「連続」と「習慣」の間にある溝
いつになると受験の呪縛から解かれるのだろうと溜息つくことの一つに「連続」がある。
最近のアプリは語学系も筋トレの類も余計なお世話的な「連続」という言葉が応援のつもりかセットになっている。鼓舞されているよりも罠に嵌められている感がある。罠と承知していながらも、ついつい、その「連続」記録を伸ばそうと運営者の思う壺に嵌っていく情けなさ。
そう云いながら、今、もう一つ自分に課している「連続」がこのnoteへの投稿。
「連続」という行為がどの時点で「習慣」となるのだろうか、半ば自身の実験のようでもある。毎日、何某か500~1000文字で記録する。その積み重ねが、もしかすると、もう少し観察する目を養ってくれるのではないかとも考えている。或いは、言葉に変換することで日々の生活輪郭を明確にする。
ネット配信まで入れては追い付かない為、映画館鑑賞を主として映画作品の記録、これもごく一部ではあるが読書記録。
旅行の記録が全く追い付いていない。三日間ととても短い滞在であってもカウアイ、ロンドン共に18,000文字を超えてしまった。二週間かけて回ったシチリアやリスボアは全体のボリュームが全く掴めない。とは云え旅行記途中のアイランド一回目訪問、ポルトガル南部旅行については12月カウアイ島再訪問前にどちらかは書き上げたい。
今日で連続投稿90日。
*タイトル写真:ブダペスト「くさり橋」この年も異常気象で連日暑い日だった。