はじめてのたばこ
歩きたばこをしている人の後ろを歩かざるを得ないのは嫌いだ。
ファミレスの喫煙可席の前を通るのは好きだった。
私の家族は、たばこを吸わない。
正月に親戚の集まりに行くとたばこを吸っている人がいた。
その程度の距離感をずっと保っていた。
興味はあるが、健康被害を考えてわざわざ吸うことはなかった。
たばこのにおいは特段嫌いではない。むしろ好きな方であった。
ただ、歩きたばこしている人の後ろを歩くときにただただ不快なにおいが体内に入ってくるのは、害しかないと思ってそれをしている人間を軽蔑していた。
子どものとき、家族とガストに行ったときのことを覚えている。
ドリンクバーに水を汲みに行く際、わざわざ喫煙可のエリアを通った。
単純な興味とそっちの道が近道だっただけだったからだ。
家族が吸わないのと、正月集まる親戚が吸っているイメージであまり好意的ではなかったたばこのにおいは、意外と受け入れられた。むしろ好きだった。将来吸うことになるだろうと子供ながらに思っていた。
そのことを冷たい水を飲みながら、母に話した。
母は、否定も肯定もしなかった。
ただ、母の父、つまり私の祖父がヘビースモーカーの話をしてくれた。
たばこを買いに行かされたらしい。昭和だ。
母の姉が出産し、初孫ができたときに禁煙したらしい。美談だ。
つい先日、初めてたばこを吸った。
きっかけは、YouTuberのmorgenだ。
彼女に惹かれて、Vlogをよく見ている。落ち着く。
彼女はよくたばこを吸う。
その姿がかっこよかった。憧れた。
深夜、コンビニに行く。
下調べはした。
初心者にはキャスターマイルド、ウィンストンがおすすめらしい。
入ってすぐ、レジ奥のたばこの壁を眺める。いかにも慣れているように長居はしない。"Winston"を見つける。
ライターを手に入れ、店員さんに番号を伝える。
「こちらでよろしいですか」と聞かれるが、自分でもそれが正解かわからないが、威勢よくはっきりと返事した。
「はい!」
流れるように会計を済まし、小走りで家に帰った。月で夜道は明るい。
灰皿はない。仕送りしてもらったカルディのスパイスカレーのルーが入っていたビンに水をいれて灰皿にする。
部屋の中では吸えないので、ベランダに出る。
たばこの箱を開ける。
中には、バターの銀紙かチョコレートの包装紙みたいなのに白がたくさん入っていた。
バニラの香りがする。いい。
たくさん入っていて、もし気に食わなかったら消費がきついなと思いつつ、一本加える。
火をつけようとライターを構える。
固い。つかない。安物だからか。私の力加減が下手なのか。
力を入れすぎて、ぐっちゃってなって火傷したくなかった。
ついた。
吸いながらつけるといいらしい。原理はそのとき考えていなかった。たばこに夢中だった。普段ならそういう知識は「なぜ」をつけてググるのが習性なのに。
無事ついた。ついたと思っている。
けむりが上がる。くさいが、臭いではない。
隣の部屋の人への申し訳なさが募る。集中できない。ごめんね。
味は薄い。薄いからうまくもまずくもない。
吸いすぎて、鼻に上がってくる。
むせる。きつい。
初心者ムーブができて、感動する。
私は王道ムーブができたとき、それがどんなでも嬉しくなる。
落単しそうになったとき、すごく焦っている自分が、大学生っぽくて好きだった。
色んな吸い方を試してみる。
対して変わらない。
煙をうまく吐けるようにはなった。
たばこを吸って、良いと思ったのはその時間だ。
夜の静かな住宅街は自分を受け入れている。自分の吐く害気を、静かに吸ってくれた。
その時間は一瞬で好きになった。そのために吸える。
もう一つ良いのは、自分が堕ちている感覚だ。
普段自分に期待している分、こういう反社会的なムーブは心地よい。
周りのやつは誰も知らない。自分と自分だけが知る秘密。
こそこそ話ができる間柄になれている感覚がした。
吸った後には、歯磨きしたくなった。口内の異物感が嫌だった。
自分のかわいいところは、ちゃんと吸う前に、たばこの箱の写真を撮っていることだ。
たばこがかっこいいと思い、それをいつか他者に見せるためか自分に酔いしれるために記録に残している。なんてかわいらしいのか。
それから、毎日1,2本吸う日々だ。
チャーシューを炊いている間に吸うことが多い。
チャーシューの話は、今度したい。
気づいたことは、たばこ後のアイスが信じられないくらいうまい。
彼女にこの件を話してみたら、反対だけれど、あなたの意志を尊重したいという旨を伝えられた。ずるい立場だ。これで私が吸い続けたら、私が悪者になる。
「私のことを想っているなら、このひと箱でやめるよね」というのが声、言葉、表情から感じる。そういうことをする人だ。
私もよくないことをしていると自覚しているし、彼女はそれを察している。コミュニケーション強者すぎる。