「ガラスの城の約束」
原題:The Glass Castle
監督:デスティン・ダニエル・クレットン
製作国:アメリカ
製作年・上映時間:2017年 106min
キャスト: ブリー・ラーソン、ウディ・ハレルソン、ナオミ・ワッツ
1990年代ニューヨークで活躍したコラムニスト自身の家族についての話。実話でもある。
子ども時代はネグレクトと呼ばれてもおかしくない状況も時に起こり、父親のアルコール依存症にも振り回される。最悪であるのは両親が「共に」親として機能するには何かしらの弱点を抱えていることと子らから「公の」教育の機会を奪うことが多々あったことだ。
それでも「家族」について話すことは定義があるようで実はこうあらねばという形式も無い為に家族の数だけ様々な形があり、尚且つ、親の素養でそれは測り知れない。
ウォールズ一家は両親が一つの仕事に長く就けずに夜逃げ同然に家財を車に積み転々と暮らす。正確には空き家を見つけ勝手に住み込んでいた。
電気も何もないあばら家をリフォームする家族の姿はどう見ても貧困の絵としては描かれていず、作り上げていく過程を親は見せそれを子は学んでいる部分があった。全てが不自由している家族であるが不幸な人がいない。
母親は絵を描くことに夢中になると育児も忘れる。両親共に自由人と云えばそれまでだが、日本であれば児相職員訪問が絶えない家だ。
子らの方が反面教師のお陰で大人になる道を間違わず択ぼうとし、何を得たいかが明確になっている。四人の子が反社会行動に出ないのはそこに愛情があったのだろう。
父親の破天荒な行動には振り回されながらも、揺るがない愛情を子ら知っているからこそ裏切られる行動に何度遭いながらも家族の輪から抜けていかない。それは決して相依存状態ではない。兄弟が4人いたことも救いだったに違いない。
ダイアナ妃を演じたナオミ・ワッツが今度はなりふり構わない自由人を演じる。このシーンでの食事作法ではその汚さをこれでもかと見事に体現。母親は晩年も恥じることなく娘と対峙する。レストランだからと娘のために気遣う配慮などない。
最近「毒親」の言葉をみかけることが多い。安直に「毒」で片付ける空気が寧ろ危ないようにみえる。この家族のように両親は傍から親失格のように見えても家族の絆は切れていない。*こう云えるのはラストシーンのお陰
「親失格」はあっても毒を持ったままの親は存在して欲しくない。
父は家族のためにずっと総ガラスの家を設計し実現を夢見ていた。家族一人一人の意向を反映させながら夢を作っていた。家族の核でもあったガラスの家。
そのガラスの家は、実現しない総ガラスも然り現実離れしていたが、設計図を引き続けることが家族をまとめることだったのかもしれない。
★★★☆