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上場企業の社長は偉くない?ボコボコにされる日々

「どこかお探しですか?」

「ええ、ここらへんに雰囲気のいいBARがあると聞いたのですが」

きっとBARアバントですね。私も行くところだったのでご案内しますよ」

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品川インターシティを南に下った、京浜運河を望む倉庫街にひっそりと佇むBARには、毎週金曜日の夜になると常連が集まり、喧騒につつまれます。

ようこそBARアバントへ

バーテンダー:森川さん、いらっしゃい。

森川:やあ、モギー、いつものワインをお願い。

バーテンダー:はい、3月に発売されたばかりの、限定ポッキーをつけておきますね。

森川さんは「経営情報の大衆化」をミッションにしているアバントという企業グループの社長さん。

バーテンダーのモギーが限定ポッキーを用意していたので、今夜も話が弾みます。

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ーー森川さん、今日はずいぶんお疲れですね。鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)を倒したあとの炭治郎みたいになってますよ。

森川:いやいや、それを言うならジョーを倒したあとの力石でしょ。だいぶボコボコにされたよ。

ーーえ、ボコボコにされた?だって森川さんは「代表取締役」でしょ。
いちばん偉い取り締まる役の人が、なんで打たれるんですか?

森川:取締役っていうのは、実は社長を取り締まるのが大切な役目なんだよね。今日は経営会議でだいぶ取り締まられちゃって。

ーーそうなんですか。それはお疲れ様です。ポッキーをもっとどうぞ。
森川さん持ちですけどね。

森川:ありがとう。モギー。相変わらず商売上手だね。

ーー実は森川さんに相談したいことがあったんですよ。限定ポッキー、サービスするんで聞いてもらってもいいですか?

森川:俄然やる気が出てきた。聞こうじゃないか。

出資してもらう意味

ーー実はこの店のことなんですけど。僕の父親が店を出すときに「出資してやるから、返す必要はないぞ」って言ってくれたんです。

森川:そうなんだ。いい、お父さんだね。

ーーいや、それが気が変わったらしくて、「金利を付けて返せ」って言ってきているんです。

森川:この店ってけっこう儲かってるんでしょ。だったらラッキーと思って、出資してくれたときに渡した株を、買い取ってあげればいいじゃない。金利分は、お父さんなんだから、お小遣いでもあげるつもりでさ。

ーー何が「ラッキー」ですか。返さなくていいお金だったのに・・・

森川:中小企業だと、出資している役員が辞めるときにはよく起こることなんだよ。

実はモギー、俺がボコボコにやられたのも、この株のせいなんだよ。自分以外の株主というのがいるということは、大変なことなんだよ。

ーーだから森川さん、炭治郎みたいにボコボコに・・・

森川:だから力石だって。鬼滅は見てないんだよ。それはいいんだけど、もしそのお金が借金なら、返済すればなんの関係も無くなるし、ボコボコにされることもない。

「ボコボコにされる」というのは、具体的に言うと「行動に説明責任が求められる」ってこと。

返済する必要のないお金をいただいて、会社を小分けにして所有してもらうのが「株を売る」っていうこと。

だから会社の所有者に、経営者は「どうしてそういう行動をとったのか」を説明しなきゃいけないんだよ。

ーー親父が株主だったら、僕が鬼舞辻無惨のようにボコボコに・・・

森川:なんで、ちょっとかっこいい方に自分を例えるの。

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株主の権利って?

ーー真面目に質問しますが、そもそもなんで株主にはそんな権利があるんですか?

森川:株主っていうのは、企業の最終利益からしか配当を受け取れないからだよ。

会社は、売上から仕入れや経費や金利を払う必要があって、最後に残った利益からしか、配当は支払われない。

ーーまじめに経営しているか、気になりますね。

森川:だから、株主には経営者がちゃんとしてるかチェックする権利がある。そして株主には、金利を支払わないでいい代わりに「期待利回り」というのがあるんだよ。

要は、株価の上昇と配当を合わせて、株の購入価格に対してどれくらいの利回りがあるかという数字のこと。

日本株の場合は4%〜6%くらいかな。

ーーえっ、めっちゃ高いじゃないですか!

森川:そう、よく気づいたね。株をみんな勘違いしてると思う。株は借金じゃないでしょ、からみんな始まっている。

借金でなければ返済義務はないし、気が楽だと。でもそうじゃなくて、株主からは借金よりも高い利回りを期待されているし、経営者は行動に説明を求められる。

株主の代わりに、経営者に説明を求めるのが「取締役」なんだ。だから「経営者」としての私は取り締まられるというわけ。

ーーじゃあ、僕が森川さんの会社の株を買ったら、炭治郎みたいにボコボコにできるんですね。

森川:(なんか嬉しそうだな)そうそう。でも本当は、ボコボコにするのが目的じゃないんだ。日本には1,900兆円もの個人の預金がある。

それをできるだけ高い利回りの資産に投資して、国の富を増やさないと、これから日本は高齢化大国になるから、個人の老後の資金や年金などの支払いが大変になる。

だから企業は、株主との創造的対話を通して、より高い利益をあげていく必要があるんだよ。そのために2015年に東京証券取引所が「コーポレートガバナンスコード」というものを作ったんだよ。

ーーコーポレートガバナンスコード?なんか面倒くさそうですけど、どういう効果があるんですか?

森川:これはねえ、日本の企業が、株主から集めたお金でより効率的に稼ぐための取り決めなんだ。

ROEという言葉は聞いたことあるかな?「リターン・オン・エクイティ」の略ね。

エクイティというのは株主から集めたお金、リターンというのは最終利益のこと。

つまり、「最終利益」÷「株主資本」=ROEということだね。

ーー要は、株主から集めたお金を使ってどれくらい効率的に使っているかってことですかね。

森川:そうだね。日本企業のROEというのは、アメリカやヨーロッパの企業が15%以上もあるにもかかわらず、7%を切っていて、全体の70%はROEが7%以下なんだ。

これをアメリカやヨーロッパ並に上昇させるため、企業と株主が共同で、できるだけ少ない株主からの資金で、できるだけ多く稼ぐための決まりがコーポレートガバナンスコードなんだ。

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ーー日本の企業、けっこうヤバいっすね。

森川:だろう。いい機会だから、モギーにコーポレートガバナンスコードについて詳しく説明してあげよう。おっと。(ピコーンという音とともに時計を見る)

ーーどうしたんですか?

森川:ボディ・バッテリー※が切れたようだ。

ーーなんなんですかボディ・バッテリーって。もうちょっと話していってくださいよ。気になるじゃないですか。ウルトラマンじゃあるまいし。

森川:ボディ・バッテリーが切れたときはプリンを食べないと。

ーー森川さんって、自分のことになるとちっとも論理的じゃない気がするんですが、気のせいでしょうか。

森川:じゃあ、コーポレートガバナンスコードの中身については、次回にしよう。ボディ・バッテリーも満タンにしてくるから。

ーー頼みますよ。

(続く)
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京浜運河を望むBARアバントでは、今日もプリンと大量のポッキーとともに「経営情報の大衆化」の夜が更けていきます。

コーポレートガバナンスの海は、マリアナ海溝よりも深く、天竺よりも遠いといわれています。いつか約束の地にたどりつくことを祈って。『BARアバントの夜』隔週更新予定です。

※ボディ・バッテリーとは森川が愛用するGarmin社製のスマートウォッチが独自に計測する体調管理のための指標。

語り手 株式会社アバント 代表取締役社長 グループCEO 森川 徹治
編集協力/コルクラボギルド(文・角野信彦、編集・頼母木俊輔)

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