見出し画像

これって労働時間?IPOを目指すなら絶対知っておくべき「労働時間」の基本と判断例

顧問弁護士がどのように企業をサポートしているか知っていただくため、スタートアップ・ベンチャーでよく見られるさまざまな悩みに対して、法的見解と「企業側」が注意すべきことを解説します。今回のテーマは「IPOを目指す企業が知っておくべき労働時間の定義とシチュエーション別の注意事項」です。

IPOにおいて労務管理は非常に重要

IPOを目指す企業が上場するにあたって、主な審査項目としては以下のようなものがあります。

  • 企業内容やリスク情報等の開示が適切に行えること(企業内容等の開示の適切性)

  • 事業を公正かつ忠実に遂行していること(企業経営の健全性)

  • 取締役会の開催や監査役監査の実施、内部監査の実施などのコーポレート・ガバナンスが整備され機能していること(ガバナンス体制の有効性)

  • 利益計画、予算管理、決算体制、労務管理、反社対応、規程整備などの内部管理体制が整備され機能していること(内部管理体制の有効性)

参考:新規上場ガイドブック

このうち「労務管理」は上場審査において特に重要なトピックスです。

労務管理は、内部管理体制を審査する項目のひとつです。その実質的な意義としては、法令遵守や人権尊重の要請ということのほか、公正な証券市場とするために、本来必要な支出を免れて業績をあげる企業を退場させる意義もあるように思います。

また、労務管理は過去に生じた事件・事故の経緯も踏まえて、特に重要な審査項目となっています。

IPOを目指す企業にとって避けては通れない重要項目である労務管理に関して、今回は日ごろ相談として多く寄せられる「労働時間」の理解について、紐解いていきたいと思います。

「労働時間」とは?労働基準法の解釈

まず、労働基準法上の労働時間とは、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」です。そして、労働時間に該当するか否かは、当事者が約定した内容にかかわらず、客観的に判断されます。

最高裁判例(三菱重工長崎造船所事件 最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決)においても、「労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるかにより客観的に定めるものであって、雇用契約、就業規則、労働協約等の定めの如何により決定されるべきものではない」とされています。

また、同最高裁判例では、指揮命令下に置かれていたかどうかについて、「労働者が、就業を明示された業務の準備行為等を事業所内で行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外に行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当する」との判断が示されています。

言い換えますと、労働時間に該当するかどうかは、①当該活動が業務自体であるか又は業務と不可分であるか(業務性)②使用者により義務付け又は余儀なくされているか(拘束性)につき、その有無および程度によって、当事者の約定にかかわらず客観的に判断されることとなります。

具体的なシチュエーション別に考えてみましょう。

教育や研修の受講は労働時間?

会社によっては、特定の業務を担当する場合に指定の資格取得を条件としたり、資格や研修受講の有無によって処遇に差異をつけたりする場合があると思います。

では、就業時間外に、業務に関連して、資格取得のための試験や研修、技能向上のための教育プログラムに参加する時間は、労働時間に該当するのでしょうか?

これについては、まず、明示的な業務命令を受けて資格試験の受験や研修に参加する場合は、「労働時間に該当する」と考えられます。

また、明示的な業務命令がない場合でも、不参加の場合に就業規則で減給処分など制裁の対象とされていたり、人事評価上のデメリットが生じたりするなど、「参加しないと不利益が生じる」といった背景によって余儀なくされているような場合には、相応の拘束性が認められ、「労働時間に該当する」と考えられます。

なお、研修等が就業時間に近接して会社の事業場内で行われる場合には、業務性と拘束性を強める要素となるため、労働時間該当性を肯定する方向に傾くと思われます。

もし、労働時間に該当しないことを明らかにするのであれば、任意の参加であることを明示して不参加の場合にも不利益な取扱いをしないなどの措置をとるべきでしょう。

就業時間外に携帯電話にかかってくる顧客対応は労働時間?

就業時間外である夜間や休日に顧客から電話がかかってきた場合、顧客対応に要した時間は労働時間に該当するのでしょうか?

例えば、場所的な拘束がなく、即時の対応までは求められず、頻度が低く対応時間もごく短い場合であれば、従業員は労働から解放されており、拘束性が無いかごく低いものとして、「労働時間には該当しない」と考えられます。

他方で、着信があった時には必ず出なければならない、所定の時間内に折り返す必要があるなど、一定の対応が義務付けられている場合には、拘束性が認められるため、その程度によっては、「労働時間に該当する」場合が出てきます。

また、電話の頻度や対応時間が影響して一定時間帯におけるほとんどの部分で業務を行っているような場合には、相応の拘束性が認められることとなり、その時間帯にわたって「労働時間に該当する」可能性が生じます。

なお、これと似た状況として、いわゆる「手待時間」についての論点があります。手待時間は、現実に業務には従事していなくても、使用者の指示があった場合には直ちに業務に従事することを求められており、労働から離れることが保障されていない状態で待機等している時間のことで、過去に裁判例ではビル警備員の仮眠時間やマンション管理人の不活動時間について問題となっています。

直行直帰・出張に伴う移動時間は労働時間?

朝、会社に出社せず取引先の現場に自宅から直行したり、遠方に出張するために出張先で前泊する場合があると思います。このように、直行直帰や出張前後の移動時間は、労働時間に該当するのでしょうか?

これについては、移動時間中に使用者の指揮命令による業務が発生するかによって判断されます。

直行直帰や出張前後の移動については、通常、移動時間は自由に使えることが保障されており業務性は無いかごく低いため、「労働時間に該当しない」と考えられます。

一方で、直行直帰や出張前後の移動中にも、資料作成や顧客対応、同行者との業務に関する打ち合わせを行うなど具体的な業務遂行を伴う場合には、業務性が認められ、労働時間に該当する可能性がでてきます。
そして、そのような業務遂行について、例えばその移動時間に行わざるを得ない内容や業務量であるなど、使用者により義務づけ又は余儀なくされている場合には、「労働時間に該当する」こととなります。

自発的な残業は労働時間?

従業員によっては自発的に残業をしているような場合があると思います。

このような場合、従業員によるおよそ任意の活動として拘束性がなければ労働時間該当性は否定されますが、使用者が従業員の残業を知りながら、それを中止させることなくまま継続させ、その労働の成果を受け入れているような場合には、黙示的な指揮命令があるとの認定につながる事情となり、拘束性が認められる可能性が出てきます。

特に、達成ノルマや業務量の設定などによって、従業員が残業をすることが余儀なくされているような場合には、相応の拘束性が認められ、「労働時間に該当する」場合が出てきます。

このような事態を避けるための使用者側の対処としては、残業を許可制にし、実際にその諾否を個別に判断して適切に運用しておくことも一案です。

まとめ

以上のとおり、労働時間への該当性については様々な場面で問題となります。

最近はリモートワークが普及してきたため、使用者や労働時間管理を行う者が自ら現認できない状況が増え、労働時間の適正な把握における新たな課題も生じてきています。

いずれにしても、IPOを目指す企業にとって、労働時間の適正な把握を中心とする労務管理は不可避の課題です。社労士や弁護士といった専門家の力を借りながら、ぜひ乗り越えていっていただきたいと思います。

以上

IPOを目指すスタートアップ・ベンチャーのみなさまへ

顧問弁護士や企業法務のアウトソーシングをお考えの方へ。貴社のビジネス成長とビジョンを実現するために尽力します。お気軽にご相談ください

西尾公伸 / Authense法律事務所 Managing Director

法的な専門性をバリューの中心におきながら、他方で、法律や法的手続きは、局面において有効だが手段のひとつと自覚し、依頼者にとって最良のサービスを追求していきます。

私の得意領域

プラットフォーム事業立ち上げ|ファイナンス(資金調達、M&A、ストックオプション)|労務問題・紛争解決

Twitterでは、ベンチャー経営者必見の法律クイズをやっています!気軽にのぞいてみてくださいね!

ベンチャー、スタートアップ企業が遭遇しやすい業務シーンをテーマに、法律クイズをおこなっています!ぜひ一緒に考えてみてくださいね!

お問い合わせはこちらから

いいなと思ったら応援しよう!