見出し画像

ポル・ウナ・カベーサ~エナモラドス

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
以下のリンクは利用規約となります。
はじめにお読みください。
https://note.com/autumn_deer/n/nb34ec3d760a7
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

填:しん
恵利子:えりこ


ポル・ウナ・カベーサ ~ エナモラドス


「チョコレートってさ…なんかエロいって思わない?」

恵利子
「フェニルエチルアミン、っていうのよ」


「……なにそれ?」

チョコレートを一つ摘まみ上げ、包み紙を開いて僕の口元へ差し出す。

恵利子
「口、あけて」


「ん…」

艶やかなココア色の塊が舌の上で溶けていく。
それは甘くて濃厚で、僕に絡みつく。

押しつぶされた塊の中から、
ぬるりと広がるフランボワーズは、甘酸っぱく華やかで
一夜限りの刺激的で甘美な逢瀬のようだった。

指についたカカオパウダーを舐め取る彼女の唇。

恵利子
「ん?もっと?」

填「……うん、もうちょっと」

食べたいわけじゃない、彼女を見ていたかった

僕は彼女から目を離さず、少しだけ口を開いた。
彼女はくすっと笑ってもう一つ、僕の唇の隙間にチョコを差し入れる。

さっきのよりも、濃密で、ほろ苦く、深みがあるビターガナッシュ
口の中で砕かれた硬質な外殻(がいかく)は、
滑らかで芳醇なクリーム状のガナッシュと混じり
しっとりと幸福な余韻を残す。

恵利子
「鼻血、ださないでね?」


「なんだよ、それ。子ども扱い?」
顔を寄せて、軽く、唇を、重ねる。

恵利子
「…恋愛状態の人間の脳で放出される神経伝達物質、なんだって」

「さっきの?」
恵利子
「「恋に落ちる」感覚をもたらす「恋愛化学物質」が含まれているという発見があって」

チョコレートは僕の口の中でぬるっと溶け、口内を染めていく。

恵利子
「消化の時に分解されるから、脳に作用することはないって、
一応“科学的に”否定されたの。
でも2007年に、実際に「まるで恋に落ちた」、かのように、胸をドキドキさせる効果があることが報告されて。
「チョコレートを口の中で溶かす」とき、と、
「情熱的にキスをする」とき、の、心拍数と脳の活動状態を調べたら、キスをしているときの約2倍に増加することがわかったんですって」

キスの2倍…?
…本当にこの女性(ひと)はわかってない。
僕は彼女の手を取って引き寄せるとそのままソファーに押し倒した。

恵利子
「きゃっ!ちょ、ちょっと!」


「チョコレートと……『情熱的なキス』と、どっちが心拍数あがるのかなってさ」

恵利子
「えぇ?何言ってんのよ、もう……」

顔を近づけてもう一度キスをした。今度は長く深く。

恵利子
「……んっ、…甘い」


「…キスが?」

恵利子
「……チョコかな」

あの日以来、僕らの関係は変わった。
……いや、変えたかったわけでもなく、ちゃんと楽しく過ごしていた。
その関係で満足してたんだ。それは彼女も同じだった、と、思う。

ただまぁ、あのままだったら、
あれ以上近くなることはきっとなかったんだろう。

僕も彼女も臆病で、お互い楽しく過ごして、好き勝手にふるまって、
決して一歩踏み出さなかった。
それはとても無責任で心地よかった。
僕は彼女に好きだとは言わず、彼女は僕に好きと言わなかった。

そのままで十分、その時を楽しめたから。

失うかもしれなくて、もう踏み込むしかなくなった。

それからずいぶん過ごしてきたように感じるけれど
彼女が
「俺が思ってたより、俺のことが好き」でよかった。

恵利子
「ねぇ、填」


「ん?」

Para mí todo el año es el día de los enamorados.
パラ ミ トド エル アニョ エス エル ディア  デ ロス エナモラドス(私にとっては1年中が恋する人たちの日)
彼女はうたうように知らない言葉を紡ぐ

恵利子
「私にとっては、1年中が恋する人たちの日、なんだけど、
他の人たちは、1年にたった1日なのかしら
1年中が恋する人たちの日でいいじゃない?
大事なものは、いつまで目の前にあるかわからないのに」


「いいんじゃない?そういう日があっても」

恵利子
「その日を楽しみに準備して待っていても、その前に無くしてしまうことがない、なんてなぜ思えるのかしら

あの頃、
貴方が私と過ごしていた柔らかな時間は、いつも「『今』の楽しい」をくれた。言ってしまえば、私といない時間の貴方は見る必要なかった。
それに、その時その時過ごしている柔らかな「楽しい」に、意味を持たせる必要もなかったの

でも、ずっとこの『今』が続けばいいって、
意味があったらいいって思ったら、もう失くすことを恐れてる。
いつの間にか私の日常になっていたことに気付いた時には、もう手離せなかったんだもの。
……ふふ、しょうがないか」

彼女は僕を見て微笑む。
チョコレートによる胸の高鳴りを「このトキメキは恋かしら?」と
感じている間に手離せなくなればいい。
シェークスピアもハムレットのなかで
「血が燃え立つ時は、心もデタラメに、いろいろな誓いを口にいわせるものだ」と書いている。
嘘から出たまこと、嘘だったと自分さえ気づかないまま
本当になってしまえばいいんだ。

恵利子
「だって、あの時に、あなたのいないあの先を。
辛いとか悲しいじゃなくて、想像できなかったんだもの。

今、を楽しむっていうのは簡単だけど。…覚悟もいるのよ」

凛と、言い切って微笑む。
僕が思い出す記憶の中の彼女は、
いつもこの顔をしてどこか遠くを見ている。

恵利子
「ねえ、填。
私はあの頃より、臆病になったかもね。
それでも、今を楽しくしていきましょう?

どんな明日が来ても。今がいつか終わっても。
その時はまた二人で新しい「今」を探しにいきましょう。
それが、私の『覚悟』
だからね、今は、あなたと一緒に居れることが素直に嬉しい」


Nuestro amor es como el viento.
No puedo verlo, pero puedo sentirlo.

ヌエストロ・アモール・エスコモ・エル・ビエント。
ノ・プエド・ベルロ、ペロ・プエド・センティールロ

――私たちの愛は、目には見えないけれど、風のように感じられる

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
Copyright © 2021 秋の鹿 All Rights Reserved.
利用規約
https://note.com/autumn_deer/n/nb34ec3d760a7
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?