「アニオー姫」日本プレミア公演観劇記 2023.11.4 人見記念講堂
昭和女子大学人見記念講堂で上演された新作オペラ「アニオー姫」の日本プレミア公演を観劇。初演のベトナム公演は、秋篠宮ご夫妻も観劇されている。
日越外交関係樹立50周年を記念して、3年の歳月をかけて、「アニオー姫」」実行委員会とベトナム国立交響楽団との共同主催の制作。
鎖国前に日本商人宗次郎と運命の糸で結ばれて日本に渡ったベトナムの姫は、鎖国によってベトナムの家族と絆が断ち切られる。姫と深い愛を育む一方で、姫の里帰りもままならないことに罪の意識も持ってしまう宗次郎。そして、やがて姫にさらにつらい運命が……という
物語。
会場に入る前から気分は上る。客層が極めていいのだ。品がよく身なりのいい中高年たち。アオザイを着たベトナムの方も多い。会場に入って聞こえてくる会話も「日越友好協会の・・・」「外務省の・・・」「ベトナム赴任中に・・・」と実にインターナショナル。中央通路の特等席には山東昭子前参院議長の姿も見えた。なんともいえぬオーラが立ち込めていて、「お~」とばかりに息をのむと、私が魅了されたのを見て取った山東センセイは満足げに微笑んでくださったので、つい会釈をすると山東センセイも会釈を返してくださった。指揮者の井上道義さん、黒岩祐治神奈川県知事の姿も見られた。25年前~30年前くらいのオペラやガラコンサート会場のようなハイソな華やぎがあった。
席は6列目として購入したが、オーケストラピットのスペースがあるので、なんと実質2列目!しかも通路脇なのでとても見やすい席だったので、さらに感激。台本・演出の大山大輔さんも、客席まで出て来て賓客の対応に当たっていた。少しお痩せになったようで、しゅっとして格好良かった。
そして、開幕。
ベトナムらしさを感じる序曲のなんと美しいことか!メロデイーも、調和の取れた、エモーショナルなオーケストラの演奏。これだけでも十分期待は高まる。
1幕。貿易商の宗太郎を演じるのは、小堀勇介さん。実はまったくのお初。顔は知っていても声を聞いたこともなかったが、こんなさわやかな抜けのいい声の人だったのか。優しくあたたかい宗介像が、なんの疑いもなくすっと入って来る。
難破船の子どもたちを救出して「アリガトウ」の言葉が印象的に明示される。
2幕。宗太郎とアニオー姫(ダオ・トー・ロアンさん)が出逢い、「アリガトウ」が美しく包むようにリフレインする。そして、2人の仲を取り持つ占い師(ファム・カイン・ゴックさん)が、「とんでもない」というレベルの圧巻のアリアを超絶技巧と素晴らしい迫力で歌いあげて度肝を抜かれた後には、ロマンティックであまりに美しい二重唱が会場を包み込む。
二人の出逢いはさほどドラマチックというわけではないのだが、幻想的なプロジェクションマッピングと、主演の2人の愛と優しさと敬意に満ちた、心震わせる絶唱、演技が、たしかな愛のはじまりを見せてくれる。丁寧に、丁寧に、愛を見せ、聴かせ、感じさせてくれる2人。舞台の登場人物ではなく、実在の愛し合う人間として、たしかにそこに存在していた。
2幕、もう最高だ!
3幕。幸せな新婚生活に一気に暗雲が垂れ込める。
鎖国を告げられる宗太郎の哀しみが痛いほど伝わって来る。
当然、ビジネスの問題という側面もあるだろうが、宗太郎はただ「愛と人との絆」の問題として鎖国を受け止めた。そこだけにフォーカスしたのが、大山大輔さんの台本・演出の「肝」なのだろう。そうしたことで、人の絆が断ち切られる無情感がくっきりと浮かび上がってくる。
それを誠実に見せてくれた小堀さん…か。
アニオー姫の思いあふれ、千路に揺れ、哀しみも、寂しさも、ないまぜになった心情を歌い上げるダオ・トー・ロアンさんの絶唱がまたすごい。声の美しさ、声量、表現、どれをとっても圧巻。そして、最も心動かされたのは、彼女はかき乱された中でも、ゆらぎのない愛を疑いなく持ち続けて凛として立っていたのだ。その気高い美しさ,,,,,,。ため息の出る美しさで表現してくれた。
4幕。小堀さんの宗太郎、なんと情感のこもった寂しい去り方かーー。一言もなく去っている、あの姿だけでアニオー姫と娘を残して逝く思いが伝わってきた。すごい。
そして、遺されたアニオー姫は、母として娘に歌いかけるときには、愛しい宗太郎に対する妻としてのかわいらしい、愛らしい歌声とまったく違った、母の貫禄やまろみをまとった歌声を聴かせてくれた。その表現の変化にもはっとさせられた。
エンディングの歌は……涙なくしては聴けない。
愛こそが人を繋ぎ、信頼を育む…大山さんの紡いだ、そのまっすぐな世界観が清くて、心が洗われる思いに包まれて、幕が下りた。
すごいものを観たのだと満足、大喝采。
そして、華やかなカーテンコール。
私の席からはオーケストラピットの中も良く見えた。オーケストラのメンバーも、みな嬉しそうに盛り上がって、ピットの中から写真を撮っていた。ステージ側だけでなく、観客側にカメラを向ける人も何人もいた。日本の喝采を持って帰りたかったのだろう。本当にバランスのいい、指揮のもと、ひとつにまとまった素晴らしい演奏だったから、メンバーのやりきったような晴れやかな笑顔にめいっぱい拍手した。オーケストラのメンバーが撮影した画像には、私の涙顔も映っているかもしれない。それを見てご家族や仲間もみんな喜んでくれるのだろう。私の「アニオー姫」を通じたコミュニケーションの輪に入れたような気がして、ちょっと嬉しい気がした。