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ロスト・ケア

監督:前田哲
制作国:日本
製作年・上映時間:2023年 114min
キャスト:松山ケンイチ、長澤まさみ、柄本明、坂井真紀、藤田弓子

「早朝の民家で老人と訪問介護センターの所長の死体が発見された。捜査線上に浮かんだのは、センターで働く斯波宗典(松山ケンイチ)。だが、彼は介護家族に慕われる献身的な介護士だった。検事の大友秀美(長澤まさみ)は、斯波が勤めるその訪問介護センターが世話している老人の死亡率が異常に高く、彼が働き始めてからの自宅での死者が40人を超えることを突き止めた。」*公式ホームページより

 第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した葉真中顕氏の「ロスト・ケア」が原作。
 この作品に食指が動いたのは、前田監督の「松山ケンイチさん、長澤まさみさんの気迫満ちた演技を是非みてください」というシンプルな言葉からだった。

検事と容疑者

 後半から核となる長澤まさみ演じる検事と松山ケンイチ演じる斯波容疑者の演技は息を飲むほど引き込まれる。おそらく絵的に斯波の静大友の動という描き方とは承知でも、松山ケンイチのその静かな、しかし、1mmとも自身の信念に偽らず大友に向く眼差しは、大友を揺さぶるほどに人としての思いがある。

 まだ歴史が浅い介護保険制度で、一般的に想像する高齢者介護に加え今は若年障害(或いは認知障害)を持つ人たちのケアも増加しているが残念ながら同一には語れない。
 今はこの二つは重なり合おうとはしているが、それでも介護の現場に置かれた家族が情報共有少ない現状で夫々に頑張るしかない。
 その手探りの自宅介護を行う中では、作品では触れられなかったが老老介護ばかりではなくヤングケアラーの負担も問題になってきている。
 作品を観るこちら側にも十分自身に関わってくる問題提起になっている。

辛うじて自宅介護が出来ていた頃

 映画作品としては、少なくとも経済的余裕と介護者の手が満たされている家族は描かずに福祉の手が届き辛い人々の生活が前半描かれる。
 凡そ想像がつく介護で追い詰められていく展開であっても、それは観る側の想像でしかない。想像の域を出ない未経験者にはその苦悩はカケラも伝わらないのだろう。

最愛の父

 どのような過酷な背景があろうとも、安楽死さえ許されない日本では人工的な死は許されない。ロスト・ケアで描かれた喪失の介護は倫理的にも実際にはあり得ない世界ではある。しかし、そうした斯波が行った行為が仮令本人が「殺すことで彼らと彼らの家族を救いました。僕がやっていたことは介護です。喪失の介護、『ロストケア』です」と語ろうとも許される訳がないことは明白。作品として彼の行為を観る側に裁かせることが意図ではないように見えた。

 自宅介護において介護者の手が不足することで起こる介護者の疲労、場合によっては介護者が家族介護の為退職を余儀なくされる。そうした時に作品の中でも描かれるように生活保護さえ範疇外と福祉に助けを求めて伸ばす手を払われた時に人はどのように尊厳を維持し日々の生活を守るのか。
 決して対岸の火事ではない介護の課題が描かれている。
 家族という単位が救いではなく場合によっては呪縛になる苦しさをどう救っていくのか。

拘置所での面会

 拘置所でガラスを挟んだ面会時は検事と容疑者という関係であっても、そのガラスに映り込む姿は人の表裏。立場上の検事である大友も、また、親の介護をしている子であることでは同じ。

 聖書の「「自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい」という句が何度か出てくる。
 聖書の言葉は言い訳の為に存在しているのではなく、生きる時に時として求める指針のようなもの。迷ったこころを照らす光であってほしい。

 「PLAN75」で合理的に自身の終末を選択する世界とは対照的な作品。

 父親役柄本明氏の演技も見事でした。
★★★★

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