【上場企業創業者の本音】日本復活のカギは事業の流動性を高めること
高輪ゲートウェイ駅から再開発の喧噪を抜けて、ゆるやかな坂をのぼり泉岳寺を過ぎたあたりで、右手に縄のれんと杉玉が見えてくる。
ぼんやりと灯籠のあかりにてらされた、幻想的な店構えの居酒屋「亜晩灯」。
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「いらっしゃい、森川さん」
「江戸時代にタイムスリップしたいときはこの店だよ」
「今日は、鶴岡の金沢漁港で穫れた最高の小鯛が入っていますよ」
「今日は藤沢周平※1か、センスいいね」
森川さんは「経営情報の大衆化」をミッションにしているアバントという企業グループの社長さん。走ることと経営すること、数値データを活用して改善をするという活動が大好きです。
ーー小鯛の塩焼きと、こごみの和え物です。
森川:藤沢周平は鶴岡出身で、彼が描く海内藩は庄内藩をモデルにしている。だから小説には庄内のうまいものがたくさん出てくるよね。
ーーそうなんですよ。
森川:うん、これは最高だね。酒も山形のやつ頼むよ。
ーーこちら、米沢の小嶋総本店「洌」というお酒です。
森川:わかっているね、モギー
ーー前回、森川さんが来てくれたときに、ポートフォリオの話をしたじゃないですか。伸びる事業、キャッシュを稼ぐ事業などを組み合わせて、会社の安定と成長のバランスを取ると言う話。
森川:おお、よく憶えていたね。
ーーポートフォリオについて考えていたら、疑問が浮かんできて、眠れなくなっちゃって。
森川:なんだい、その疑問っていうのは?
ーー事業をポートフォリオにして、レゴブロックのようにはずしたりくっつけたりできるっていうのは、事業を簡単に売ったり買ったりできないと難しくないかなって?
森川:鋭い。いいところに気づいたね。その「簡単に売ったり買ったりできること」を私たちは「流動性がある」って言うんだ。
ーーへえー、逆流性食道炎みたいですね。
森川:いや、だいぶ違うけどね。例えば、今のデジタル化社会の話って、ある意味ではいろいろな商品やサービスの流動性を向上させている現象なんだ。お金も、それが媒体になることで、モノとモノの交換をスムーズにさせる効果がある。
それこそが流動性で、お金の発明は、モノやサービスの交換をスムーズにするという観点から始まっている。
通貨やITによって「ヒト・モノ・カネ」という、経営すべての要素の流動性が高まることで、結果的に経済発展を促進してきた。
次は、事業の流動性を高めていくことが、経済発展にとって大切なんじゃないかな。
でも日本の場合、人材を含めて流動化はなかなか進んでいない。事業の価値をわかりやすく、リアルタイムに確認できるのは、経営者が事業を客観的に見るのを可能にすると思っている。
価値の可視化がさらに流動性を高めていくことで、事業の価値をあげられる人のところに、公正な価格で事業が集まってくるという仮説を俺は持っている。
そういう社会は「ヒト・モノ・カネ」を大切にする社会になるし、持続可能な成長を考えると避けて通れないんだと感じている。
ーー値段をつけて、売り買いされやすくするのが「流動化」ですね。でも、事業の値段はどうやってつければいいんですか?しかもその値段がかわったりするんですか?
森川:もちろん、その値段っていうのは、買う相手によってかわったりするものなんだけど、基本的には、その事業が生み出すキャッシュフローをもとに計算することが多いかな。
ーー単純な利益じゃないんですね。でも、買う相手によって変わるのはなぜですか?
森川:例えばさ、お腹がすいている人にとって、1個のおにぎりは500円の価値があるかもしれないけど、お昼ごはんを食べたばかりの人には50円の価値しかないかもしれない。
これは簡略化した図式だけど、事業の値付けは、売買しようとしているのは「誰なのか」が、大きく影響を及ぼしてしまうところもあるんだ。
経営陣が事業の価値を買い手よりも理解していて、事業からあげられるキャッシュフロー以上に、買い手にとって価値があると見極められれば、経営者主導で事業のポートフォリオの入れ替えが可能になる。
事業の流動性は、経営者がどういう単位で事業を分けて、誰に対して価値訴求をしていくかを判断する必要がある。それによって、価値が大きく変化する。東芝の分割は結局否認されちゃったけど、仕方がないと思うところもあるんだよね。
適切な価値を見つけ出して、事業の流動性を高める一連の活動の経験者が日本には少ないのと、そもそもそれに携わるプレーヤー自体が少なかった。
どういう事業の束を持っているかがポートフォリオ戦略だけど、その戦略を投資家に示して、支持を得てやっていく活動に、苦手意識のある経営者は多い。そこは俺の考える、「流動化」への一番の障害かな。
ーーなんかこう、自分のつくった事業を売ったりするのとか、不思議な「後ろめたさ」を感じちゃうんですよね。この気持がどこから湧いてくるのかわからないんですが。自分の子供を手放すような気持ちなのかな。
森川:それはものすごく一般的な反応だよ。日本では、歴史のある上場企業が、子会社が多いまま、ずっと再編をやらずにきているところがたくさんある。
いろんな需要から会社が作られたとは思うんだけど、「顧客への提供価値」の単位で束ねてみたらどうなのかって。重複しているところも多いのに、事業の整理もされない。
重複している事業がだんだん膨らんできたら、子会社自体の再編を進める必要もある。ただ、グループ経営での子会社再編、事業再編というのは、事業環境の変化と比較すると、常に遅いんじゃないかっていう気がするんだ。
米国の場合、シングルインスタンス、シングルカンパニーモデルと言われているのは、法人で分けないことで、事業部レベルで常に再編している。
ーー簡単に言うと、どういうことですか?
要はひとつの会社としての仕組みができあがっているから、常に事業の価値をウォッチしやすい状況にあるし、流動化しやすいんだ。日本の場合は、法人格を人のように扱ってしまうので、一回出来上がったらそこに手を入れるのが難しくなってしまう現実がある。子離れできていない。
ーー子育てでも、もっと厳しくしていたらとか、自分でやらせていたらとか、後悔の連続ですもんね。
森川:そうそう、「子供」と考えると、本当に難しくなるよね。
ーー「人間は後悔するように出来ておる」と藤沢周平も言っていますからね。
森川:『蝉しぐれ』※2だね。蝉の鳴き声の寂しげな感じが印象的だったね。
ーー後悔しないように、肴を追加しますか?
森川:じゃあ、ハタハタの田楽焼き※3追加して。
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居酒屋 亜晩灯で蝉しぐれに聞き入り、小鯛をつついているのは森川かもしれません。「コーポレート・ガバナンス」と「クリエイティブな経営」はこごみの粘りよりも大きく重くこころにへばりついています。いつか約束の地にたどりつくことを祈って。『居酒屋 亜晩灯の夜』隔週金曜日更新です。
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※1: 昭和2年(1927年)山形県鶴岡市出身の小説家。『たそがれ清兵衛』『蝉しぐれ』などの作品が山田洋次監督で映画化されたほか、テレビ時代劇などになった作品も数しれず。「海坂藩」(庄内藩をモデルとしている)を舞台とした小説群が代表作。
※2: 『蝉しぐれ』は藤沢周平の傑作小説のひとつ。内野聖陽さんの主演でNHKで映像化されている。凛として清冽な文章と故郷の庄内の描写が美しい。
※3:『三屋清左衛門残日録』で庄内の旬の味として紹介されているのがこの「ハタハタの田楽焼き」
語り手 株式会社アバント 代表取締役社長 グループCEO 森川 徹治
編集協力/コルクラボギルド(文・角野信彦、編集・頼母木俊輔 イラスト・北村侑子)
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