きんぎんすなご
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女:
男:
きんぎんすなご
女:今年もこの夜が来る。
一年に一度だけ、あの人に会える特別な夜。
仕事を終え、急いで家に帰り、
汗を流し髪を乾かし、身支度をする。
部屋の灯りを落とし、布団に入り目を閉じる。
やがて、私を
後ろから包むように
しっとりとした柔らかい空気が絡みつき
耳元に甘く懐かしい気配が響く。
男:「おう」
女:「ふふっ、おかえり」
男:「うん、ただいま。どうだった?」
女:「そうだね、特に変わらないけど」
男:「けど?」
女:優しく唇に触れる、変わらず懐かしい、柔らかい気配。
固く目を閉じて、この人の匂いを感じて
ゆっくりと、言わなければならないことを口にする。
女:「私ね、結婚することに、なりそう」
男:「は? え? えぇ?」
女:「そんな、びっくりしないでよ
私だってそういう人くらい出来るよ」
男:「そうか、だよな。そりゃそうだよな
でもさ、今言う?それ」
女:「なんか、言わなきゃかなって思って」
男:「一年に一度しか会いに来れなくて、
やっとお前のこと抱きしめて、キスしてさ
そんなところで言うなよ・・・あぁもう・・・」
女:「そうだよね、ごめんね」
すると彼の気配が、私の周りから離れてすっと薄くなる。
男:「俺、もう来ないほうがいいのかな」
女:「えー寂しい、来ていいよ、来てよ」
男:「お前、結婚するんだろ?旦那に悪いじゃん」
女:「だって、これ浮気なの?浮気じゃなくない?」
男:「俺が、この先、旦那がいて、子供が出来て、
・・・ってお前を、さすがに見たくないのかも」
女:「・・・私だって、ほんとはあなたとそうしたかったよ」
男:「やっぱり無理。見たくない。来ない。来ないからな
あ、でもそいつになんか問題あったら言えよ、
化けて出てやるから。その時は正統派で行く」
女:「正統派ってどんななのよ・・・」
男:「・・・幸せにしてもらえよ?」
女:「うん・・・」
男:「・・・くっそ」
女:震える気配に耐えられず手を伸ばすけど、空を切る。
目は開けない約束だから、
固く閉じたままなのに、泪が滲んで零(こぼ)れた。
男:「あーほらもう、すぐ泣く」
女:「だって・・・寂しいじゃん」
男:「いいやつなんだろ?」
女:「うん」
男:「決めたんだろ?」
女:「うん」
男:「じゃあ、うん。大丈夫だよ」
女:濃くなった気配に包まれて、
ぽんぽんと頭を撫でられて、優しく唇に触れられて
少し安心する。
女:「もう来ないの?」
男:「お前が幸せなら来ないな」
女:「あなたに会えなくなるのは、あんまり幸せじゃないよ」
男:「旦那と仲良くして、子供産んで。
料理上手いし、しっかり者で、でも結構抜けててそこがかわいくて、、
・・・いい女だよ、大丈夫」
女:「・・・」
男:「幸せにしてやれなくてごめんな」
女:「・・・」
男:「先に死んでごめん」
女:「うん」
男:「ほら、・・・もう寝なさい」
女:彼が私の身体を、優しいリズムをとるように
とん、とんとん、と
寝たくないのに、寝たらもう終わりなのに
閉じた目から泪が伝って流れ、まどろんでいく。
きっと目が覚めたら、
今までの朝と同じように
雲母みたいなキラキラした光しかないんだ。
ーーーーーー
女:空を見上げるのは何年ぶりだろう。
今年の七夕は少し曇り空で、天の川もよく見えない。
「こうしてね、織姫と彦星は一年に一回だけ、
会うことができるようになったのよ
さあ、短冊にお願いを書こうね、なにお願いするの?」
と幼い娘に声をかける。
曇った空から雨粒が、ぽつりと頬に当たり、伝い落ちる
娘が「ママ泣いてるの?大丈夫?泣かないで?」
と、かわいい心配をする。
本当は、今日は、少しだけ思い出していた。
固く閉じた目から泪が伝っていった夜を。
男:「あーほらもう、すぐ泣く」
女:「大丈夫よ、ママ泣いてないよー?」
抱き上げて、とん、とんとん、と優しいリズムをとる。
気配が、頬を撫でて通り過ぎ
雨雲も消え去り
姿を現した天の川から、星が流れて、
キラキラと雲母のように煌いて、消えていった。
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