ESGやSDGsは経営者の成績不振の隠れ蓑にはならない
「森川さんですよね?」
「ええ、どこかでお会いしましたっけ?」
「運河の見えるBARでバーテンダーのモギーさんと話しているのを。素敵なBARですよね」
品川インターシティを南に下った京浜運河を望む倉庫街にひっそりと佇むBARアバントには、毎週金曜日の夜になると常連が集まり、喧騒につつまれます。
バーテンダー:森川さん、いらっしゃい。
森川:モギー、いつものワインで。
バーテンダー:山形の限定品、ジャイアントポッキー佐藤錦、出しときますね。
森川さんは「経営情報の大衆化」をミッションにしているアバントという企業グループの社長さん。
バーテンダーのモギーが今日も限定ポッキーを用意していたので、いきなり盛り上がっているようです。
ーー森川さん、今日もお疲れですね。
森川:いやー、今日はショックなことがあってね。
ーーえっ、限定ポッキー買い忘れたんですか?
森川:ポッキーのことは忘れないよ。実は「超カリカリプリッツ(牛カツ味)」が売り切れちゃってね。もっと買いだめしとけばよかった。
ーーどんだけグリコ好きなんですか。本物の牛カツどうぞ。
森川:ありがとう、モギー、やさしいね。
ーーお代はちゃんといただきますから大丈夫です。
森川:いやあ、厳しい商売人だね、モギー、尊敬するよ。プリッツの件は冗談。実はね、注目していた経営者が解任されたことに驚いてたんだよね。
ーー注目していた経営者ってだれなんですか?
森川:ダノンのCEOのエマニュエル・ファベールが解任※されちゃって。
ーーヨーグルトで有名な、あのダノンのCEOですか。
森川:うん、彼はESGの文脈では、先進的な取り組みをした経営者としてマーケットでも評価されていると思っていたんだよね。
ーーん? ESGってなんですか?
森川:ESGは、eスポーツの、ソーシャル・ゲームという産業分野のことだよ。
ーーへえー、ダノンがそんな事業をやってたんですか!
森川:冗談に決まってるでしょ。
ーー森川さん、ボケるときはボケてるって顔しないと誰もツッコミませんよ。
森川:ごめんごめん。ESGっていうのは環境(Environment)、社会(Social)、統制(Governance)の3つのテーマで、サステナビリティ分野で国家や企業、組織の取り組みを促進するための思想・対応といってもいいかな。
環境を壊し続けたり、重労働を強いてまで利益をあげるような「ビジネスモデル」は持続性がないよね。企業は経済・環境・社会のバランスをとりながら発展しなきゃいけないからESGという思想が生まれてきたと思う。
セットでSDGsというのも国連が定めたんだけどSustainable Development Goals の略で、貧困や水問題など、企業が配慮しなければいけないことを国家を超えるレベルまで引き上げる役割を果たしたのかな。これ見てごらん。
ーーうわー、項目見たら17個もある。これって企業の価値に影響あるんですか?
森川:もちろん。企業だって「サステナビリティ」について考えなければ。地球の環境が極端に悪化したら、企業価値どころか人間が生きることが難しくなっちゃうからね。長期で見たら当然、影響はあるよね。
ーーそうは言っても、企業って本当はちゃんと目的があって設立されているじゃないですか。
うちのBARだって「ニンニク入れますか?」っていう企業の目的があるんだから。
森川:それはラーメン二郎、しかも、店員さんのかけ声だね。
ーーよく知ってますね。さすが森川さん。でも真面目な話、企業の目的って「誰かの役に立つ」ことだと思うんですよ。BARならお酒や食事を提供してお客さんを楽しませるとか。
森川:そう、そこがこのESGとかSDGsの難しいところなんだよ。
さっき話したダノンのCEOのエマニュエル・ファベールは、ダノンを「使命を果たす会社」と名乗ることを株主に承認させた。
そして、市場原理主義者の元祖、「ミルトン・フリードマンの銅像を倒した」と宣言していた。
ーー経済成長と社会貢献の両立を実現できたら、かっこいいですよね。
森川:彼はESGの流れに乗って、企業価値の拡大を目指す方針には自信を持ってたと思う。
でも、本業における利益の成長や企業価値を上げることに失敗したので、簡単に解任されちゃったよね。
ーーそりゃあ、ESGより美味しいお酒の方がBARの経営には大切ですわ。
そもそも日本には、近江商人の「三方良し」とか、宅急便の産みの親、小倉昌男さんの「安全第一、利益は第二」など、広い意味でのESGのようなものはあったと思うんだ。
私は、もともと会社は「パブリックなもの、公器である」と思って経営しているので、自分の経営している会社は「ESGネイティブ」と言える。
近江商人のような経営を実践している古い会社はたくさんある。だから「ESGネイティブ」の会社は昔からあるんだよ。
ーーさすが、森川さん、ESGの先取りですね。
でも、「ESGネイティブ」であるだけじゃだめなんだ。
渋沢栄一の「論語とそろばん」で言っているように、上場企業に大きな影響力を持つ機関投資家の「そろばん勘定」にもあわせていかなければならないのが難しいところ。
「論語とそろばん」の両立を図るカギが、最近よく使われ始めている「パーパス」、ようは企業の存在意義を明確にするもの、ということなんだよ。
ーードラッカーさんの本に、「組織の役割」で重要なのは、「自らの組織に特有の使命を果たすことである」と書いてありました。ESGとかSDGsのような共通の目標を果たすのは、当てはまるんですかね?
森川:モギー、最高の質問。経営者としての自覚がでてきたね。問題はそこなんだよ。
結局ESGだって、その上位には「人間の幸福」というものがあるんだし、SDGsだって「地球における、社会における、組織におけるサステナビリティ」という目標なんだ。
ドラッカーが言ったような「組織に特有の目的と使命」について、経営が両立を考え抜くというプロセス抜きに「いいこと」だからという安易な導入は、決して企業価値は上げないことが圧倒的に多い。
ーーサステナビリティ(持続性)というのが企業の価値に結びつくにはどうしたらいいんでしょうね。難しくないっすか?
森川:それもいい質問だねえ。これはすごく難しいと思うよ。例えばBARの電気を再生電力に変更したとするよね。これだけだと、単にコストの高い電気に契約変更しただけ。
SDGsには貢献してるかもしれないけど、企業価値はマイナスになる。ところが、これを「再生デンキブラン」※と名付けて大ヒットすれば、それが再生電力のコストアップ分を補う利益を上げるかもしれない。SDGsの取り組みが企業価値の向上に寄与するというのはこういう事例だよ。
ーーなるほど。デンキブランのデンキは、電力とは関係ないんですけど。ほぼオヤジギャグじゃないですか。
森川:そういうなって。要はダノンのCEOはそこを両立できなかったから解任されたんだよね。ESGやSDGsは経営者の成績不振の隠れ蓑にはならないってこと。
だから隠れ蓑に使うつもりじゃなくて、本業の長期利益を増加させるような立て付けでESGにも取り組むっていうのは、ものすごくハードルが高く、経営者の胆力と能力が必要とされる行為なんだよ。
ーーじゃあ、森川さんが横山光輝のマンガで読んでいた、徳川家康もすごい経営者だったんですね。
うん、徳川家康の判断ですごいなって改めて思ったのが、鎖国って経済を国内で完結させるので、発展っていう点では世界に劣後したんだけれども、ガバナンスでは、政権を260年も維持することに成功していた。
E(環境)や、S(社会)についても(賛否があろうが)、今よりもサステナブルだったかもしれない。これはひとつの貴重な社会的経験だと思うんだよね。
グローバルな経済成長、企業価値向上とサステナビリティというのをどう共存させるのかというのも、簡単な解はないと思わないといけない。
ーー森川さんがeスポーツとソーシャルゲーム(ESG)といいたくなった気持ち、0.1%くらいは理解できたような気がします。森川さんの会社ではESGはどう取り組んでるんですか。
森川:『大乱闘スマッシュブラザーズ』※とかかな。
ーーそれは本当のeスポーツだし!
ピコン、ピコン、ピコン
森川:おっと、今日はボディ・バッテリー※がもう切れそうだ
ーー今日は早くないですか?
森川:今日はプリン食べてないしね。
ーー今度は美味しいプリン用意しとくんで森川さんが挑戦してるESGと企業価値の向上を両立できる取り組みについて教えて下さいよ。スマブラじゃないやつ。
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京浜運河を望むBARアバントで熱心に任天堂Switchをプレイしている人を見つけたら、それは森川かもしれません。「ESGと企業価値の向上を結びつける理想」は遠く、厳しい道のりです。いつか約束の地にたどりつくことを祈って。『BARアバントの夜』隔週金曜日更新です。
記事一覧はこちら
※エマニュエル・ファベールの解任についての記事はこちら
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN17DH70X10C21A3000000/
※電気ブランとは100年の歴史を持つ浅草の神谷バーのカクテル。そのレシピは未だに秘密とされる。
※『大乱闘スマッシュブラザーズ』任天堂のキャラクターが総出の人気ゲームソフト。eスポーツによく使われる。
※ボディ・バッテリーとは森川が愛用するGarmin社製のスマートウォッチが独自に計測する体調管理のための指標。
語り手 株式会社アバント 代表取締役社長 グループCEO 森川 徹治
編集協力/コルクラボギルド(文・角野信彦、編集・頼母木俊輔)
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