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「ある男」
監督:石川慶
製作国:日本
製作年・上映時間:2022年 121min
キャスト:妻夫木聡、安藤サクラ、窪田正孝、柄本明、仲野太賀
殆どの物には名前がある。由来を知らずとも、或いはそれが正しい名か否か考えることもなく使うことが多い。
人の名前にしても初めて会う方が申し出られた名を疑うことなどない。
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再婚したパートナーと4年弱で別れることになった時に、パートナーを亡くした悲しみだけでも潰されそうな状況において初めて対面する義兄に「この写真は弟ではない」と云われる。
この作品の大きな流れはここから始まる、私が愛し共に暮らした人は一体誰なのか。
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パートナーを亡くした安藤サクラ演じる里枝が窪田正孝演じる再婚相手だった谷口大祐の出自を前回離婚の際お世話になった妻夫木聡演じる弁護士城戸に依頼する。
城戸は同僚からワインラベル偽造の話にひらめくことがありそこを糸口に谷口大祐が誰であったのかを探る一見ミステリーが始まる。
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戸籍交換ブローカーとして今は服役中の小見浦は城戸の内面に容赦なく土足で入り込みながら同時に本人さえ自ら避けていた部分の仮面を剥ぐ。
この短いシーンにしか柄本明氏は演じられないが圧倒的な存在感を放つ。
この作品の主人公は名前を捨てた谷口ではなく、作品のテーマに沿って戸籍交換をした者、婚姻で何度も名前を変える母と息子、弁護士の個人的事情、加害者家族の苦しみ、在日の問題が話として立ち上がって紡いでいく。
作品ポスターでも分かるよう谷口を追いながら同時に自身の内面へと降りていく弁護士城戸が主人公なのだろう。
名前を変えても捨てられない業、本人は捨てた覚悟でいても許されない現実。ミステリーでは収まらない真の姿が描かれる。
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パートナーは確かに名前を偽った、しかし、子に向けられた愛情、妻への愛までが偽りではないことは当事者の家族が一番理解している。
普通のしあわせを得るために改名どころか不法行為の戸籍売買まで手を染め過去を封印しようとした谷口。新しい名前が刹那であっても見せてくれた風景が蜃気楼では救いがないが少なくとも谷口はやっとの平安を得た筈。
例えば、サル山の彼らに勝手に名前を付けるのは人間のため(コチラが認識し易くする)であって彼らは名前がなくても生活に支障はない。
極論だが、過去を捨てたかった谷口も日本国の社会保障制度全てに背を向けて生きていくのなら、そこがインフラもない自給自足生活の所であったら家族は持てないかもしれないが世間に縛られずに生きられたかもしれない。
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この作品の冒頭はルネ・マグリット「複製禁止」に、そして、最後もこの絵で終わる。
最後になるが役者陣について。
柄本明氏についてはここで言うまでもなく、作品の核になる部分に登場し、全体としては短い出演であっても作品を締め、後半へと続く役を圧巻なほどの演技で見せる。刑務所のガラスが隔てた演技でも。
二役を演じる窪田正孝のいつも演じている柔らかな人間ではなく、谷口の父役で見せた狂気が放つ眼光の鋭さは印象に残る。
仲野太賀についてはどの部分で演技を見られるのか楽しみだったがこの人も、また、短い登場で且つ台詞がない。台詞が無いとはいえ表情で演じる感情が十分に伝わる上カメラが仲野太賀演じる谷口(本物)から離れても演じる彼をカメラフレームの外で感じられた。
原作者平野啓一郎氏の著書は何冊か読んでいたがこの原作本は未読。
作品が映画という媒体に変わるときに尺の関係上削られる部分は当然ながら多い。久しぶりに原作を読みたいと感じさせた作品でもあった。
☆☆☆★