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「ネクスト・ゴール・ウィンズ」軸足を作品から離しての追記

 太古の昔から世界のあらゆる場所には夫々の言語で、夫々の肌色を疑いもせず人々が住んでいた。その地を一方的方向からの発見という言葉で破壊し策略、最悪の場合植民地化していった経緯は世界史で歪んだ形で学んだ。

 タイカ・ワイティティ監督が Empire 誌に語ったところによると全てはこれに尽きる、「幸せになって、もっとゆっくりしろ」。(原文:As he tells Empire, it all comes down to this: “Be happy, and slow the fuck down.)
 この「ネクスト・ゴール・ウィンズ」の中心的なメッセージが、監督のインタビューを事前に知っていなくても作品を観ながら自然と伝わってきた。

 監督が「私をリラックスさせたいのであれば、太平洋諸島の人々の周りに私を置いてください。」とおっしゃるのも分かる。まだ、数度しか訪問していないがハワイ諸島のカウアイ島、マウイ島、ハワイ島、いずれの島で過ごした旅行で急かされたことは一度も無かった。勿論、それは旅行だからでしょうと言われるとそれまでではあるがロンドンの街を歩くこととは空気が全く異なる。
 避寒で訪れる南の島だからよりリラックスさを実感する要因も大きいが、そこにある空気や人をはじめとして車の動きまで本作品ほどデフォルメされなくても異なるのだ。

 生活するために仕事をする以上、実際は通年リラックスの中では生きていけない。けれども、異文化という自分が知っている世界とは異なる世界を受け入れる、受け入れない以前に先ずは認めることが必要なのだ、と当たり前のことを本作品を観ながら復習していた。
 欧米の論理展開や合理性が全てではない。

 サッカー協会会長タヴィタ氏が何度もしあわせをリトマス試験紙代わりに問うていた。

 さて、私は今「しあわせ」か?
 
 遠いポリネシアの島々まで訪ねることはすぐに実行できずとも、国内の南の島でしばしゆっくり波の音を聞きたい。
 
 


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