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スペース・マウンテンと俺

 2022年の4月に、1983年の東京ディズニーランドがオープンした日から開業し、現在まで君臨してきたスペース・マウンテンと周辺のリニューアルに伴い、2024年7月にクローズするという告知があった。
 そして本日7月31日に最終日を迎え、トラブルも無く終了した様子をSNS上で追っていた。
 そんな気高き山の最後を見届けようと、7月28日に駆け込みで見納め出来たことはとても良かった。

 自分のディズニーの始まりは2歳ごろだったと思う。親が買ってきたVHSで「アラジン」「ライオンキング」「ピノキオ」「リトルマーメイド」などを鑑賞して、言ってることは分からないけれども雰囲気でディズニー作品を理解し教育されたうえで、2歳ごろからディズニーランドに連れて行ってもらっていた。覚えているのは5~7歳くらいに行った頃で、当時は絶叫系は苦手だった。ビッグサンダーマウンテンもスプラッシュマウンテンも乗れず、ましてや「宇宙」の名のついたお山さんなんて、そりゃもう恐怖の対象でしかなかった。中身もさることながら、「スペース・マウンテン」という名前、ある意味不気味さを放ちつつ、平成から見た未来を想像させる建築物の造形は、幼少期の僕には強烈な印象を持っていた。
 ちなみにその頃に乗れた絶叫系の限界は、トゥーンタウンの「ガジェットのゴーコースター」だった。

https://www.tokyodisneyresort.jp/tdl/attraction/detail/179/

 絶叫系アトラクションの"超"苦手意識は小学3~5年生ぐらいまではずっとあり、ディズニーシーのオープン時に乗ったセンター・オブ・ジ・アース、インディー・ジョーンズでは恐怖心を最低限に抑えるために、顔を下に向け、席の前にある取っ手を両手で掴み、伸ばした腕で耳を塞いで、絶叫要素を完全に消すように乗っていた。家族4人のうち妹も同じようにして乗っていたら、どちらにも写真を撮られるタイミングがあるので見事にそのポーズが写真を確認するエリアのモニターに映し出され、おそらく後ろで乗っていたカップルに笑われたこともあった。

 そんなこともありながら、初めてスペース・マウンテンに乗ったのは小学6年生の修学旅行だった。行く前の計画決めで、一緒にパークを回る班は絶叫系を積極的にチョイスしていた。そりゃあせっかくのディズニーランドだし・・・三大マウンテンは漏れなく選ばれた。ちゃんと楽しんだという意味での絶叫系の限界はその時もトゥーンタウンだったが、「こりゃ乗るしかねえな」という覚悟は決まっていた。
 ランド入場当日、午前の早い段階でスペース・マウンテンに駆け込んだ。アトラクション自体の回転率がとても早いこともあり、どんどん短くなっていく待機列が高速でコースターの乗り口に近付くにつれて心臓がドキドキしていた。いざ、自分たちが乗る番となり、「よっしゃあやったるで」と意気込んで乗った初ライドは、開始30秒の上がるときこそ「Foo!」と叫んだものの、高速で落下するコースターに身をゆだねていた時は絶叫という気持ちの良いものではなく、「うお、おぉぉ」と想像以上のスピードにたじろいでいた。約3分のライドでありながら、降りた時は足がフラッフラになっていた。100%の爽快感ではなかったものの「楽しい」と思えたのは、その後に乗ったビッグサンダー・マウンテン、スプラッシュ・マウンテンにも多少は心の余裕を持たせてくれた。これがスペース・マウンテン、ちゃんとした絶叫系の始まりだった。

 その後もディズニーランドに行く機会があれば、その度にスペース・マウンテンには乗った。むしろマストだった。東京でもフロリダのマジックキングダムでも乗った。それ以外にも、遊園地に行く際は絶叫系をチョイスするようになった。あの修学旅行から、徐々に絶叫ライドへの耐性がついていったのだ。

 直近まで最後にスペース・マウンテンに乗ったのは2018年で、しばらく遊園地からは離れていた。
 そんな中で2022年にリニューアルのお知らせが来た。

https://www.tokyodisneyresort.jp/tdrblog/detail/pr220427/

イメージを見てもらえば分かる通り、完全に別物だ。
つまり、現在の自分がかつて恐怖としていた真っ白な山は、完全に無くなるのだ。

絶叫系を乗るきっかけとなったこのお山には思い入れが強く、ニュースリリース時から「行かねば。」という使命感があった。

 きっかけもそうなんだけど、この建築物は、小さいころにディズニーへ行った時の記憶を思い出させてくれる墓標みたいな存在なのだ。

左のアストロブラスターも10月で終了😢

 たとえば、スペース・マウンテンの向かいにはこの通りに、「バズライトイヤーのアストロブラスター」と「スティッチエンカウンター」が見えるんだけど、俺にとってこの通りはいまだに「アストロブラスター」と「ミクロアドベンチャー!」なのだ。3Dメガネをかけて鑑賞するシアター型アトラクションで、画面から水が飛んできたり、足場にネズミがいてバタバタしたり(俺は足を上げてた)、個人的には神アトラクションだったと思う。

 で、スペース・マウンテンの正面から左隣は、最近はスペース・マウンテンのフォトスポットがあったらしいけれども、俺にとってはゴーカートが楽しかった記憶が思い出される。

 ゴーカートはマジで楽しかったなー。思えば全然ディズニーっぽくないんだけど、これこそ2歳の時からランドに行く際はマストで乗っていた。落下が無いし、スピードもそれなりに出るし、快適でしかなかった。今思えば全長700mをブーブーでドライブできるのはなかなか味わい深い経験だったと思う。この時の楽しい思い出が30代となった今でもずっと残っていて、数年前によみうりランドでゴーカートに乗った時もこれが思い出されて楽しかった。東京はクローズしたけど、アメリカの方にはまだあるらしいので、行く際は乗ってるかもしれない・・・!

 と、このお山を見る度にトゥモローランドの記憶を辿ることが出来るけれども、無くなってしまうといよいよ振り返ることが出来なくなるのだ。

 そうぼんやりと行きたさを心に秘めつつも、「やっぱり行くなら誰かと」という新しい思い出作りの妄想を抱えながら、気付けば告知から2年が過ぎていた。

 今年の4月から最後のイベントが始まり、いよいよクローズまでのカウントダウンが迫る中、ディズニー行く計画はずっと宙ぶらりんだった。
 彼女いないし、ディズニーに行きたい野郎がいないし、このためにわざわざ初めましての付き人を探すのも違うし・・・

「これは一人で行くの覚悟か・・・」 

遊園地に行くならもちろん誰かと一緒に行くのが楽しいに決まってるけど、「スペース・マウンテンを見納める」というのがミッションなら話は別だ。遊園地に行くのではない。スペース・マウンテンを見に行くだけなのだ。




というわけで7月28日、
30代のおっさんは一人でディズニーランドに行ってきた。

 かねてより一人旅、一人カラオケ、一人焼肉、一人ボウリング、などの様々なソロプレイの実績解除を進めてきたが、まさか一人ディズニーもやるとは思わなかった・・・

 長らく足を運んでなかったディズニーランドに、たった1つのアトラクションのクローズ前に見納めるためだけに、1人でディズニーに寄らせるほどの引力があった。それが俺にとってのスペース・マウンテンだ。
 たとえ一緒に行ってくれる人がいなくても、1人で30代のおっさんがディズニーを闊歩する羞恥心よりも、「思い出を見納めなきゃ」が強く出るモノってそんなに多くない。その割には30分遅刻してプライオリティパス(優先的に乗れる券)を取れなかったけれども。

入場してから最初に駆け込むのはもちろん聖地。

いや、やっぱりイイネ・・・!

 トゥモローを名乗るには完全に前時代的なデザインなのよ。そもそもの始まりは1975年にフロリダのディズニー・ワールドに建てられたのが最初で、2年後にカリフォルニアの本家ディズニーランドはそれを真似て少し縮小したものを建て、その外観を持ってきたのが東京のコイツで。1975年から未来を想像して作られた建物で、50年も前のデザインが今日という当時の未来までトゥモローランドの象徴として君臨してきたのだ。自分にとっては生まれてきた時からこれは存在していて、その象徴がリニューアルでもう見られなくなるというのだから、思い入れが深くなるのは当然だ。ここ以外の建物は全部新しくなってて、今回は初期トゥモローランドの最後のシンボルが消えてしまうというので、やはり寂しい。

 40周年プライオリティパスは取れなかったかつ、到着時には120分待ちだというので、誰かと行くときは絶対乗らないであろう蒸気船や、まったりした鉄道に乗ったり、イカダが通る川沿いのレストランでワイルドなチキンを食べたりして過ごし、13時ごろに再度待機列に行ってみたところ・・・

110分・・・

結果として10分しか変わらなかった。
 夜はオタクの用事も行く予定があったので16時には帰らなければならず、これ逃したら恐らく乗れなくなるので、やむ無しに待機列に合流。天気予報では1日曇りだったのがテカッテカの晴れとなり、36度ほどのクソ暑い中で日傘をさしながら最後のライドを待つ時間も、また新たに刻まれた思い出となった。ただ猛暑で並ぶのはもう二度としたくねえ。

 最後ということで、歩いた先にあるロゴや内観を撮るに撮りまくった。

パネル
中のパネル
注意事項を伝えるムービー

 やっぱり全部が古い。完全に令和のものではない。今作ったらパネルは固定のイラストじゃなく電子で出すし、モニターも16:9で映すはずだ。でも、だからこそいいんだ。だからこそリニューアルしなきゃならんのだ。
 そんなことをぐるぐる考えながら、またしてもあの時と同じくコースターへと近づいていく。

通路を抜けたら乗り場が見えた
コースターの形がシンプル

なんかもう、タイムスリップした気分だ。この乗り場の空間だけは360度全てが1983年で(1度リニューアルはあったけど)、2024年が存在しないのだ。そのエモーショナルな空間で息ができるのはこの空間にいる時だけだった。
 そして最後のライドに乗り込む。1人の場合は2席あっても1席空いた状態で乗せてくれるので、1人で最後の宇宙旅行をじっくり楽しむ状態になった。今回はあの時の緊張は無く、「どんなんだったかな~」とまったりした気持ちで乗った。着席して15秒後にはスタートし、光に導かれるようにゆっくりとゆっくりと上昇していく…上昇ゾーンから一気に降下!うおおおお意外と速い!ぐぁ!旋回がきつい!ぐぉ!旋回がすごい!え、旋回がすごいな!?
 真上にはうっすらと星空が光りつつも、ほぼ真っ暗闇の中でどう進むのか分からないドキドキ感、思ってたより速いコースター、そして旋回が多くてすごい。浮遊感こそほぼ無かったものの、旋回のすごさが他のコースターでは味わえない要素だったかもしれない。
 そして最終ライドを終えた僕。「ふぁ~疲れた~・・・」あの時の足のフラッフラ感は無かったものの、やっぱり楽しかった。今でこそもっと絶叫強めのライドに乗れるようになったが、原点に最後立ち寄れたのは後悔の無い選択だと思ったし、とても良かった。来てよかった。
 出口の通路の最後には、リニューアルするスペマンのイメージイラストが飾られていた。

 たぶん初代よりも思い入れは少なくなるかもしれないけれど、かつて自分がそうだったように、どこの誰かも知らない子供がディズニーランドに来て、初めて見るこのそびえたつ存在がトゥモローランドの象徴として記憶され、その人だけが持つ思い出が形成されていくのなら、新しいスペース・マウンテンがオープンする時を待つのが楽しみでならない。

 と、僕のスペース・マウンテン見納めは終わったのでした。
ありがとうございました。

 ちなみに1人ディズニーですが、1人が全然気にならないし、1人だとしても隣に知らん人がいることも無くて気を使わないし、思ってたより楽しかったです。
 16時にパークを出てショーとかも全然見られなかったので、また近々、1人でも誰かとでも遊びに来ようかなと思います。

グーフィーも爆レスくれるし。

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