オーストラリアにおける配当手続について
はじめに
オーストラリアで事業運営を任されている日本人駐在員の方も多くいらっしゃることと思います。オーストラリアにおいては、配当が適法でない場合、その会社の取締役が配当決議額について支払義務を負うこととされています(参考:Dividend Payments and Director’s Duties: Lessons from Dick Smith, 22 Sep 2022)。
配当決議は通常、毎年のルーティンとして確立しており、改めて考える機会は少ないように思います。通常、監査済み財務諸表の株主総会決議を行うのと同じタイミングで、例年通りの文言で、セットで配当決議をするのが通常ではないでしょうか。
しかし、例えば(会計上の利益はあるものの)資金繰りが難航し、株主(本社)とも相談のうえ、例年とは異なる時期に配当を行うという場合や、配当決議はいつもと同じタイミングで行うが、支払日を遅らせることが可能であるかといった検討が、突如、必要となるケースもあります。そこで、以下にて、オーストラリアにおける適法な配当手続の詳細について記載することと致します。
なお、本稿は2023年6月30日時点の状況に基づき記載をしています。また、実際の検討に際しては法律専門家のアドバイスを受領してください。
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概要
オーストラリアにおける配当手続は以下の3つにより規律されています。
Company constitution(配当実施会社の定款等)
Corporations Act 2001(豪州会社法)
Common law(一般法/いわゆるProfit Test)
Company constitution
配当実施会社の定款に、配当に関する定めがある場合、これに従う必要があります。
Corporations Act 2001(会社法)
会社法上、以下の3つの要件をすべて充足することが求められています。
配当決議直前において資産が負債を超過しており、当該超過額が配当の支払に十分であること
配当の支払が、株主全体にとって公正かつ合理的であること
配当の支払によって債権者への支払能力を著しく棄損することがないこと
※資産及び負債は配当決議等実施時点における会計基準に従い計算することが必要とされています。
Common law
更に、通説では、(会社法上の定めはないものの)配当は利益から実施する必要があるとされています。
以下、順に詳細について記載します。
1. Company constitution(配当実施会社における定款)
本邦においては、会社設立時に際し、必ず定款を作成することが求められます。しかし、オーストラリアにおいては、会社法自体に会社運営上の規定等(以下、「Replaceable Rules」)が含まれており、会社としての定款にあたる「Constitution」を定めないことが可能です。そして、「Constitution」は会社登録時又は登録後において、Replaceable Rulesの一部又は全部を上書きする形で定めることができることとされています(Corporations Act 2001, Part 2B.4, 134 - 136, 141)。
配当に関していえば、Replaceable Rulesとしては254U (Other provisions about paying dividends)及び254W(2) (Dividend rights for shares in proprietary companies)が用意されています。しかし、これらの内容は一般的な内容にとどまるため、複数種類の株式を発行している場合等、配当に関する代替又は追加的な定めをConstitutionに置いている会社もあります。また、古い(2010年改正以前の)会社法に基づきConstitutionを策定した会社においては、配当は利益から行うといった定めがなされている場合もあります。このような場合、(会社法やCommon lawの定めに加えて)配当実施会社のConstitutionに定めた配当に関する手続き等に従う必要があります。
2. Corporation Act 2001(豪州会社法)
オーストラリア会社法上、配当に係る手続きはCorporations Act 2001 (Part 2H.5)に定められおり、§254Tにおいて配当決議の要件は以下の通り定められています(CCIVを除く)。
以下の全ての要件を充足する場合に限り配当を支払うことができる
配当決議直前において資産が負債を超過しており、当該超過額が配当の支払に十分であること
配当の支払が、株主全体にとって公正かつ合理的であること
配当の支払によって債権者への支払能力を著しく棄損することがないこと
資産及び負債は配当決議等実施時点における会計基準に従い計算することとする
254T(1)(a)の文理上は、資産が負債を超過していること(そして、当該超過額が配当の支払に十分であること)を、配当の支払直前ではなく、配当決議の直前において確認することを求めています。然しながら、続く254T(1)(c)にて、配当の支払によって債権者への支払能力を著しく棄損することがないことを求めており、配当決議日と配当支払日とが乖離する場合には、留意が必要です。
会社法においては配当可能額の計算方法や、どのような場合に債権者への支払能力を著しく棄損するかについての細かい定めは置かれておらず、配当実施会社の取締役に会社の財政状態に基づく合理的な評価と判断をする責任を負うよう求めているのみです(同588G他)。
また、254T(2)において、配当対象となる利益を稼得した事業年度に関して適用される会計基準ではなく、配当決議等を行う時において有効な会計基準を基礎として資産及び負債を計算することが求められている点に留意が必要です。
即ち、配当決議自体、必ずしも監査済み財務諸表に係る株主総会決議が為されるタイミングと同一のタイミングで実施する必要はないものの、その後の期間において新たな会計基準が発効する場合、当該新規に発効する会計基準を適用した財務諸表を基礎とすることが求められることとなり、実務的ではなくなる虞があります。また、会計基準に変更がないとしても、決議直前の財務諸表として、いかなる水準の財務諸表で足りるか(マネジメントに対する月次報告書のレベルで足りるのか、少なくとも取締役会が承認した配当決議直前の財務諸表が必要とされるのか等)について会社法上の定めはなく、不安定さが残ることとなります。従い、監査済み財務諸表に係る株主総会承認決議と同時に、配当決議を実施することが実務的です。
なお、上述の通り、(改正によって)会社法それ自体においては配当が利益(利益剰余金)から為されることを直接求めていない点に留意が必要です。但し、後述の通り、会社法におけるこれらの定めは、オーストラリアにおけるCommon law(一般法)を「上書き」するものではなく、Common lawにおける定めに「追加」されるものであるとの解釈が通説です。そのため、以下ではCommon lawにおける定めを見ていくこととします。
3. Common law(一般法/いわゆるProfit Test)
Common lawによれば、配当は利益から支払われなければならないとされています。これを踏まえると、会社法の規定に加えて、当決議時点における利益剰余金(配当決議直前の財務諸表に基づく必要がある)の範囲で配当決議を行う必要があります。
2010年6月28日、会社法(Corporations Act 2001)における配当手続きにおける重大な変更が発効しました。即ち、会社法上は配当が利益から支払われることを求めないことを意図して、配当は利益から支払う必要があるとする規定(以下、Profit testという)を会社法から取り除いたのです。
しかし、通説では、会社法の規定からかかる規定を取り除いただけでは、Common lawにおける取り扱い(配当は利益から行う必要があるとの取り扱い)を上書きできていないものとされています。
即ち、明示的にProfit Testが不要である旨の記載がない以上、会社法254Tにおいて使用されている単語である「配当(dividend)」は、それ自体、過去における判例法(Common law, Case law)に基づき積み上げられてきた意味、解釈を引き継ぐことが妥当とされているのです。実際、オーストラリアの税務当局(ATO)もルーリングを公表しており、同様の見解を示しています。そのため、適法な配当手続の実施に際しては、前述のCompany constitution及びCorporations Act 2001の定めの他、Common lawにおけるProfit testも充足する必要があると考えられます。
The better view appears to be that for the purposes of the Corporations Act and company accounting, dividends can only be paid from profits and not from 'amounts other than profits'. The new section 254T of the Corporations Act imposes three specified additional prohibitions on the circumstances in which a dividend can be paid, as inherently a dividend can only be paid out of profits, having regard to the ordinary and legal meaning of the word dividend.
配当決議に際してProft testが求められるとすれば、配当決議直前に財務諸表を作成のうえ、その時点で有効な会計基準に基づき利益剰余金を算定する必要があります。そのため、監査済み財務諸表を作成する対象とした年度末から、配当決議までの期間が乖離する場合、進行年度における当期利益によって、配当可能額が変動することとなります。例えば株主から当期純利益に対する配当性向として50%の方針が定められている時に、進行年度における利益がマイナスであれば、かかる方針通り配当決議できないこととなる虞もあることに留意が必要です。
その他参考
配当金額・時期・方法について
配当金額、時期又は方法については、配当実施会社の取締役が決定することとされています(その上で、株主総会にて承認されることで発効する)。
次に、決議書の中で、配当支払日を12月でなく、2024年3月とすることを明確にすることについて検討します。会社法254Uを参照すると、これを取締役が定めることができるとされております。従い、決議書の中で支払日を指定することは可能であると考えますが、過年度において決議書の中で指定していない場合、外部専門家に照会することが保守的な対応であるものと思います。
配当に係る支払債務の認識について
Constitutionがない場合、配当決議によっても(たとえ支払日を定めたとしても)配当実施会社に法的な負債は生じない(取り消し可能であるとされているため)こととされています。そのため、配当決議後、翌年度末を跨いだ日配当支払日として設定する場合、会計上の取り扱いについて検討が必要です。年度末のBSにおいて配当に関する支払債務を認識しないとすれば、減少した利益剰余金の相手勘定が不明となるためです。
配当は個社ベース(連結ベースではないことについて)
なお、オーストラリアにおいては配当は個社毎に上記に従い実施することとされており、かかる取り扱いは、オーストラリアにおいて連結納税グループ(所謂MECグループ等)を形成している場合においても同様です。
関連資料
Taxation Ruling (TR 2012/5, Income tax: section 254T of the Corporations Act 2001 and the assessment and franking of dividends paid from 28 June 2010)
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