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映画パンフ感想:ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー

2024年9月20日劇場公開の映画『ジョン・ガリアーノ 世界一愚かな天才デザイナー』のパンフレット感想。


【基本情報】

  • 判型:A5縦(左綴じ)

  • ページ数:32ページ

  • 価格:900円(税込)

  • 発行日:2024年9月20日

  • 発行承認:株式会社キノフィルムズ

  • 編集・発行:松竹株式会社 事業推進部

  • 編集:神山和範(松竹)

  • デザイン:奥村香奈(ヒグラシデザイン)

【構成】

  • 映画スチル:2ページ

  • 導入:2ページ

  • ストーリー紹介:2ページ

  • ジョン・ガリアーノ年表:2ページ

  • ジョン・ガリアーノインタビュー:1ページ

  • ジョン・ガリアーノ経歴:1ページ

  • 登場人物:4ページ(うち写真あり2ページ)

  • 監督インタビュー:6ページ(最終ページに監督経歴)

  • 写真:2ページ

  • 小泉智貴インタビュー:2ページ

  • 成原慧レビュー/ジョン・ガリアーノに見るキャンセルカルチャーとの向き合い方:1ページ

  • 渡辺雅之レビュー/マイクロアグレッション ージョン・ガリアーノの言動をひも解く鍵ー:1ページ

  • プロダクションノート:2ページ

  • キャスト:1ページ

  • スタッフ:1ページ

表紙はこんな感じ。2015SSパリコレのドレスの模様。素敵ですね。

【内容】

・率直な本人インタビュー

全体的に素直なコメントをしているように思う。映画製作の経験は不快だったとも…このインタビューで一番重要なのは「(ファッション※括弧内は筆者追記)クリエイターの持続可能性」について触れている点だと思う。業界内外で声を上げ、LVMHのベルナール・アルノーのような業界の大立者がより緩やかなビジネスを志向しない限り変わらないのでは。(まあベルナール・アルノーは変わるの無理かな)

・充実の人物紹介

ランウェイデビューを飾ってからの仕事上のつながりがありプライベートでの親交も深いケイト・モスを始めとしたドキュメンタリーに登場する人物についての簡潔にして当を得た紹介が19人分掲載。

(2人とも顔写真の掲載はないが)ジョン・ガリアーノ周辺やファッション業界の過酷な労働状況についてはスティーブン・ロビンソンやアレキサンダー・マックイーンの悲劇的な最期で推し量ることができる。
(マックイーンは1996年にガリアーノの後任でジバンシィのクリエイティブ・ディレクターに就任している間柄)

※なお、アレキサンダー・マックイーンの生涯については同じキノフィルムズ配給で2019年4月5日に『マックイーン:モードの反逆児』が公開済なので参照されたい。

加えて映画内ではシャーリーズ・セロンの登場が重要。セロンは15歳の時に母親が父親を射殺する(正当防衛)という壮絶な体験をしたことで知られるが、父親はアルコール依存症だったという。ジョン・ガリアーノの愚行をどう理解するかについて重要な発言をしている(パンフの監督インタビューで触れられている)。勇気ある出演かつ発言だと思う。

なおフィリップ・ヴァージッティ(反ユダヤ主義発言とは別の差別発言にさらされた方 アジア系)がガリアーノからの謝罪がないこと等で自尊心の回復を損ない、まだ後遺症にさらされて恨んでいることを語っている。この辺りは闇の部分。

・長尺の監督インタビュー

6ページの大ボリューム。プロジェクト参加の経緯、ガリアーノインタビューへの所感、完成した映画に対するガリアーノの反応、存命中の人をドキュメンタリーにすることの違い、といった内容で構成。

個人的にはジョン・ガリアーノが(防衛反応がありつつも)映画に対してオープンだったと語ったことに軽い驚きがあった。編集について要求されたのはファッション用語の間違いだけだったという。あとファッション業界が古いアーカイブを大切にしていないことなど。

・小林智貴インタビュー

ジョン・ガリアーノと繋がりのあるファッションデザイナーということで選ばれたのかな。音楽の衣装を作っている方というのは知っていたがジョン・ガリアーノへの憧れや影響について素直に語っている印象。

・ジョン・ガリアーノの反ユダヤ主義発言とその顛末にかかる基礎知識ーキャンセルカルチャーと差別構造についてのレビュー

成原慧氏は情報法の専門。
渡辺雅之氏は生活指導/道徳教育/多文化共生教育の専門。

情報法専門の方がキャンセルカルチャーとどう絡むのかは浅学なんでよく分からないがキャンセルカルチャーの現状のありようと法との関係性、ジョン・ガリアーノが辿った償いと赦しのプロセスについて読者の理解が及ぶようにまとめられている。

翻って渡辺氏の方はまさにマイクロアグレッションが専門のよう。
差別行為の構造図が分かりやすい(が実際にはもう少しグラデーションがなくね?)。

個人的には二人とも非オープンレター署名者というところでポイントが高い。(アカデミアおよびマスコミ)外部であるオレからはかなり恣意的な処分が行われたように見えるオープンレター界隈の方に対話と理解のプロセス
とかマイクロアグレッションによる転落からの学びということを言われても鼻白むだけなので。

ここからはちょっと疑問。ジョン・ガリアーノが償いと赦しのプロセスを経て業界に復帰できたのも
・ジョン・ガリアーノがファッション業界の天才である
・アナ・ウィンターをはじめとした有力な支援者や友人が存在する
・反ユダヤ主義発言に対して謝罪し赦しを請う権威を持った対象(人権擁護団体や宗教的な指導者等)が存在する
・映画内の証言曰く(ファッション業界は)忘れっぽい業界である
という点が揃ってなお事件の約4年後ということを考えると、他の差別行為あるいは他の業界あるいは無名の人物で友人も少ないまたはいない人物ではまず償いを経てもキャンセルカルチャーから抜け出せないのではないかという気はする。

【惜しい点】

・映画内容についてのコラムがあったほうが良かったのでは?

映画内で印象的に引用されている映画があって、一つはアベル・ガンス『ナポレオン』、もう一つはエメリック・プレスバーガー/マイケル・パウエル『赤い靴』。

『ナポレオン』は若きジョン・ガリアーノが感銘を受けた映画として語られ、映画で描かれるナポレオンとファッション業界で上り詰め(傲慢になっ)ていくジョン・ガリアーノのイメージが二重写しで描かれるが、『赤い靴』については映画内で特に触れられない。

『赤い靴』は共同監督のエメリック・プレスバーガーが本作の監督であるケヴィン・マクドナルドの祖父にあたるので引用しやすいという点があったのかもしれないが、死ぬまで踊り続けるバレエダンサーの姿が、永遠に続くようなコレクションの嵐かつ(年32回コレクションって!)評価/売上のプレッシャーにもさらされ依存症になるぐらい働き続けないといけないぐらい過酷なファッション業界への批評となっていることに注目されたい。
(アレクサンダー・マックイーンの悲劇的な自死やジョン・ガリアーノの依存症があっても企業傘下のデザイナーの激務の傾向はあまり変わってないようには見えるね)

オレはポンコツなんで映画内容で気づいたのはこの『赤い靴』関連くらいで見落としがあるかもしれない。やはり批評家/ライターによる作品内容についてのコラムがあった方が作品理解がより深まるとは思う。

・監督のフィルモグラフィーに触れるコラムがあったらもっと良い

監督のケヴィン・マクドナルドってドキュメンタリー(『ホイットニー』など)と劇映画(『ラストキング・オブ・スコットランド』など)を往還している映画作家なので、その点について広く触れるコラムがあった方がもっと良かったんでは。

上記二点についてはこのパンフでジョン・ガリアーノの年代記を執筆している清藤秀人氏(オードリー愛でおなじみファッションに強い映画ライターとの認識)なら書けたんではないかな。

なおガリアーノのデザインした服も表紙含め一部パンフで見られるけれどスクリーンで確認したほうがいいでしょう。

【評価】

作品の理解に関わる点もあり映画内容についてのコラムが無かったのが残念なもののジョン・ガリアーノ本人と監督、デザイナー小泉智貴氏インタビューも記載され充実の内容。映画まだまだ公開中(2024.10.8現在)のようで鑑賞のお供に購入のほどを。買え。

【注釈】

ヘッダ画像:クリエイティブ・コモンズ画像を上下トリミング
原典:https://www.youtube.com/watch?v=hrMhAnT7S8o


【(パンフレットに関係ない)蛇足】

ところで邦題どうなのよ。反ユダヤ主義発言は確かに愚かではあるが、世界一と評されるものではないだろう。原題の一部であるHigh&lowを生かした邦題の方が良かったのでは。

あと映画公開前に斉藤幸平がマルジェラのセットアップ着ていて村上隆に揶揄された件は映画の動員に少しは寄与したんかね。

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