ポル・ウナ・カベーサ ~ジェナール
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填:しん
蛍:けい
ポル・ウナ・カベーサ ~ ジェナール
填:あの日、あの女性(ひと)を迎えに行った時に
席に残してきた連れがいたのは
見えたような、気づかなかったような。
俺は彼女しか見ていなかったし
見る必要もなかった。
甘い時間を過ごして帰る彼女に車を止める。
・・・視線を感じて、そちらに目をやると
へぇ、結構美人。
なのになんで、あんな刺すような目でこっちを見ているんだ。
・・・まあいいか。
彼女の頬に軽く唇をつけタクシーに乗せる。
「じゃあね、また、連絡待ってる」
車が角を曲がるのを見送って振り返ると
さっきの子はまだその場に突っ立ったままだった。
楽しい睦言(むつごと)の余韻で、ちょっと興が乗った。
声、かけてみるか。
「・・・ねぇ。」
蛍:「・・・・・・」
填:「ねぇ。・・・きいてる?」
蛍:「えっ、あ、はい。」
填:「あのさ、あったこと、あったっけ?」
蛍:「・・・ないです」
填:「そっか。じゃあ、はじめまして」
蛍:「なんか変じゃないですか?」
填:「そうかな?初めて話す人に
『はじめまして』って変じゃないでしょう」
蛍:「なんか変よ」
填:「変なのはあなたでしょ。
どう見てもはじめましてって感じじゃないけど?
その俺を見る目つき」
蛍:「え、そんなつもりじゃ」
填:「なんだろう、俺がタイプだった・・・ってわけじゃなさそうだし」
蛍:「違います」
填:「そんな思いっきり否定されても傷つくなぁ」
蛍:「あ、ごめん・・・なさい」
填:「謝られると余計つらいけど」
蛍:「知ってる人に、似てて」
填:「俺が?それはずいぶん陳腐な言い訳じゃない」
蛍:「いえ、さっきあなたがタクシーに乗せた、女性が」
填:「っ・・・!」
蛍:「し、知り合いの、奥さまに似てて!
それでずっと見ちゃったの、あなたを見ていたんじゃないから!」
填:「なるほどね。
奥さん、ってことは
あなたが知り合いなのは旦那さんの方なわけ、か」
蛍:「いや、でも、その、奥さまに
よく似ているなと思っただけだから、確信は・・・」
填:「ちょっと、話す?そこのカフェでいいか」
調子に乗って声をかけたことを後悔した。
面倒なことの予感で耳の奥がごそごそ音を立てている。
この子の言う『知り合いの奥さん』があの女性(ひと)のことなら
旦那の知り合いって事か、
いや?旦那がいるって話は聞いてないぞ。
まあそういうこともあるか、いや、でも。
カフェの大きなモニターには洋画が映し出されていた。
蛍:「あ、これ」
填:「ゴッドファーザー、のリマスターかな、2020年」
蛍:「観たの?」
填:「観てない」
蛍:「アル・パシーノって、
やっぱり男性から見てもかっこいいですよね」
填:「格好いいかな?いけ好かないおっさんだと思うけど」
蛍:「ゴッドファーザー、スカーフェイス、セント・オブ・ウーマン。
素敵な大人の男って感じじゃないですか」
填:「はいはい、大人、ね。ああ、セント・オブ・ウーマンは観たよ、
おっさんがタンゴ踊るやつ」
蛍:「ポル・ウナ・カベーサ、ですね」
填:「そう、それ。邦題はさ、」
蛍:「『首の差』って意味ですよね、
『首ひとつの差でレースに負けてしまった』って、
競馬の話に引っかけて
一人の女をめぐる、恋のさや当てに敗れた男の悔しい気持ちの歌詞で」
填:「詳しいね」
蛍:「好きなんです、あの曲。
・・・私が首の差で負けてるのかはわからないけど」
填:「え?」
蛍:「なんでもないです」
蛍:「でもコッポラのリマスターって、ちょっとズルいですよ」
填:「ズルい?ああ、ゴッドファーザーか」
蛍:「大御所監督が自らリマスターしたいって言いだしたら
誰もやめましょうとは言えないじゃない。
人生なら、そんな簡単にやりなおせないのに」
填:「間違いしかない人生でも
それを正解と思って過ごしていくしかない、ってね」
蛍:「え?」
填:「これは、いや、なんでもないよ」
「それで、何が聞きたいって?」
蛍:「え、何って・・・」
填:「聞きたい事か、言いたい事か、何かがあるから
あそこに突っ立ってたんでしょ?」
蛍:「え・・・」
填:「例えば。あくまで例えばの話で
さっき、俺が見送ってた人が、
あなたの言う『知り合いの奥さん』だとして」
蛍:「あ、はい」
填:「人の秘密に首突っ込むのって、悪趣味じゃない?」
蛍:「別に、そういうつもりじゃ…」
填:「秘密を知ったら、映画では口封じで殺されちゃったりするでしょ?」
蛍:「・・・」
填:「人の恋路を邪魔するものは、馬に蹴られてしんじまえ、とも言うし」
蛍:「恋路?そういう関係なんですか?」
填:「ああ、例えば、の話だって。例えば」
蛍:「じゃあ!あなたはあの人とはどういう関係なんですか?!」
填:『あの女性(ひと)の知り合い』なら手は出せない。
『内緒』って言いながら女は絶対喋る、
余計面倒なことにしかならない。
でも、『旦那の知り合い』なら、
本当でも、嘘でも
このまま帰すのは
俺とあの女性(ひと)の関係になにか邪魔が入りそうだ。
それは、ちょっと避けたいし、何とか・・・
なんのかんの言って、あの女性(ひと)との時間は気に入ってるんだ。
共犯者、になってもらうのが一番いいか、
それにしても
「はぁー・・・めんどくさいな、抱けばいい?」
蛍:「は?何言ってん、、、」
填:「俺さ、好きじゃない人ともできるし。
俺の事好きって言う人とは、むしろしたくないけど。
この話、このままだとちょっとめんどくさいからさ。
黙ってくれるなら、抱くけど」
蛍:「わ、私はあなたの事好きなんて言ってないし、
そんなことしたいなんて少しも言ってなっ・・・!」
填:「いいじゃない。口封じ、させてよ」
そう言って眼をじっと見ると
外らした視線が何かに気付いた。
瞳が琥珀色に潤んで
白い指を俺の唇にふわりと伸ばしてくる。
なんだ、話早いじゃない。
「ふふっ、決まり」
蛍:「あ、これは違うんだってば」
填:「ほら。出よ」
蛍:「待ってよ!」
填:手首を取って歩き出す。
もっといやいやついて来るふりをしたり、
恥じらうふりをするかと思った彼女は
思いのほかおとなしく、適当な部屋で、丁寧にキスをして服を剥ぐ。
意外と楽しい口封じになるかなと、思っていたけれど気づく。
この子、俺を
見てないってわけね
まぁ、人の事はいえないか。
相手がどんな肌かは覚えていても
どんな生活なのか、どんな人生なのか
興味も持たないし覚えてもいない
湿度と甘い香りだけが増して
唇が絡み、肌が縒(よ)れ、吐息は纏(まと)わっていく
躰を重ねることから始めて、好きになったと言われる。
ありがとう、でもそれは『俺』を好きなわけじゃないよ
蜜に溺れても雄蜂に恋する女王はいないでしょ。
好きになった気がしてるだけ、と
優しい笑みを作って、くすりと笑ってしまう。
・・・グリッジノイズのようにあの女性(ひと)の影が見えた気がして
俺の自負と自虐の境界線が少しづつぼやけていく。
填:「はい、水」
蛍:「あ、ありがと」
「ねえ」
填:「ん?」
蛍:「好きじゃない人に、こんなに優しくできるんだ」
填:「まあね、好きじゃないからでしょ」
蛍:「・・・好きな人、はいないの?」
填:「・・・好き、っていうか気に入ってる、かなって人は。
いや・・・
そんな事聞くなんて、俺の事好きにでもなった?」
蛍:「少しも好きになんてなってない。
・・・でも」
填:「でも?」
蛍:「口封じはされてあげる。
それに、また・・・逢ってもいいかな」
填:「ふぅん。あんた名前は?」
心ここにあらず、だったくせに。
この子が、何が欲しくてそう言ったのかは知らないけど
俺にしたら体温と香りが一人分増えるだけだ。
たまに連絡がきて、たまに逢って、たまの時間を共にする
それを続けることができるなら、首の差ひとつ分くらい
別にたいした重みじゃない。
蛍:「・・・ほたる」
填:「へぇ、かわいい名前じゃん、俺はしん」
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