フランスで最初に住んだ寮

フランスで一番初めに住んだ寮はそれはひどいものだった。家賃は電気代使い放題インターネット込みで170ユーロ(大体2万円から2万5千円くらい)と格安だったが、キッチン、トイレ、シャワーは共用だし壁に穴が開いているし、はじめは廃墟かと思った。住人はアフリカ系の人が多かった。ステレオタイプかもしれないが、アフリカ系の人は親切で人なつっこい感じの人が多く、コミュニティを築いて和気あいあいとやっているようだった。アジア人はほとんどいなかったけど、別に人とつるみたいわけではなかったのでかまわなかった。僕は一人で9平米の狭い部屋にこもっていることが多かった。狭すぎて独房かと思った。気が狂うかと思った。面白かったのはサッカーのワールドカップがあったときに、寮の大きなテレビで日本対セネガル戦を見に行ったら、僕以外全員セネガル人だった(セネガルはフランス語圏なのでフランスにはセネガルの人がたくさんいる)。セネガル人たちはセネガルのゴールが入ると歓声をあげた。僕は日本人がゴールを入れると、歓声を・・・あげるわけにもいかず、ただぼんやり立っていた。途中で後ろにいたアフリカ人の人から「Tu es Japon ? Sénégal ? (君は日本かセネガルか?)」と言われたので、「Japon(日本だよ)」と答えた。大学からも遠かったので、一限があるときには朝の6時半に起きなくてはならなかった。早起きが苦手なので、これも苦痛だった。そんな快適とはいいがたい寮だったが、2匹の猫がいた。一匹は灰色の太って年老いた雄猫で、もう一匹は小柄なやせた雌の白い猫だった。小さいほうの猫とはよく遊んだ。小さい猫と遊んでいると、太った猫がよくそばによってきてごろんと横たわった。ところが、汚くて狭い寮に住み始めて3年くらい経った時に、ある日白い猫が出かけたきり、二度と戻らなかった。

この寮で一番最悪なのは南京虫が流行したことだった。僕はこのときまで南京虫という虫の存在すら知らなかった。聞けば、フランス、というかヨーロッパでは南京虫がちょくちょく流行していて、けっこう問題になっているらしい。南京虫とは何なのかというと、ダニみたいな1ミリくらいの虫で、ベッドや部屋の隙間に潜り込み、夜間になると這い出てきて人間の血を吸うという、発狂もののおぞましい虫である。咬まれた箇所はものすごくかゆくなる。僕の住んでいた寮で、この南京虫が流行したのである。幸い僕の部屋に南京虫が出ることはなかったが、Facebookの寮のグループでは毎日阿鼻叫喚の投稿がなされていた。それはもうバイオハザードの世界だった。一度寮を全部消毒することになって、巨大なゴミ袋に私物を入れるように言われ、防護服に身を包んだ専門の業者が部屋を消毒しに来た。これは最悪の経験だった。
この格安の寮に3年ほど住んだのだが、学生寮を管理しているCrous(フランス政府の提供している学生サービス)に、「お前はもう3年学生寮に住んだのだからここを立ち去れ」と言われたのでアパートを自力で探すはめになった。アパートを探すのは大変だった。でもこれは別の話なので別の機会に書こうと思う。

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