勇者と聖騎士と放蕩貴族

友野先生の講座で、最後試しに実演したTRPG。
ふ、と冒頭部分だけネタが降って来たので。
先生だったらもっと面白く調理するのだろうなぁ、と思いながら、私はこれが限界です。

※※※

「親父〜、なんか無いの〜?」
その声にまたかと酒場の親父は顔をしかめた。
ジョッキにエールを入れる手を休めず、無愛想に答える。
「そこの壁に貼ってあるだろ?」
「迷子猫探しに、失せ物探し、妻の素行調査ばかりじゃん? そうじゃなくって、僕が聞いているのは…」
「勇者らしい冒険か?」
「そう!」
「迷子猫探しも立派な勇者の仕事だ」
「そう親父が言うから迷子犬探しとか失せ物探しとかしたけど、結局来たのは牧場での狼退治だったじゃん?」
エールを入れる手を止めて、相手を見ると、彼は案の定唇を尖らせてこちらを見ていた。
「信頼というのは、そういうものの積み重ねだと言っただろう?」
「もう充分積み重なったよ〜。そろそろでかい依頼が来てもいいじゃない」
「あのな、そんな依頼がごろごろ出てきたら…」
この自信だけは余らせている自称勇者をいつものごとく叱りつけようとした時だった。
「大きなご依頼をお待ちですか?」
いつの間にそこに立っていたのか、柔和な笑顔を貼り付けた男が1人、彼の後ろに立っていた。
プロが見たら一瞬でお帰りいただくぐらい怪しい笑顔の人物だったが、自信を持て余した若者にはこの言葉で充分だった。
「貴方様にぜひ頼みたい依頼があるのですが?」

聖騎士の朝は早い。
日が昇る前に起きて、朝の祈り。掃除に鍛錬。そして朝食前にもう一度祈り。
日課の巡回をして鍛錬。鍛錬。鍛錬。
夕食を食べると、またもや祈り。
そうして1日が終わる。
今日もまた朝の祈りを終えた時だった。
ふと顔を上げると、司祭が1人の男をたずさえてこちらを見ていた。
足早に司祭の元へと行き、一礼する。
「何か?」
言葉短かに尋ねると、司祭は難しそうな顔をして頷いた。
「少し厄介なことが起こってな。そなたしか頼む者がいないのだ」
「私でできることなら何なりと」
そう答えるのを待っていたかのように、司祭の隣にいた男が口を開いた。
「そこから先は私が説明します。私のお仕えする旦那様がある屋敷を買ったのです。そこは…」
「失礼」
手を挙げて彼の言葉を止める。
「要点のみで結構です。私は何をすればいいのですか?」
男は僅かに戸惑った顔をした後、おそるおそる口を開いた。
「アンデット退治をお願いしたい」
歴戦の勇者でも思わずためらう依頼。
だが、眉一つ動かさず一礼して答える。
「神の御名において」

「た・い・く・つ」
バサリと持っていた本を顔の上へと落とす。
そのままソファに寝そべった青年は動こうとしなかった。
「富は、人を駄目にする。富よ去れ! 汝は悪だ」
本の下から心にもないことを言った後、青年はムクリと起き上がり、顔の上にあった本を投げ捨てた。
「僕はどうしてこう生まれてしまったのだろう? お金があるから平民どものように働く必要がない。三男坊だから、社交に勤しむ必要がない。愛する女性がいないから、金をつぎ込む必要もない」
彼はそばの机にあった別の本を手に取った。床に投げ捨てた本は、いずれ使用人が片付ける。
裕福な貴族の息子である彼には、一生暮らすのに困らない財産がある。
家を継ぐなら、政治という社交をする必要があるし、結婚して家族を持てば養う財産が必要になる。
だが、社交にも出ず、立身出世の野心も持たず、一生独身で過ごせば、趣味に耽溺できる金と時間が手に入る。
彼は迷わずその道を選び、そして今、暇を持て余していた。
たった一つの趣味に没頭しながら…。
ドアが控えめに叩かれ、1人の使用人が銀の盆の上に手紙を載せてやって来た。
興味なさそうにその手紙に目を走らせ、彼は慌てて立ち上がった。
「セオドアを! セオドアを呼ぶんだ!」
慌てて初老の男がやってくる。
「見つかったぞ! 長年探していた稀有な伝説を持つ宝石『死霊の涙』が!」

その宝石がこの一連の騒動の大元になるとも知らないで、彼はトランクを片手に馬車へと乗り込んだ。

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