「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」
原題:Locke
監督:スティーブン・ナイト
制作国:イギリス・アメリカ
製作年・上映時間:2013年 86min
キャスト:トム・ハーディ、アンドリュー・スコット(声)、トム・ホランド(声)
劇場公開日:2015年6月27日
気になりながら劇場では観逃した作品。声の出演者は数人いらっしゃるが絵が出るのはトム・ハーディ一人、その上「ワンシチュエーション」それも『車内』となるとかなり特異だ。この設定自体で観る者を択ぶ。
仕事が終わり車に乗り込むこの時点では、息子二人そして妻と約束したTVでのフットボール観戦を楽しむ一人に父親、或いは夫に過ぎなかった。
まさかこの後鳴る一本の電話がきっかけで次々と人生において大切な人やものを失くすなど予想だにしていない。勿論、その電話に対する彼の決断次第では生活を壊すこともないのだが、彼はある種自己完結的な責任の取り方に囚われ人生の流れを変えていく。引き返す時間は十分にあったにも拘わらずそれを選択肢には全く入れようとしない。自分が描いた通りの答えが常に用意されてはいない筈が…。
乗車後は次から次に電話がかかってくる。このBMW・X5にはBluetooth対応のハンズフリー・テレフォン・システムが搭載されており、しばらくはまるでハンズフリー・テレフォン・システムのCM?と嫌味を云いたくなる時間があった。それも、時間の経過と共に気にならなくなっていく不思議。
映画がある種魔法だと云えるのは、トム・ハーディが運転免許を持たなくともこうしてバーミンガムからロンドンを走行して撮影されたこと。CGなしでも不可能を可能にする面白さ。三台のカメラを車に載せ、撮影は6日間(6夜)行われる。
まるで舞台演劇のようだがそこにリアリティがあるのは搭載のハンズフリー
は使用していないが上記写真のようにホテル一室から実際に電話をしていたことが効果を成している。部下役のドナルを演じるアンドリュー・スコットとは私的にも友人らしくそれは通話にも反映。また、息子役のトム・ホランドも声だけでありながら家族の絵を浮かび上がらせていく演技の巧さ。
部下、上司との通話から浮かび上がる緊迫した大規模建設現場と彼の置かれた責任ある役職。息子らとの会話で見えてくる父親としての彼の姿。「相手を通して」トム・ハーディ演じるアイヴァン・ロックという一人の男性の輪郭が見えはじめ、その輪郭の内側を絵として唯一映る彼が埋めていく。
「最初に車を出す時は家も仕事も家族もあったけど、今は車しかない」
最後の台詞。
現実の世界であるなら「自業自得」の言葉で全ては収まる。でも、これは映画。その見せ方を楽しみたい。
繰り返すがワンシチュエーション、その上スクリーンに見せるのは上半身のみ。会話と顔の表情が全てだ。それでも、物語の全体像が見えてくる。
それは本を読むことにも似ていると気が付く。活字だけで読む人に一人一人に夫々の色、音を提供していく。今回は本の中の主役だけが抜け出してきた。
★★★★