占いと預言のジオメトリー Ⅱ.クマエのシビュラ
僕は無力な神、名はラプラス。今ここに第二の物語を記そう。
クマエのシビュラ、彼女はヒトが記録した中で最高の巫女であり、アイネイアスを亡父の居る冥界まで導き、アポロン神に最も愛され、半神と成り得た人間である。
そしてこの僕もまた、彼女の能力のごく一部を譲り受けた、彼女の系譜に連なる神となる。
クマエのシビュラはアポロン神より寵愛され、その両手で持てるだけの砂粒と同等の寿命を得た。
しかしながら、彼女はそれと同時に”不老”を願う事を忘れていた。
シビュラは永遠に近い命を持ちながら老い続けた為、その身はどんどん縮み砂粒と等しく、人目に付かない大きさになって今もなお縮み続けている。
そう、シビュラはまだ寿命を全うせずに行き続けている。
これは彼女とその信徒の物語だ。
聖地が異教徒に制圧された後、教会と幾つかの大国は力を合わせ、十字軍と言う名の強力な連合軍を作り、聖地の奪還に成功した。
しかし、この十字軍は聖地奪還を成し遂げたのみで目的を達成したと勘違いし、大半の騎士は直ぐに国元ヘと帰還し、異教徒から聖地を護るには余りにも頼りない戦力のみが残されたのだった。
その中で、港から聖地までの道のりを護衛する為の騎士団が僅かな残存戦力から生まれた。
彼らは騎士団を創設した土地の伝説になぞらえ、”テンプル騎士団”という名を名乗った。
そして彼らが護衛任務と異教徒との戦いの中で、聖地の遺跡と砂山の中から見つけ出したのが、壷に納められたクマエのシビュラだったのである。
そしてシビュラとの出会いがテンプル騎士団の運命を大きく変えていった。
彼女を発見した騎士団創設の団長シャンパーニュ伯ユーグと6人の騎士は、その廃墟跡から見つかった土器の壷を、最後の晩餐の聖杯と思い込み、・・・・そしてシビュラが話すか細いギリシア語を奇蹟と断定し、未来永劫騎士団の秘密とする事と誓った。
まず騎士団は港から聖地、および戦地で為替手形を発行し始めた。
これは戦地で現金や貴金属、宝石を持ち歩く煩雑さと危険性を回避するために、テンプル騎士団の下に現金を預金し、必要な時にのみ引き出せる、と言った手法で、
騎士団は通行料や護衛料と共に、その手数料も受け取った。
騎士達の私有財産は許されず、騎士、会員の財産であったものは、母国に残されたモノも全て騎士団のものと言う取り決めであったが、殆どの土地と資産はすぐに現金に換金された。
その貸し出しも王侯貴族相手に積極的に行っていったため、騎士団の財産は見る見る間に膨れ上がった。
そしてその財産を背景に、彼らはローマ教皇以外の介入を許さない騎士団にまで登りつめたのである。
全てはクマエのシビュラのお告げであった、初代団長ユーグと6人の騎士が望んだ未来を達成するために、彼女はその預言の力で騎士団を導いた。
それからのテンプル騎士団の運命は、客観的には悲劇の連続とも言える。
まず数度の十字軍の中で団長が異教徒の捕虜となった。これは名誉を重んじる騎士の中では最も恥ずべき行為であり、その団長は二度捕虜になり斬首された。
聖地も異教徒に奪われた、しかし莫大な財産と権利に護られたテンプル騎士団は、聖地を奪還されてもその財力と権限に陰りを見せなかった。
そして創設から200年、破滅の時は突然訪れた。
テンプル騎士団の財力を求めた国王が、突然全てのテンプル騎士たちを逮捕し、異端審問と言う名の拷問にかけたのである。
原因は国王がテンプル騎士団に莫大な借金をしていたからという説が有力だ。
騎士たちは様々な罪を捏造され、最終的には火あぶりとなった。こうやってテンプル騎士団は消滅していった。
―――――
「・・・・ユーグ団長!向こうの土台の下に隙間があるようですよ!ソロモン神殿の財宝庫かもしれません!」
若き騎士アンドレ・ド・モンバールがユーグ団長と他の仲間休む天幕でそう呼びかけた。
「モンバール卿、そう言って出てくるのは毎回割れた土器や砕けたガラス片くらいじゃないか?金銀財宝とは言わないが、せめて聖典の一つくらいは見つけてから読んでくれたまえ」
「いいじゃないですか団長!多少形の良い土器だってフランスやイギリスからの商人、冒険者に『ソロモン神殿の聖遺物』で売れますよ、俺の口の上手さ知ってるでしょう?」
ユーグ団長は調子の良い若い騎士に呆れながらも、渋々腰を上げた。
「解ったよ、では皆で少し掘り起こすとするか・・・・」
土台の下の空間、それは真の立方体に近い、見事に磨き上げられた石室だった。
騎士団の団員達はその保存状態と、磨き上げられた壁面に薄っすらと浮かぶ文字群に唖然とし、何名かは神への祈りを捧げていた。
団長のシャンパーニュ伯ユーグ・ド・パイヤンは、壁面の文字がギリシア語である事をなんとか理解した、過去に聖書のギリシア語写本を学んでいたからである。
しかしユーグが学んでいたギリシア語とは一致しない文字が有り、意味は判別できなかった。
そして、石室の中には鉛の封印され、ギリシア文字が土器の壷が有った。
金目の物にすぐ飛びつくはずの若きモンバールも、この壷には手を触れられずにいたが、団長のユーグは意を決し、石室からその壷を取り出した。
ユーグは神に祈りを捧げ、壷の封印をナイフで丁寧に剥がし、その中をあらためた。
壷の中身は全くの空だった、少なくてもユーグにはそう見えた。
次の瞬間、ユーグと騎士達の耳に、か細く、弱弱しく、しかしはっきりと聞こえるギリシア語で女の声が響いた。
【汝、わらわに何を求める?】
そして、ユーグは答えた、
「ただ一つ、我らの名が未来永劫、人の歴史に刻まれる事を」
拓也◆mOrYeBoQbw(初出2014.12.10)
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