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企業秘密の三原則「出さない・使わない・持ち込ませない」 あなたの企業は適切な対策を取れていますか?

企業の重要な資産である秘密情報が外部に漏洩する事件が近年増加しています。

企業秘密の漏洩は、自社の情報が他社に漏れることだけではありません。新たに採用した中途社員が、転職元企業の情報を持ち出し自社に混入してしまうリスクもあります。

企業秘密を守ることを考えておけばいい、そう考えてはいませんか? しかし、それだけでは不十分です。

秘密情報の取扱いについて企業はなにをしなければならないのか? 基本的な考え方から具体的な企業の実践事例まで、分かりやすくご紹介します。

急増している営業秘密漏洩事件

2021年の1年間で企業などの営業秘密を不正に取得等したとして営業秘密侵害事犯で検挙された人員が49人と過去最多を記録したことが話題になりました(警察庁資料/2022年4月公表)。

検挙件数も23件を数えてこちらも過去最多。警察に寄せられた相談件数も60件となり、前年から23件も増加しています。

営業秘密の漏洩事件が増加している背景には、企業側のコンプライアンス意識が高まったことで被害が顕在化したことも理由のひとつとして挙げられますが、同業他社へ転職したり同業で独立した際、元社員がそれまで勤めていた会社の秘密情報を持ち出している事例も散見されます。

なかでも2021年1月、ソフトバンクの元社員が転職先の楽天モバイルに、高速大容量の通信規格「5G」の技術情報等を不正に持ち出したニュースは業界内外に大きな衝撃を与えました。

ソフトバンクは元社員と楽天モバイルに10億円の損害賠償などを求める民事訴訟を提起。現在も争っています。刑事事件としても、執行猶予付きの有罪判決が出されています。

2020年10月には、国内企業の機密情報が海外へと流出し問題となりました。

この事件では、化学メーカーである積水化学工業の元社員が、スマートフォンに使われる素材に関する機密情報を中国企業に漏洩し、この元社員には執行猶予付きの有罪判決が言い渡されています。

企業が持つ営業秘密は国にとっても重要な資産です。政府は営業秘密の漏洩を防ぐために厳罰化を進めてきました。

なお、2015年7月には不正競争防止法が改正され、罰金刑の上限を個人は1000万円以下から2000万円以下に、法人は3億円以下から5億円以下に引き上げています。

意外な盲点? 入社時の「良かれと思って」に注意

企業秘密の保護を考えるとき、つい自社の秘密情報を守る方向に考えが行きがちです(この観点については後述します)。

しかし、中途採用した自社の社員が、それまで勤めていた企業の秘密情報を持ち込んでしまい問題になるケースにも注意が必要です。

新たに採用された中途社員は、新たなフィールドで成果を上げようと考えています。

同業他社から転職していた際、転職前の所属企業の情報が転職先で有用と考え、「良かれと思って」他社の企業秘密を手に入社してくる、そんな場合でも露見した際には大きなトラブルに発展してしまいます。

「アイ・シー・エス事件」(東京地判昭62.3.10)では、前職で知り得たロボット製造技術等のノウハウを漏洩させた秘密保持義務を負う個人のみならず、その転職先である企業の責任も認められました。

中途社員を採用する際は、採用される中途社員が違法に前職の情報を持ち出してきたことを知っていた場合はもちろん、重過失で知らなかったという場合も不正競争防止法に抵触する恐れがあります。

不正競争防止法に違反してしまった場合、企業にとって多大な損害が発生します。被害を受けた企業は、秘密を侵害する行為に対して次のような保護が与えられます。

  1. 差止請求権

  2. 損害賠償請求権

特に①の差止請求権は、不正競争によって営業上の利益が侵された、または侵される恐れがある場合に、侵害行為の停止や予防を請求できます。

その際に、侵害行為となっている物(営業秘密を記録したファイルやディスクなど)はもちろん、侵害行為によって生まれた物(製品など)の廃棄や侵害行為に用いた設備(営業秘密を活用するための機械など)の除却など、侵害の停止または予防に必要な行為を請求することが認められています。

つまり、中途社員が良かれと思って持ち出してきた情報を使ってビジネスを行うことで、受入企業は自社の生産ラインや営業活動を止められる大ダメージを負う可能性があるのです。

企業秘密を持ち込ませないためになにができる?

中途採用を行う際には不正競争防止法に定める「営業秘密」と、中途採用者と転職元企業との間に結ばれた秘密保持契約に基づいた守秘義務を負う「秘密情報」の取り扱いには注意が必要です。

では、採用活動の際に営業秘密・秘密情報を「持ち込ませない」ためにはどうすればよいのでしょうか?

まずは面接の段階で営業秘密や秘密保持契約に基づき定められた秘密情報が自社に混入しないよう、対策を講じることが考えられます。
面接時に次のような内容を確認しておきましょう。

  • 転職元企業から支払われていた手当の名称/対価の内容(秘密情報を取扱っていたことへの対価性の確認)/具体的な金額

  • 転職元企業から支給された退職金に対する割増があったか(秘密保持義務を課し続けることに対する代償性の確認)

  • 秘密保持誓約書や競業禁止誓約書など、転職元企業に提出した書類の有無/あった場合にはその内容/なかった場合には就業規則等の社内規程上の秘密保持義務、競業禁止義務の有無とその内容

加えて、中途採用する社員が技術者であった場合には次の項目についても確認しておきましょう。

  • 転職元企業の業務内で発明や考案したことはあったか

  • 発明・考案があった場合、特許等の権利化についての動きはあったか

  • 転職元企業における職務発明の取扱いに関する内容について

バランスが難しいのですが、面接の際には営業秘密や秘密情報、発明・考案の具体的な内容について、細かく聞きすぎることも、その行為自体によって営業秘密の侵害行為と捉えられてしまうリスクがありますので一定注意が必要です。

面接を終え、採用することになった場合には、次のような内容を誓約書内に盛り込んでおくと良いでしょう。

  • 転職元企業の営業秘密(不正競争防止法に定めるもの)を自社内で開示、使用しないこと

  • 転職元企業で完成させた発明や考案等を自社に譲渡することおよび自社を通じて出願させないこと

  • 転職元企業との秘密保持義務の対象となる情報を自社に開示しないこと

  • 転職元企業が機密情報と定める情報を含んだ媒体を一切持ち出していないこと

いずれにしても、転職元企業と紛争へと発展した際には、早期に弁護士に相談してどう対応するのか方針を定めたほうが良いでしょう。

ここまで中途採用した社員が機密情報を自社に持ち出してきた場合のリスクと対処法について解説しました。

次は、自社の情報を持ち出されないようにするための方策について見てみましょう。

営業秘密保護には「秘密管理性」が重要

経済産業省では営業秘密保護のための指針を公表しています。
それらの資料の中で、営業秘密とはなにか、どのように管理すれば保護されるのかについて詳しく解説しています。

まず、不正競争防止法では、企業が持つ秘密情報が不正に持ち出されるなどの被害にあった場合に、民事上・刑事上の措置をとることができるとしています。

しかし、これらの措置をとるためには、その情報が「営業秘密」に該当することが前提とされています。

この「営業秘密」と認められるためには、次の三要件全てを満たすことが必要となります。

  • 有用性:当該情報自体が客観的にみて事業活動に有用であること。

  • 秘密管理性:営業秘密保有企業に秘密管理意思が、秘密管理措置によって従業員等に対して明確に示され、当該秘密管理意思に対する従業員等の認識可能性が確保されていること。

  • 非公知性:一般的には知られておらず、又は容易に知ることができないこと。

この3つのうち、特に論点となりやすいのは「秘密管理性」です。

2003年に第1版が公表され、2019年に最終改訂がなされた「営業秘密管理指針」(経済産業省発行)では、保護されるために必要な秘密管理措置の程度として、次にように説明されています。

秘密管理性要件が満たされるためには、営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分である。

引用元:営業秘密管理指針(最終改訂:平成31年1月23日
 

すなわち、営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要がある。

取引相手先に対する秘密管理意思の明示についても、基本的には、対従業員と同様に考えることができる。

つまり、具体的な措置を講じることなく企業の側が一方的に「この情報は秘密である」と考えるだけは、秘密管理性要件は認められないということです。

具体的な状況に則した秘密管理措置によって従業員に「明確に」示され、その結果、従業員が「この情報は営業秘密なんだな」と容易に認識できる必要があります。

では、具体的にはどのような施策を行えばよいのでしょうか。「営業秘密管理指針」から見ていきましょう。

秘密管理措置の対象と内容

秘密管理措置を講じるに当たって、誰を対象にすればよいのでしょうか。
「営業秘密管理指針」では次のように定めています。

秘密情報に合法的かつ現実に接することができる従業員

この「従業員」は、職務上、営業秘密となっている情報に接することができる人物が基本となりますが、部署間で情報の配達を行う人物や無施錠の書庫を閲覧できる他部署の従業員も含まれます。

なお、上記に該当する従業員に対する秘密管理措置が正しく講じられていれば、侵入者などに対しても秘密管理性は確保されると考えられます。

次に秘密管理措置とはどのように何を行えばよいのでしょうか。

「営業秘密管理指針」では、営業秘密となる情報と営業秘密ではない一般情報を「合理的区分」したうえ、対象となる情報が営業秘密であることを明らかにする措置をとるべきとしています。

合理的区分とは、従業員が企業の営業秘密を「情報の性質、選択された媒体、機密性の高低、情報量等」に応じて、一般情報と合理的に区分されていることとしています。

区分する際、たとえば紙資料1枚ごと、データファイルひとつごとに「これは秘密」「これは秘密ではない」と区分する必要はありません。

あくまでも、その企業の規模、業態等に即した通常の管理方法で、営業秘密である情報を含むのか、それとも一般情報だけで構成されているのかを従業員が判別できれば問題ありません。

「合理的区分」に加えて必要となる措置には、秘密情報が含まれる媒体に接触する人物を限定すること、営業秘密である情報の種類・類型をリスト化すること、秘密保持契約(あるいは誓約書)などにおいて守秘義務を明らかにすることなどが挙げられます。

要するに、秘密管理措置の対象者となる従業員に「これらの情報は秘密であって、一般情報とは異なる取扱いをしなければならないんだな」という規範意識を生じさせる取り組みであるか否かが判断の分かれ目となるということです。

営業秘密は「これが秘密である」と社員に認識させる必要がある。ならば、片っ端からファイルもフォルダも「秘密」としておけばいいだろう、どんな情報であっても他社になんて渡したくないし、と考える経営者もいるかもしれません。

お気持ちはわかりますが、それでは「秘密管理措置が形骸化している」と判断される恐れがあります。

「営業秘密管理指針」では、「情報に対する秘密管理措置がその実効性を失い『形骸化』したともいいうる状況で、従業員が企業の秘密管理意思を認識できない場合は、適切な秘密管理措置とはいえない。」と指摘しており、大切なのは秘密情報と指定することではなく、社員が当社はこの情報を秘密情報と定めている、自分はこの情報を外部に漏らしてはならないと認識できる体制を整えていることが求められています。

具体的な秘密管理措置の例

具体的にはどのように情報の管理をしていけばよいのでしょうか。

①紙媒体の場合

紙媒体の典型的な管理方法は、ファイルなどを利用することで一般情報と秘密情報を区分する方法。

秘密情報がまとめられたファイルには「マル秘」といった表示をすることで、従業員の秘密管理意思に対する認識可能性が確保されます。
また、個別の文書やファイルに「マル秘」といった表示をする代わりに、施錠ができるキャビネットや金庫などに保管する方法も考えられます。

②データの場合

考え方としては紙媒体のときと基本的には変わりません。実際には、以下のような方法で秘密管理措置がなされていると判断されます。

  • CD、DVD、MO、フロッピー、外付けHDといった記録媒体に「マル秘」表示を貼付する。

  • 電子ファイル名やフォルダ名に「マル秘」と付記する。

  • 営業秘密となっている電子ファイルを開いた際、端末画面上に秘密情報秘である旨が表示されるようにする。

  • 営業秘密となる電子ファイルそのもの、または営業秘密となる電子ファイルを含むフォルダを閲覧する際に、パスワードを設定する。

  • 記録媒体そのものに「マル秘」といった表示を付すことができない場合には、記録媒体を保管するケース(CDケース等)や箱(部品等の収納ダンボール箱)に、マル秘表示を貼付する。

③物件に営業秘密が化体している場合

製造機械や金型、高機能微生物、新製品の試作品など、物件に営業秘密情報が化体している場合には、次のような対策が求められています。

  • 扉に「関係者以外立入禁止」の貼り紙を貼る。

  • 警備員を置いたり、入館IDカードが必要なゲートを設置したりして、工場内への部外者の立ち入りを制限する。

  • 写真撮影禁止の貼り紙をする。

  • 営業秘密に該当する物件を営業秘密リストとして列挙し、当該リストを営業秘密物件に接触しうる従業員内で閲覧・共有化する。

おわりに

ここまで、秘密管理措置からの観点を中心に、自社の営業秘密はどのように保護すればよいのか、考え方と具体的な方策についてみてきました。

秘密情報は企業にとって決して外部に漏らしてはならない重要な資産です。
なにも対策を講じることなく管理を放棄していたら、いつか大きなダメージを受けてしまう可能性があります。

情報を適切に保護するためには、企業側の努力が不可欠です。
自社を正しく成長・発展させるために、しっかりと対策していきましょう。
具体的にどうしたら良いのかわからない、どこまでやればわからない、そのような場合には、秘密管理措置に詳しい弁護士にぜひ一度相談してみてください。

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西尾公伸 / Authense法律事務所 Managing Director

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