は行くたびアシスタントと思しき人が増え、店の快活さに磨きがかかっている。この日私は、ガタイのいい新人美容師の男性に髪を乾かされながら、へちまスポンジについて考えていた。
9月のある日、私は狂ったように池袋ルミネのポップアップショップに足を運んでいた。
池袋が勤務地の私は、ルミネ近辺でランチを食べ終え、えいさえいさと職場に戻ろうとしていた日。偶然通りかかったポップアップショップの前で足を止めた。
そこには、エコな生活雑貨やマイクロプラスチックを使ったアクセサリー、捨てられた傘をそのまま再利用したバッグなどが、所狭しと並べられている。
おやおや?ショップのもとへとゆっくり足が動き出す。
ポップアップショップは、川のように淀みなく人が流れていくから、私のようにあきらかに手ぶらで買う気がさらさらない人でも浮かずに溶け込めるのがいい。
のそのそと一周したあたりで上司の顔が脳裏にちらつき、やばっ!の顔になる。仕事終わりにまた来ようと、いったん職場へ戻ることにした。
ドタバタと仕事を終わらせて、この日2回目のポップアップショップ。先ほどより人が混み合っている。店員さんがほかの客と話し込んでいるのをいいことに、ヘ〜とかハ〜とかの感想をひとりゴニョゴニョさせながらゆっくり見ることができた。
商品を端から端まで見終えた私は、へちまスポンジを見つめていた。そういえば、家の食器用スポンジがよぼよぼのおじぃみたいになっていたっけ。と思い出したのだ。
これがへちまなのか…と砂をなでるようにへちまスポンジにそっと触れながら、小学生のころを思い出していた。
当時見ていたテレビで、夏の暑さを緩和させるために役立つ「緑のカーテン」がへちまでできているのだと知った。涼しそう〜うちの小学校にもできないかなぁと呑気なことを思ったのと同時に、植物がもつ不気味なほどのたくましさに、唇がきゅっとなったのを覚えている。
そんなことを思い出しながら、ボリボリと頭を搔いていた私に店員さんが「へちまスポンジ使ったことありますか?」と気さくに問うてきた。
ないです…今使っているスポンジがボロボロで……と答え、さすがにスポンジのことをよぼよぼのおじぃとは言わなかった。
店員さんが言うに、ここで取り扱っているへちまスポンジは、100%植物性素材のセルロースとへちまでできており、使い終わったら土に還るとのこと。
今使っているよぼよぼおじぃはプラスチックで出来ているから、使うたびマイクロプラスチックをちまちまと生み、「絶対土になんか還らん!」とごね、バカンス気分で海に漂い続ける。わがまま屈強おじぃ。ウミガメや海鳥たちが、おじぃをごはんだと見誤って食べてしまうじゃないか!もう!
と怒る私は、プラスチックをいくつも身につけている。自分が起こす行動と現実の差分の埋め方は未だによくわからない。
へちまスポンジは熱に強い。私がしでかして、スポンジをトマトソース色に染め上げたとしても煮沸消毒ができるので元の姿に戻してやれる。
それに、へちまスポンジの天然繊維は優秀で、ある程度の油汚れなら洗剤を使わずにお湯だけで落とせる。お湯で簡単オフだ。
「最初は少し硬いですが、使っていくうちにやわらかくなりますよ^^」と教えてくれる店員さん。なんかいいねその言葉。と思った私は、そうなんですね。と返した。
こうして、へちまスポンジを2個買った。ひとつは自分に、もうひとつは母に。
さっそく使うとやっぱり硬かった。「なにすんだよ」とへちまは揉まれるのを嫌がって、自分のスタイルを貫こうとする。
くしゅくしゅとはほど遠い、”みしっみしっ”という感じ。コップは笑ってしまうほど力を込めて洗ったし、細い溝の部分を洗うときは悔しいが、よぼよぼおじぃに頼った。
ほんとにやわらかくなるのか?私はへちまを片手にシンクの前でよく立ち尽くしていた。
なにこれへちまスポンジ?ありがとう!と喜んでくれた母も同様だったみたい。数日後、ねぇへちまスポンジ使ってる?と不安の声色が電話口から流れてきた。
それでも、靴づれでメソメソする日々は今だけ。と信じるように、私はへちまスポンジを信じた。
そしてへちまスポンジは、徐々にみしっみしっから、ぷしゅぷしゅになった。店員さんの言う通り、ちゃんとやわらかくなったのだ。
よぼよぼおじぃには、ありがとうとごめんねをした。今では、コップや細いものを洗うときだって前ほど困っていない。泡立ちしすぎず、汚れも普通に落ちる。洗い上がりも文句なし。そして、地球にやさしい。
へちまスポンジは、みしっみしっの場数を踏んだことにより、格段にいい仕事をするようになったのだ。長年連れ添っている恋人のてのひらのようにへちまスポンジは、心地よくフィットした。
最初から完璧になろうとしなくていい。これは私がよく自分自身にかけてあげる言葉だ。日々を積み重ねてひとは成長していくもの。
今、私の髪を乾かしてくれている大きな男性美容師はさきほど、私の耳カバーをつけるのにやたら時間がかかったり、何度も同じことを質問してきたりした。大丈夫。私も、へちまスポンジも、みんなみんな。そんなものだから。
ドライヤー中は会話がしづらい。寝たふりをしようとそっと目を閉じ、帰ったらへちまスポンジを煮沸してやろうと思った。