『バラムのはじめて』(メギド72一周年記念SS)
一周年を間近に迎えたある日の夜。ソロモンにバレないよう進めてきたアジトの飾り付けは大詰めを迎えていた。
「ったく、何で俺がこんなことやらされてんだ」
「そう言うわりにはバラム、随分手際いいんじゃないかい?」
「さっさと終わらせたいからに決まってんだろ。こんなことに時間使ってたまるか」
バラムの言葉は果たして本心か。バルバトスは意味ありげな笑みを浮かべ、自身も作業を続ける。
「つーか、こういうのはやりたがる奴他にいくらでもいるだろ。何で俺が駆り出されなきゃいけねえんだ」
「全員でやることに意味があるんだ。バラムには分からないかもしれないが」
少し離れた位置からパイモンが口を挟む。彼の言う通り、作業はメギド全員で分担して行うことになっていた。分かってたまるか、とバラムは視線を合わせずに毒づく。
「ま、どうせならバラムなんかじゃなく、女の子と一緒が良かったけどな」
「同感だね」
ふふ、と笑い合うバルバトスとパイモンにバラムは呆れ顔。
「そんなだからオマエら固められたんじゃねえの」
「その理論ならバラムも同類ってことになるが?」
「オイ一緒にすんな! まあ、俺は最後の良心ってとこだろ」
「どうだか」
「はあ? どう見てもこの中じゃ俺が一番まともだろ!」
バラムの抗議は誰も拾わず宙に浮かんだ。会話は途切れ、しばらくは作業を進める音だけが場を包む。その静寂に耐えきれなかったのか、またバラムが口を開いた。
「大体さあ、一年経ったからって何なんだよ。ヴィータの風習ってのは理解できねえぜ」
「キミは行動を共にし始めたのが最近だから、実感はないかもしれないけれど、俺からしてみれば一周年というのはなかなかどうして感慨深いものだよ」
そう言ったバルバトスに、いや、とバラムがなぜか張り合う。
「俺だってずっとお前らのことは監視してたんだ、一年って感覚は共有してるつもりだぜ。その上で理解できねえって言ってんだよ」
「ふーん、つまりずっとソロモン王のことを見てた、ってわけだ」
「表現が気に入らねえが、まあそういうことだな。追放メギドを引き連れてるってだけで十分監視対象だろ」
少し早口になるバラム。話が逸れてるな、と苦笑したバルバトスが話を戻す。
「じゃあ、こう考えるのはどうだい? 俺達とソロモンが出会って旅を始めた日が、彼の『ソロモン王としての誕生日』だった。だからこれは彼の誕生日祝い。……これで納得できないかい?」
「誕生日を祝うって風習も理解できねえよ。歳取ることの何がめでたいんだか分かんねえ」
「ヴィータは弱い生き物だからね。理不尽な死を迎えてしまうことだって少なくはない。そうした悲劇に襲われることなく一つ歳を重ねられた、それだけで十分祝うに値すると思うけれど」
「それなら一年ごとである必要ねえだろ。毎日毎日祝っときゃいいんだよバカが」
これだから下等生物は、と呟き、なおもバラムの愚痴は止まらない。
「ったく何が嬉しいんだか。大体それなら俺は300回以上祝われたっていいはずじゃねえの。ヴィータなんかを祝うより先に俺を祝えって話だ」
バラムの言葉の後、やや不自然な間が空く。バルバトスとパイモンは目を見合わせる。
「……まあ、今回はソロモンの記念日だってことでいいじゃねえか。それに祝われるのは案外嬉しいもんだぜ。バラムだって経験あるだろ?」
パイモンが探るように聞くと、
「ないけど?」
バラムは即答。
「は?」
「えっ?」
二人は言葉を失う。
「う、嘘だろ!? だってオマエ何年生きてきてるんだ。それで祝われたことねえの? 一度もか!?」
驚きを通り越し、怯えたようにパイモンが後ずさる。
「ああそうだ。文句あっか?」
「それじゃあまさかあの噂、本当なのか」
「噂?」
「『調停者は友達がいない』」
「うるせえよ! 誰が流したんだよその噂! 大きなお世話だよバカ!」
この反応、どうやら事実らしい。バルバトスはいたたまれなくなって視線を逸らす。
「大体俺は不死者だからな。力のことがバレると面倒だ、ヴィータと一緒にいるわけにはいかないだろ。つーかバルバトスだって年取らねえし、パイモンだって不死者だろ!? 俺と条件は一緒じゃねえか!」
「いや、俺らはヴィータの友達ぐらい普通にいたぜ? なあバルバトス?」
「ああ。毎年ってわけにはいかないが、誕生日祝いだって当然してもらったことはあるね」
え、と目を見開いていたバラムだが、しばらくしてぷいと顔を背けた。
「あー馬鹿みてえ。んな話付き合ってらんねえよ。準備、俺の割り当て分は終わったから後は頼んだぜ。じゃ」
それだけ言うと、背を向けたまま部屋の外に出ていってしまった。言葉の通り彼の分の仕事はもう終わっていたが、それにしても。
「逃げるように出ていかなくても」
「心はまだまだガキって感じだな、相変わらず」
それでもやるべきことは終わらせているあたり、彼のそつのなさが伺える。
「ところでパイモン」
「何だ?」
「さっきから俺の仕事が減らないんだが」
「それはオマエがサボってるからじゃねえのか? 俺に聞かれても知らねえよ」
「そう言うキミは随分進みが早いね?」
「真面目だからな、俺は」
パイモンはそう言ってバルバトスと顔を見合わせる。笑顔で見つめあうことしばし、
「で、どれだけ俺に押し付けるつもりなんだい?」
「あ、バレてた? 悪い悪い」
こっそりと不死者の力で仕事を移していたのだが、どうやら気づかれていたらしい。
「よくバレないと思ったね……。返却させてもらうよ」
「ハァ!? こんなに多くはねえよ!」
「そうかい? じゃあ利子付きと思っておいてくれ」
「いくら何でも多すぎんだろ!」
「自業自得って言葉、知ってるかい?」
「うるせえ! テメエが得するのは納得いかねえ!」
「八つ当たりはやめてもらえるかな」
「クソ、こうなったら意地でも押し付けてやろうじゃねえか」
「おっと、大っぴらに不死者の力を使うのはやめた方がいいんじゃないか。せっかくの飾り付けが崩れてしまうよ。……パイモン? ちょっと待て、聞いてるのか? ここで暴れて壊れてしまったら準備が間に合わなくなる! わ、分かった。話をしようじゃないか……」
数日後。アジトに帰ってきたソロモンは、変わり果てたアジトの姿に声を失っていた。サプライズは大成功で、仕掛けた側も仕掛けられた側も喜んでいた。
その合間パイモンと、なぜか眠そうにしているバルバトスに呼ばれソロモンは部屋の隅に歩く。何やら小声で話し合って、ソロモンは笑顔で頷いてその場を離れた。
さらに数日後、一周年当日。今日ばかりはいつもよりも遥かに多いメギドたちがアジトに集まっていた。残念ながら都合のつかなかった者もいたが、それでもこれだけ集まるのは珍しい。それもそのはず。飾り付けられたアジトにはフルフルを始めとした料理上手な者の料理が所狭しと並べられて、食欲を刺激する匂いに満ちている。残念ながら来られなかったシバの女王からも、王都の一流グルメが届いていた。
「みんな、こんなに豪華に準備をしてくれてありがとう!」
ソロモンが一人ひとりの顔を見渡していく。
「最初は何も分からないところからだったけれど、あそこでブネやウェパル、モラクスに出会えて、それから次々に、シャックス、バルバトス、それから、みんなに。ここにいるみんなにも出会えて。そのどれか一つが狂っていたら、今の俺は――もしかしたらヴァイガルド自体、なかったかもしれない。今俺がこうしていられるのは紛うことなく、ここにいるみんな、その一人ひとり、そのおかげなんだ。本当に、本当に、ありがとう」
アジトに並んだ面々は、それぞれにソロモンの話に聞き入る。普段は性格も好きなものもバラバラで好き勝手しているだけの烏合の衆が、今は、今だけは心が一つになっていた。
「一年という期間が長かったのか短いのかは分からないけど、これからも敵は何度だって攻めてくると思う。そしてその度に俺は皆の力を借りると思う。戦いたいやつもいれば戦いたくないやつもいる。俺を認めてくれてるやつもいれば、嫌々ついてきてるやつもいるかもしれない。でも、それを踏まえた上で、俺は改めてみんなに頼みたい。まだまだ俺自身未熟なところもあるし、割り切れてない部分もきっとたくさんある。だからみんなには迷惑をかけると思う。だけど、こんな俺だけど、これからも、よろしく頼む」
頭を下げたソロモン。彼の言葉を一言一言噛みしめるように、皆が息を止めて聞き入っていた。心地よい静寂の中、ぱちん、と誰かが手を叩くと、それを呼び水にしたかのように拍手の波紋が広がっていく。同時に暖かい空気も広がっていくようで、アジトの仲間たちは、皆一様に笑顔を浮かべていた。
「それじゃあみんな、アレを用意してくれ!」
ソロモンが言うと、皆はガサゴソと辺りを探り始める。その中バラムだけが、取り残されたように戸惑っている。
「バラム、真ん中に来てくれるか?」
ソロモンに言われるがまま、バラムは不審そうな表情で歩き始める。輪の中心に歩み出ると、立ち止まってソロモンを見据える。彼が文句を言おうと口を開きかけたその時、
「じゃあみんな、よろしく!」
ソロモンが声を張り上げた。すると、皆がバラムに殺到した。
「うおお! な、何だよ!?」
バラムの目の前に積まれていくモノ、モノ、モノ、皆がいくつかのモノを持ち込み、バラムの前に置いていっているのだ。
「痛った!? 誰だよ投げつけてきたヤツ! うわぁ何だ今のベトベト!? クッソ周りが見えねえんだよモノが多すぎて! おい、待てオマエら! 何だコレ!?」
戸惑うバラムを前に、ソロモンは笑う。
「バラムにも感謝しとこうと思ってさ。誕生日祝われたことないって聞いたから、300年分のお祝いだと思ってくれ」
今仲間になっているメギドは約100人、だからひとりにつき3個ずつ、バラムへのプレゼントを持参するよう事前に頼んでいたのだ。
「……」
「どうしたバラム? 嬉しすぎて言葉も出ないか?」
「……カか」
「ん?」
「馬鹿かって言ってんだよオマエ! 一気に300年分って何考えてんだよ頭おかしいだろ!?」
「はあ!? 祝ってやってるってのに何だよその言い方は! 感謝の一言くらいあってもいいだろ!?」
「祝い方にも限度があるってもんだろちょっとは考えろ単細胞生物が! 大体来月には……いや、とにかくどうすんだよこの量! そもそも半分ぐらいゴミ押し付けられてるだろコレ!」
「失礼なこと言うなよ! せっかく祝ってるのにありがとうくらい言えよこのひねくれ者! そんなだから友達もいないんだよ!」
「関係ねえだろこのジャラ男が! アイツらも余計な入れ知恵しやがって!」
「オマエのためを思ってやってるのが分かんないのかよ調停者のくせに!」
「俺のためを思うってんならこんな雑に祝うなよ田舎者! どーせオマエもどう祝っていいか分からなかったんじゃねえの、友達いねえのはオマエだってそうじゃねえのか腐れヴィータが!」
「オマエなんかと一緒にすんなよ! 人望ないオマエと違って俺は友達だって家族だっていたんだよ!」
「ったくうるせえな! ここでもう一戦やってもいいんだぜこっちは!?」
「望むところだ!」
それからしばらく。ソロモンとバラムはお互いに倒れ伏すまで殴り合いを続け、二人が動かなくなったところでやっと場が収まった。かたや伝説のソロモン王、かたや300年以上も生き続けた不死者。そんな二人とはとても思えない低レベルのケンカと、室内が荒れないよう周囲を守り続けたパイモンとバルバトスの勇姿は、どうか皆忘れないでいてほしい。
ともあれ、今日が二年目のスタートだ。今年も一筋縄ではいかなさそうだが、皆の力を合わせればきっと上手くやっていけるはず。
さあ、行こうか。絶望を希望に変える旅に。
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