2022年 フィンランド音楽のベストアルバム トップ20
本稿では、2022年にリリースされたフィンランド音楽の中でお気に入りのアルバム20作品をランキング形式で紹介しており、作り手や作品についての基本情報と私が聴いて感じたことについて書いている。
ひとつの作品を聴き込む時間を長めにとりたかったため、以下の条件を満たした作品のみを聴くようにしていた。
歌詞がフィンランド語の音楽であること
ロック、ポップス、メタル、ハードコア・パンクに関連する音楽であること
フル・アルバムであること
上記についての詳細は以下の通り。
歌詞がフィンランド語の音楽であること
これは私がフィンランド語で歌唱している音楽に強い魅力を感じたからなのだが、そもそもどういう経緯で魅力を感じるようになったのかを書いておきたい。
2019年の秋頃、翌2020年2月にフィンランドに旅行することが決まった。オーロラが見れるし、ムーミンとマリメッコは好きだし治安も良さそうだし、なんとなくとても楽しそうな予感がしたから、くらいの心意気だった。そんなわけで当時の私のフィンランドについての知識はムーミンとマリメッコとくらいなもので、行くことが決まってから初めて名産物やら面白スポットやら文化を調べ出した。そんな中でふと「そういえば俺、フィンランドの音楽って全く知らないや」と気付いた。
スウェーデンならABBAやThe Cardigans、ノルウェーならa-haやKings of Convenience、デンマークならDizzy Mizz LizzyやMew、アイスランドならSigur RósやBjörkといった具合に他の北欧諸国出身の音楽家はパッと思いつくのだが、フィンランドだけは知らなかった。なんとなく「メタルに強い国」ということは認識していたが…そこに気付いてからというもの、私はフィンランド音楽に興味を持ち、過去現在どのような音楽が生まれているのかを調べるようになった。
調べてみると出てくる出てくる面白い音楽が!過去、そして現在に至るまでユニークな素晴らしい音楽家に溢れているではないか。十代の頃たまたま図書館に行ったとき、CDコーナーにズラリと並ぶThe BeatlesやLed Zeppelinなどのロックの名盤を目の当たりにしたとき以来の衝撃を、この時味わってしまったのだ。
何より驚いたのが、これだけ面白い音楽が溢れているのにそのほとんどが日本では無名、ということだ。正確には英語で歌唱している音楽家(Stratovarius、Children of Bodom、Nightwishなど)は日本でも知名度が高く人気なものがたくさんあるのだが、フィンランド語で歌唱しているタイプの音楽家は、なかなか知られることがない。そもそも音楽メディアや音楽好きがフィンランド語の音楽について発信することが少ないので、知る機会すら生まれていないというのが現状なのだろう。Rate Your Musicに登録されていない音楽家が多数存在しているし、Pitchforkなどの音楽メディアでも取り上げられることがほとんどないのだ。
私はフィンランド語で歌唱する音楽に強い魅力を感じた。フィンランド語は、日本では馴染みのない独特な発音だ。それは時に不思議で時にキュートな響きを持っており、それが歌となると、その響きにあわせて構築されるサウンドも相乗効果でユニークなパーツとなり、最終的にとてもエキゾチックで興味深い音楽と化すのだ。それはフィンランド人による、フィンランド語の歌でないと生まれないものだと思っている。それは非常に得難い魅力なのだ。
そんな魅力に溢れたフィンランドの素晴らしい音楽作品の数々を、是非日本の音楽好きの方々にも聴いていただきたく、本稿を執筆するに至った。もし本稿をキッカケにフィンランド音楽に興味を持ってくださった方、聴いてくださった方、好きなってくださった方がいてくれるのなら、それ以上に嬉しいことはないだろう。欲を言えば、日本でフィンランド音楽の知名度が上がって、フィンランドの音楽家がツアーで来日してくれたり、日本のフェスに出演してくれるところまで発展してくれたら最高だが、それは夢のまた夢のまた夢の話。読んでくださった方の何かしらの参考になっていただけたら幸いだ。
ちなみに、フィンランド語で歌唱している音楽家でも、アルバムの中に1、2曲だけ英語で歌唱している作品も極稀にあったりする。理想は全曲フィンランド語歌唱のアルバムだが、一部英語歌唱の作品でも聴く対象としていた。英語歌唱の曲の方が多い作品は対象外とした。
ロック、ポップス、メタル、ハードコア・パンクに関連する音楽であること
フィンランド語歌唱の音楽は様々なジャンルで生まれており、その全ての作品を聴き込むのは不可能。前述した通り、聴く音楽のジャンルをある程度絞って、自分が興味を持てそうな、好きになりそうな音楽のみを重点的に聴き込むようにしていた。ただ、「ジャンルなんてどうでもいい。面白い音楽なら何でも聴く」姿勢は根底にはあるので、今後何かしらキッカケさえあれば対象外のジャンルの音楽でもイレギュラーに聴き込む可能性は大いにある。
フル・アルバムであること
これも前項と同じような理由で、聴き込むフォーマットを絞っている。よって、デモやEP、シングル、スプリットは対象外。しかしこれに関しては難しいところで、将来有望な音楽家が非常にカッコいいデモをリリースしている光景は度々目の当たりにしている(特にブラックメタルに多い)ため、今回は対象外だが今後はどうにか時間を作って聴き込みと発信ができればいいなと思っている。
のっけから長くなってしまったが、各条件についての詳細は以上である。
ちなみに、本稿で選ばれなかった良作も沢山あるので、そういった作品については追って別の記事で紹介できればと思っている。なので2023年以降も気が向いたときにチェックしていただけると嬉しいです。
20位
音楽家:Ali Alikoski & Alanmiehet(アリ・アリコスキ・エト・アランミエヘット)
作品名:Kukkakimppua ja piikkilankaa(クッカキンップア・ヤ・ピーッキランカー)
ジャンル:ポップ
発売年月日:2022年9月16日
レーベル:Stupid Records
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Ali Alikoskiは80年代半ばから活動しているフィンランドのベテラン音楽家。88年まではKebaというロックバンドで活動。その後91年から現在に至るまで名義を若干変えつつもソロ活動を行っており、本作は9作目のソロ・アルバムとなる。
始めて本作を聴いたとき、1曲目『Ota minut mukaan』の歌が始まった瞬間「あ、好きだな」となった。私はとにかくこの手の歌唱法がツボだ。「この手の歌唱法」とは、山本精一のような所謂「フラット唱法」を、少しねっとりしたバリトンボイスで聴かせる歌のことだ。そこにフィンランド語の発音が加わるとなんともエキゾチックな響きとなり、私はその「響き」こそがフィンランドのポピュラー音楽にしかない魅力のひとつだと思っている。他にもフィンランドのボーカリストではGösta Sundqvist(Leevi and the Leavings)、A. W. Yrjänä(CMX)、Mikko Siltanen(Amuri)なども同系統の歌唱法のスペシャリストであり、いずれも大好きだ。
サウンドは、Leevi and the LeavingsとCMXを組み合わせてエレポップ要素をまぶしたようなアレンジがとてもクセになる。ジャケットのような爽快感とほどよい哀愁が見え隠れする楽曲が揃った本作は、青空が広がる晴れた日に聴きたくなる一枚だ。
19位
音楽家:Haliseva(ハリセヴァ)
作品名:Yhdeksäs linja(ウフデクサス・リン二ヤ)
ジャンル:インディー・ポップ
発売年月日:2022年9月9日
レーベル:自主
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シンガー・ソングライター、Halisevaによる1作目のフル・アルバム。
今年あらゆるフィンランド音楽を探求する中で、自主制作でさり気なくフルアルバムをリリースする音楽家がとても多いと感じた。プロフィールが謎で、音楽メディアでも取り上げられないような作品も多い。しかもそのような作品に限って名作の可能性を秘めた内容だったりするので、これだからディグはやめられない。本作もひっそりとリリースされた作品だ。Jarno Alho(レコーディング・スタジオ「Alho audio mastering」を運営するマスタリング・エンジニア。あらゆるフィンランド音楽のマスタリングを手掛けている)のInstagramのストーリーで本作のマスタリングを手掛けていることを知り聴いたのだが、2022年12月時点ではフィジカル販売は無し。Bandcampでもリリースされていないし私が知る限り音楽メディアでも取り上げられていない。Alhoの発信をキャッチしていなければ本作を知る機会はなかったかもしれないと考えると、知る機会が限られているのは惜しいことだよなと思う。本作は知られさえすれば広く聴かれるであろう作品なだけに。
控えめだけどどこか色気を持った歌を軸に、丁寧に、それでいて最小限に構築されたアレンジがたまらない。本作を聴いてテンションを上げるというよりはテンションの低い状態も悪くないなって思えるような内容で、雨の日に外を歩きながら聴いていると不思議と爽快感が増してくる。是非やってみて欲しい。
18位
音楽家:Rankka Päivä(ランッカ・パイヴァ)
作品名:Kylmään veteen(クルマーアン・ヴェテーン)
ジャンル:ハードコア・パンク
発売年月日:2022年3月5日
レーベル:自主
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ハードコア・パンク・バンド、Rankka Päiväによる1作目のフル・アルバム。
フィンランドのハードコア・パンクシーンには長い歴史があり、今もなおシーンが盛り上がり続けているのを知ったのはつい最近。本作やVivisektio『Uusi normaali』等と出会い、私の中でフィニッシュ・ハードコアがかなり大きな存在になりつつある。メタルと同様にハマればハマるほど楽しいジャンルなんだと気付いてしまったのだ。メタルだけでも追いきれないのにハードコアまで追うとなるとどうなるのか。2023年の自分には頑張ってもらわないと。
さて本作についてだが、私は「ハードコア・パンクはTerveet Kädet(フィニッシュ・ハードコアのパイオニア)のように曲の尺が短ければ短いほどカッコイイ」と思うタイプなので、本作はあまりにもうってつけな内容だった。2分以上の曲は1曲だけ。全曲短い尺をフルに活かしてキャッチーなリフが刻みこまれ、全力で暴れ回る破壊力を持っている。「細けえこたいいからとにかく暴れろ!」とでも言うかのような潔さに痺れているうちに聴き終わってしまう17分間。10年以上前にLOW VISION等にハマっていたときのことがフラッシュバックした。
17位
音楽家:Vihameditaatio(ヴィハメディターティオ)
作品名:Metafyysinen Käsitys Itsestä(メタフーシネン・コアーシトゥス・イツセスタ)
ジャンル:エクスペリメンタル・ブラックメタル
発売年月日:2022年12月1日
レーベル:Esfinge de la Calavera
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二人組ブラックメタル・バンド、Vihameditaatioによる2作目のフル・アルバム。
作り手側がBandcampでタグ付けしている通り、ジャンルとしてはエクスペリメンタル・ブラックメタルとのことなのだが「エクスペリメンタル」という字面からイメージされる小難しさはあまり感じさせない。ノイジーなギターが強調されてはいるが、それはアヴァンギャルドというよりはシューゲイザーのソレに近い。緩急ある構成、ときにThe Smithを感じさせるほど綺羅びやかなアルペジオなど、むしろかなりポップな要素が揃ったブラックメタルではないだろうか。ラジカセで録音したかのような粗い音質だが、その荒々しさが楽曲の勢いに加担し非常にカッコイイ仕上がりになっているのも強みだ。2022年は宅録系ローファイ・ブラックメタルの作品を色々聴いてきたが、本作はその中でも出色の出来栄えだと思う。
深夜2時、解像度144pのムーミン谷で鳴り響くブラックメタルを聴きたいときは是非本作のことを思い出して欲しい。
16位
音楽家:Aesthus(エーストス)
作品名:Hänen temppelinsä varjoissa(ハネン・テンッペリンサ・ヴァラヨイッサ)
ジャンル:ブラックメタル
発売年月日:2022年3月21日
レーベル:Purity Through Fire
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2017年結成のバンド、Aesthusによる1作目のフル・アルバム。
昭和の四畳半フォークに通じるカビ臭い曲調や音質をプリミティブな荒々しさや勢いに乗せて、テンションを一切落とさず複雑かつドラマチックに展開させていく楽曲が素晴らしい。「テンションを一切落とさず」は楽曲だけでなくリスナー側も込みの話で、これだけテンションの高い曲が続くと中盤でダレたりしがちなのだが本作はそういったこともなく、最後の最後まで楽しめてしまう。そういう意味ではジャンルは違うもののAt The Gates『Slaughter of the Soul』に通じるものがあるのかも。
ちなみに、本作は仕事帰りに聴くのが一番しっくり来る。疲れを忘れて帰りの電車で何度拳を突き上げ頭を振ったことか。
15位
音楽家:Polku(ポルク)
作品名:Me kaikki kuolemme vähän(メ・カイッキ・クオレンメ・ヴェーアーホーアーン)
ジャンル:ドリーム・ポップ、シューゲイザー
発売年月日:2022年6月3日
レーベル:自主
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バンド、Polkuによる1作目のフル・アルバム。
哀愁の代わりに透明感を重視したAngel'In Heavy Syrup、『WAR』までのU2、『Knives Out』のRadiohead、『COPY』のSyrup 16g、そして忘れちゃいけない同郷のバンド、Radio Supernova…聴いていく中で色々と思う浮かぶ要素はあるものの、そのどの要素よりも冷ややかな情景を纏った世界観に、秋から冬にかけて何度も浸りたくなった。
本作を聴いているとフィンランド滞在時の突き刺すような寒さや雪景色が鮮明に思い出される。それこそが、Polkuというバンド・アンサンブルが生み出す芸術なのだと思う。
寒くて天気が悪い日は家でコーヒーでも飲みながらPolkuを聴いて、ちょっぴり哀しげに、切なげに、一日を過ごすことにしよう。
14位
音楽家:Sara(サラ)
作品名:Pimeys(ピメース)
ジャンル:オルタナティブ・メタル
発売年月日:2022年1月21日
レーベル:6162 Viihde Oy
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1995年結成のオルタナティヴ・メタル・バンド、Sara(サラ)による9作目のフル・アルバム。
私は、昔からダークなものに惹かれる傾向がある。アンダーテイカーという墓掘人ギミックのプロレスラーが大好きだった。小学校6年生の頃の私が生まれて始めて買ったメタル・アルバムはEvanescence『Fallen』だった。『Nevermind』よりも『In Utero』を好きになったり、Coccoを好きになったりしたのも同じ理由だろう。フィンランドにはダークな要素を持った音楽が多い。そういった観点でも、私がフィンランド音楽にハマったのは必然だったのかもしれない。
そんなわけで、本作のダークな曲調と眈美なメロディはすぐに好きになり、発売当初から何度も聴いている。本作のカッコよさには音質も相当に貢献しているだろう。特にドラムの音が非常に抜けの良い音で、一音一音が爽快だ、是非ロスレス音質での聴取をお薦めしたい。暗闇に僅かな光が差し込む3曲目『Sileä tie』は、2022年ベストトラックのひとつ。
ちなみに、SaraはKNOTFEST FINLAND 2022に出演を果たしている。日本人にも受ける音だと思うので、是非KNOTFEST JAPANにも出演してもらいたいところである。
13位
音楽家:Rosita Luu(ロジータ・ルー)
作品名:Maaginen elävä(マーギネン・エラヴァ)
ジャンル:インディー・ポップ
発売年月日:2022年2月18日
レーベル:Playground Music Finland
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シンガー・ソングライター、Rosita Luuによる3作目のフル・アルバム。
本作を持ってデビュー当時から在籍していたHelmi LevytからPlayground Music Finlandにレーベルを移籍。それにより少しだけメインストリーム寄りというか大きな会場でのコンサートでも映えそうな楽曲が増えたものの、根本的なギター・ポップサウンドに変わりはない。
HeavenlyやBlueboyなどSarah Records系のバンドが好きな方にお薦めしたい内容である。とにかく聴いていると気分が高揚してくる楽曲が並んでいつつも、Rosita本人の歌は意外とはっちゃけていない。エモーショナルになるのを抑えつつもキュートさを忘れていない歌唱が彼女の歌の愛らしいポイントなのだろう。
ちなみに私がフィンランドに旅行した際、現地のレコード屋さんで買ったレコードの2枚のうち1枚が彼女の1作目のフル・アルバム『SOS』だった。ジャケットに惹かれて購入したのだ。その後日本でそのレコードを聴き、好きになった思い出深い音楽家。それだけに、自分にとって思い入れの強い存在である。
12位
音楽家:Myrsky(ミルスキー)
作品名:Tuonelalle(トゥオネラーレ)
ジャンル:メロディック・ブラックメタル
発売年月日:2022年8月17日
レーベル:1356237 Records DK
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恐らく一人ブラックメタルバンド、Myrskyによる1作目のフル・アルバム。
情報が少ないため謎多きバンドだが、凄まじい力作。まず音質がズバ抜けて好き。自分はブラックメタルが好きな反面、音質が好きなアルバムはそこまで多くないのだが、本作は探し求めていたもの以上のサウンドだった。ドッシリとした低音(ベースの音がここまで強調されたブラックメタルのアルバムは今のところ知らない)、抜けの良いスネア、それらを聴くだけでも十分に楽しい内容だ。
音質と同じくらい楽曲・演奏も大変素晴らしく、MONOを思わせるディレイの残響と激しいメタリックなサウンドの組み合わせは、地獄の底から鳴り響く野獣の叫び声を聴きながら飛び回る天使という、カオスな情景を連想させる。一時も聴き逃しが許されないほど緊張感が終始漂っているだけに、31分間という比較的短い尺はむしろちょうど良い。身体に悪影響のない範囲で大きな音量で聴くことをお薦めしたい。1曲目『Myrsky』は2022年ベストトラックのひとつだ。
11位
音楽家:Vivisektio(ヴィヴィセクティオ)
作品名:Uusi normaali(ウーシ・ノルマーリ)
ジャンル:ハードコア・パンク
発売年月日:2022年9月16日
レーベル:Svart Records
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Vivisektioは1983年結成。8回のギグを行った後1986年に活動停止するも2008年に活動再開。活動再開後はコンスタントに作品をリリースしており、本作は恐らく2作目のフル・アルバム。
Vivisektioについて知識ゼロの状態で本作を聴いたとき、あまりにフレッシュでエネルギッシュでテンションの高い内容に若手バンドと誤認するほどだった。後に結成40周年を目前に迎えたバンドだと判明したときは驚愕した。ベテランでもこれほどまでに「老い」を感じさせない作品を生み出せるんだという事実に。もちろん、そんな前提があろうとなかろうと本作は素晴らしい内容だ。活動再開後に加入したMiikkaのドラムがとにかく凄まじい。アルバム収録時間20分という潔さも魅力。突風のようなバンドアンサンブルに圧倒されているうちにスコールは過ぎ去っていることだろう(本作を聴きながらこのコメントを書いているが既に2周してしまった)。
日常生活のストレスを打ちのめしてくれるほどの破壊力と爽快感を持った本作は、仕事帰りに爆音で楽しむことが多い1枚だ。
10位
音楽家:Pekka Nisu(ペッカ・ニス)
作品名:Kaiken täytyy mennä(カイケン・テーアーウットゥー・メンナ)
ジャンル:ロック
発売年月日:2022年3月18日
レーベル:Kronik
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シンガー・ソングライター、Pekka Nisuによる2作目のフル・アルバム。
晴れた日はとにかく本作が聴きたくなる。本作の持つ開放感や高揚感は、Eaglesの1作目を聴いているときの感覚に近い。またはSigur Rósの『Með suð í eyrum við spilum endalaust』。青空の下、自転車漕ぎながら聴きたくなる感覚だ(道路交通法違反なので妄想に留めているが)。
自分は「切なさ」が込められたうたものが好きだ。前述したEaglesやSigur Rósもそうだし、The Velvet UndergroundもWilcoもaikoも、自分たちなりの切なさをどこかしらに封じ込めているから好きになった。良質なうたものと判断するポイントとしてかなり大きな要素である。では、本作の曲はどうだろう。いずれも、切なさに溢れているのではないだろうか。それは歌のメロディーやコード進行、ピアノやアコースティックギターの響き、エレキギターの歪み…様々な要素に織り込まれている。そんなところに、私はPekkaの人間らしさを感じているし「これぞうたもの!」と思っている。とても好きな1枚だ。
9位
音楽家:Noitasapatti(ノイタサパッティ)
作品名:Kuolemattomille maille(クオレマットミッレ・マイレ)
ジャンル:メロディック/シンフォニック・ブラックメタル
発売年月日:2022年6月25日
レーベル:More Hate Productions
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2017年結成のバンド、Noitasapattiによる1作目のフル・アルバム。
ややスローな重たいグルーヴと、1曲目や5曲目のような起伏の激しい壮大な楽曲構成が特徴的。そんなサウンドに、自分はどこか『けもの道』や『裸体』などヘヴィサイドのCoccoに近いものを感じ、気に入ったのかもしれない。
特筆すべきはErakkoのボーカルだろう。ある意味コミカルともとれる絶叫ボイスはダークなサウンドと絡み合うことでフィンランドの森で鳴り響く狼の咆哮と化する。本人はインタビューでBurzumやハードコア・パンクに影響を受けたボーカルだと語っているが、それも納得の真っ暗な悲哀と暴力性を兼ね備えた唯一無二の歌声だ。
ちなみに、Noitasapattiが影響を受けている音楽はBathory、Darkwoods My Betrothed、Burzum、Emperor、Gehenna、Thy Serpent、Dissection等の北欧ブラックメタルや、My Dying Bride、Anathema、Paradise Lost等の英国ゴシックメタル、Helloween、Iron Maiden等の伝統的なヘヴィメタル、プログレッシブ・ロック(特にPink Floydが好きらしい。グルーヴは確かに通じるものがある)など実に様々で、これらの影響源もじっくり聴くことで本作への理解をより深めることができるだろう。2023年はブラックメタルの更なるキャッチアップで忙しくなりそうだ。
8位
音楽家:Vermilia(ヴェルミリア)
作品名:Ruska(ルスカ)
ジャンル:アトモスフェリック/ペイガン・ブラックメタル
発売年月日:2022年9月9日
レーベル:自主
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2017年より活動している一人ブラックメタルバンド、Vermiliaの2作目のフル・アルバム。
まず真っ先に惹かれたのはボーカルだった。振れ幅の広いクリーンボイスとデスボイスの歌い分けはとても一人の人間がやっているとは思えないほどに凄まじい。クリーンボイスはVärttinä(フィンランドのフォーク・グループ)を連想させる。デスボイスはクリーンボイスの影となり、光が当たれば何度でも這い出てくる。どちらも同じくらいの魅力を持って共存し、本作の醜くも美しい幻想的な世界観の核となっている。
フォーク・ミュージックへの強い影響も本作の重要な要素のひとつ。前述したVärttinäの影響を強く感じさせるし、かつてフォーク・グループで歌っていたということなのでルーツとして根強く存在しているのだろう。特に7曲目『Ruska』は「フォークの要素を取り入れたブラックメタル」と呼ぶよりは「ブラックメタルの要素を取り入れたフォーク」と呼んだほうがしっくり来る。この作品自体がある意味フォーク・ミュージックの極北とも言えるディープな内容なのだが、楽曲はどれも親しみやすくエキサイトできるので何度も聴きたくなる作品だ。それぞれジャンルは違うがEvanescenceやArch Enemyが好きな方にもお薦めしたい。
7位
音楽家:Pambikallio(パンビキャリオ)
作品名:Pambikallio(パンビキャリオ)
ジャンル:ドリーム・ポップ
発売年月日:2022年3月4日
レーベル:Helmi Levyt
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ドリーム・ポップ・デュオ、Pambikallioの1作目のフル・アルバム。
フィンランド音楽はエキゾチックな魅力に溢れている反面、独特のクセの強さ故に好きになるにはそれなりの時間が必要とされる。10回聴き込んでも「よくわからんな…」と思うこともよくある。そんな中、本作は数少ない「一発で好きになる」タイプの音楽だった。サウンドも歌もとても馴染みやすい響きを持っている。
サウンドはかなりイギリス的…というかThe Beatles。プリッとしたベースの音は紛れもなくポール。もっと言えばThe Beatlesのサイケデリックな側面に影響を受けた『Lonerism』までのTame Impala。そこによりドリーミーな靄がかかったサウンド、と言えるのではないだろうか。
歌はNina Persson(The Cardigans)にアンニュイなテイストを加えたような声で、その声がフィンランド語の可愛い響きを活かしたメロディを口ずさめばこれほどまでに「ありそうでなかった」キャッチーなサウンドが生まれてしまうのか。「エキゾチックさ」と「聴きやすさ」を両立しているフィンランド音楽はこれまで自分が色々聴いてきた中ではなかなか出会えないものだっただけに、本作は広く聴かれて欲しい作品だ。日本でも人気の出るタイプの音楽だと思う。
YouTubeやInstagramで観る限り、ライブもかなり楽しそう(サイケデリックな面をクローズアップしたアレンジがかなりカッコイイ)なので、フジロックやサマソニに出たらきっと盛り上がることだろう。激推し。
6位
音楽家:A.Reikko(ア・レイッコ)
作品名:A.Reikko(ア・レイッコ)
ジャンル:ポップ
発売年月日:2022年5月6日
レーベル:Karhuvaltio Records
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私はTwitterやnoteで対象の音楽を称賛する際に「良質」という表現を使いがちだが、何をもって「良質」と判断しているかの説明をほとんどしてこなかった。あまり親切じゃないなと思いつつもサボっていたのだ。良質かどうかは聴き手それぞれの価値基準で判断されるので、どういう基準かわかればただ「良質」と書いてある感想よりかは参考になるはず。というわけで、この機会にその基準を記載しておきたい。以下のうち3項目以上当てはまれば、私は「良質」と判断することが多い。
歌声が好き(Nick Drakeや山本精一、A. W. Yrjänäなどに近いものを感じると好きになりがち。感情を込めすぎていなかったり静かめな歌い方も好き)
メロディが好き(Mr.Childrenやaikoなど人懐っこいメロディを持った音楽が自分のバックボーンなこともあり、引っ掛かりのあるメロディがあれば好きになりがち)
構成が好き(Aメロ、Bメロ、サビのようなわかりやすい展開はなんだかんだ好き。逆にセクションが1つだけだったりのミニマル構成な曲はあまり好きにならない傾向があるかも。プログレッシブ・ロック的な複雑な構成も好き)
アレンジが好き(The Beatlesの影響を感じさせるものを好きなりがち)
音質が好き(スネアドラムの音の抜けが良いと好きになりがち)
多彩なアレンジ能力を持っている(ひとつのアルバムで様々な顔を見せる表現力を持っていると飽きずに聴ける⇒何度も聴いていくうちに好きになった のパターンが多い)
書きながら、自分はポップスでもメタルでもジャンル問わず概ね上記の価値基準で判断しているんだなと思った。その中でも特にメロディやアレンジの面を重視しているというのも。上記の項目を満たしている音楽作品はそうそう見つかるものではないからこそ、自分はパーフェクトな作品を探し求め、音楽を聴いているのかもしれない。
さてようやく本題である。シンガー・ソングライター、A.Reikkoの1作目のフル・アルバム。本作は、上記6項目中少なくとも5項目以上を満たしている、とても良質なうたものアルバムである。Nick DrakeとJack Johnsonの間に立つ歌声、根っこにあるThe Beatlesへの影響、そこからTahiti 80、Wilco、David Fosterへと発展させ花を咲かせる多彩なアレンジ、求めるもの以上の体験を得られる確かな音質(低音がやや強めなのがカッコイイ)、そして何より10曲全てが人懐っこくポップだ。Red Hot Chili Peppersのアルバム『By The Way』の2曲目『Universally Speaking』のマジカルな居心地の良さが最後まで続くような作品。別の例え方をするなら…日常生活を送る中で時折2秒もないくらいの時間気分がパァーっと高揚する瞬間があるものだが、本作はその「瞬間的高揚」を39分間に引き伸ばしたかのような内容だ。今後も最高の39分間を味わいたいがために、私は本作を聴き続けることだろう。
5位
音楽家:Amuri(アムリ)
作品名:Ettei kukaan tuntisi enää pimeää(エッテイ・クカーン・トゥンティシ・エナー・ピメアー)
ジャンル:ポップ、フォーク・ロック
発売年月日:2022年2月25日
レーベル:Helmi Levyt
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Amuriは2020年に1作目のフル・アルバムをリリースしたバンドである。メンバーは Kalevi Suopursu(ボーカル、ギター、作曲)、Mikko Siltanen(ボーカル、ベース、作曲)、Anna Pesonen(鍵盤、ボーカル)、Sebastian Krühn(ドラムス)の4人。本作は2作目のフル・アルバム。
前作は大人しいバンドサウンドとボーカルの中で時折見せるエキゾチックな音がなんとも言えない居心地で、でも妙に愛着が湧いてくる内容だった。本作もその「なんとも言えない居心地」は継承されているものの、人懐っこさが飛躍的に向上されかなり聴きやすくなっている。原坊的ポジションのAnnaがローズやオルガン、メロトロンなどを駆使していたり、ブラスを導入したり等、サウンド面で華やかさが増したのが大きいのだろう。
Amuriはソングライター及びボーカリストが二人おり、作曲者がボーカルを務めるというスタイルだ。そういったスタイルは様々なタイプの楽曲が並ぶため多彩さが増すのが魅力な一方、トータルの雰囲気や統一感が損なわれシングル・コレクション的な内容になりがちな一面もある。しかし、本作の面白いところは、多彩な楽曲が並びつつも「夕方〜夜へと向かう空気感」や「ムーディーな雰囲気」は終始統一されているのだ。ボーカルが二人いるところも、二人の主人公の物語の世界を楽しんでいるような効果を生んでいる。
もしかすると、彼らはJuice LeskinenやTuomari Nurmio、Leevi and the Leavingsらフィンランド語ポップスのパイオニアが提示してきた魅力を現代の形を持って継承できる(既にできているかもしれない)稀有な存在かもしれない。そう感じさせるほど、本作は独自の魅力に溢れた一枚なのだ。
4位
音楽家:Shark Varnish(シャーク・ヴァルニシュ)
作品名:Eheä Kuin Aurinkokunta(エヘア・クイン・アウリンコクンタ)
ジャンル:ブラッケンド・エレクトロニカ
発売年月日:2022年5月13日
レーベル:Tajuttomat
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Shark Varnishは2016年に結成された、Teemu(ボーカル、シンセ、ドラムマシン等)とAleksi(ギター、ボーカル)によるデュオである。本作は2作目のフル・アルバム。
無機質なドラムマシンのビートと陰鬱なフレーズは聴き始めは悪夢を見た直後のような気分になるのだが、二回、三回と聴いていくうちにどの楽曲も非常に豊かな遊び心に溢れていることに気付いてゆく。『ホワイト・アルバム』のように、それぞれが独自の実験性を積極的に取り入れた無邪気な作品なのだ。それ故に(ローファイさと陰鬱な世界観は統一されているものの)アレンジの方向性は楽曲によってかなり異なる。Low、Godflesh、Earth、CMX(主にボーカル面)、Tangerine Dream、Throbbing Gristle、『KID A』以降のRadiohead、Sunn O)))、Esplendor Geométrico…様々な要素が楽曲ごとに見え隠れしながら自然なグラデーションで展開されるアルバム全体の流れは、何度も聴いていくうちに痛快さを増していく。
Dark Buddha Rising(同じくフィンランド出身のサイケデリック・ドローン・メタルバンド)のMarko Neumanがゲスト・ボーカリストとして参加している点も非常に興味深い。Markoの強烈なデスヴォイスによって楽曲に効果的なアクセントが生まれているのはもちろん、メタルの要素が加わることで本作はより豊かな広がりを持ち、様々な領域のリスナーに響く内容となっている。ちなみに、本作を聴く上で一番しっくりくるシチュエーションは夜。夜道を歩きながら聴くのも良し、薄暗い部屋で小さめの音量で聴くのも良し。寝静まった街の中、陰鬱なビートに乗って密かに踊るのが楽しいのだ。
3位
音楽家:Kalmankantaja(カルマンカンタヤ)
作品名:Metsäuhri(メッツァゥフリ)
ジャンル:アトモスフェリック・ブラックメタル
発売年月日:2022年1月7日
レーベル:自主
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Kalmankantajaは創始者のGrim666を中心としたブラックメタル・プロジェクトであり、2011年より活動を開始している。ブラックメタルの作り手は多作家が多く、Kalmankantajaも例に漏れず2022年12月29日時点でフル・アルバムを22作リリース(うち3作は2022年リリース!)しており、本作は20作目のフル・アルバムとなる。
2022年1月、私はBandcampでフィンランドの面白い音楽を探すのに夢中だった。毎日「Finnish」やら「Suomi」やらでタグ検索すると現れる作品たちを必死に吟味していた。そんな中で見つけたのが本作だ。ノアの方舟もしくは海賊船か…謎の廃船らしきものが森の一部と化した様子を描かれたジャケットに惹かれ、私は本作を聴き始めた。
本作の収録曲はどれも長尺だ。10分以上の曲がほとんどで、一番短い曲で7分半もある。歌が始まるまでに2分半かかる曲もあったりする。うたものにしてはかなり長いので聴き始めは戸惑ったものだが、何度か聴いていくうちに各セクションの構成やメロディはかなりキャッチーで実はポップスの作法を重んじているのかも、ということに気付く。長い尺だからこそ「凍てついて乾燥した陰鬱さ」にジワジワ浸ることができるんだということさえ掴めれば本作はとても聴きやすく、聴けば聴くほど、聴いている時間の居心地が特別なものとなっていく。ある地点までいくと「この世界に浸っている時間が終わってほしくない」とさえ思えるほどの訴求力を秘めているのだ。
私はMONOの『Yearning』という曲の、特にアウトロが好きだ。どうしようもない境地に立たされもがき苦しみ発狂し、最終的には絶望を通り越して無心状態、ふと周りを見渡せば荒れ果てた景色が一面に広がるばかり。そのような情景が目に浮かぶのだ。Kalmankantaja『Metsäuhri』は、『Yearning』のアウトロを聴いているときとかなり近い気分にさせてくれる稀有な作品だ。『Metsäuhri』は、『Yearning』のアウトロの焼け野原から要素をひとつひとつ掬い取りブラックメタル的観点で発展させることで生まれたうたもの集、と言っても良いかもしれない。本作をキッカケに私はKalmankantajaのファンとなり、彼らの作品を片っ端から聴いたのだが、本作の方向性や聴きやすさ、居心地のよさは格別なものなのだと再認識した。私が今年一番聴いたアルバムが本作になったのは、本作の魅力がジャンルを問わないものなのを証明している。
本作を聴き始めたことによって、私はフィンランドのアンダーグラウンド・ブラックメタルの森へ迷い込むこととなった。その森はとても深く、進めば進むほど歪さを増すものでありながら妙に居心地がよかったりして、抜け出せなくなってしまった。その結果、私に「ブラックメタル」的観点が芽生え、膨大なインプットが増え、私の音楽ライフはより豊かなものとなった。本作はそのキッカケとして大きな役割を果たしてくれた作品であり、今後「私を構成する一枚」となり得る重要作なのである。
2位
音楽家:Litku Klemetti(リトゥク・クレメッティ)
作品名:Asiatonta oleskelua(アシアトンタ・オレスケルア)
ジャンル:ポップ
発売年月日:2022年10月28日
レーベル:Is This Art!
ダウンロード/ストリーミング
Litku Klemettiは2016年にLitku Klemetti ja Tuntematon Numero名義でデビューし、2017年以降はソロ名義で作品を発表しているシンガーソングライターである。
本作はソロ名義では5作目のフル・アルバム。デビュー当初から所属していたLuova Recordsを離れ、本作はMaustetytöt等が所属しているIs This Art!というレーベルからリリースしている。
私が彼女の存在を知ったのは2020年と記憶している。当時はまだフィンランド音楽の情報をキャッチする方法が最適化できておらず、模索していた。そんな中で見つけたのがonechord.netというサイトだ。Vesa Lautamakiという熱心なリスナーの方が長年に渡ってUS、UK、そしてフィンランド音楽のインディー系を中心に話題作を紹介しているブログで、未だに参考にさせていただいている。そこでも毎年年末になると年間ベストアルバム記事が投稿されており、もちろんフィンランド音楽の年間ベストも発表されている。2017年版か18年版の記事に彼女の作品がランクインしていて興味を持った。初めて聴いた作品は『Juna Kainuuseen』だったと思う。それ以来彼女の作品をよく聴くようになり、活動もチェックするようになった。そういった経緯で彼女の音楽活動に対しての思い入れが強くなっていたこともあり、本作への期待値はかなり高く、今年最も待ちわびていた新譜と言ってよいだろう。そして実際に聴いてみると、私の期待値を遥かに上回る素晴らしい内容だった。
これまでの彼女の作品以上に、より突き抜けてポップに、より多くの聴き手の心を掴む訴求力と広がりを携えているのだ。何より自分が一番グッときたのは、70年代にアメリカやイギリスで生まれたロックの往年の名作たちへの多大なるリスペクトに溢れたサウンドであるところ。本作に近いものを感じたのはTodd Rundgren『Runt: The Ballad of Todd Rundgren』、Carole King『Tapestry』、Elton John『Don't Shoot Me I'm Only The Piano Player』、Bruce Springsteen『Born To Run』…もちろんQueenやBilly Joel、他にもたくさん。本作を聴いていると思う。「あぁ、俺って本当に70年代ロックが好きなんだな」と。思えばaikoやGRAPEVINEを好きになったのも彼らのサウンドに70年代ロックに近いものを感じたからだし、私の中で非常に重要なルーツでありツボなのだと実感した。そして本作は、そんな私のツボをこれ以上ないってぐらいに押さえた内容なのである。
そんな輝かしい70年代ロックの影響を強く感じさせながらも2022年を生きるリスナーに響くサウンドに仕上がっているのは、何より彼女のずば抜けたセンス(作曲、編曲、歌唱いずれも)とフィンランド語の歌詞ならではのオリジナリティ、そして幅広い影響元にあるだろう。彼女がInstagramで投稿した「人生の歌」リストは以下の通り。
Wigwam - Proletarian/InspiRed Machine
Wigwam - Fairyport
Räjäyttäjät - Ei Hauskaa
Ariel Pink - Round and Round
Ariel Pink's Haunted Graffiti - Only in My Dreams
Anne-Marie David - Tu te reconnaitras
プログレ、ガレージ・ロック、サイケ・ポップ、フレンチ歌謡と、何とも「らしさ」に溢れたラインナップである。こうした別け隔てない彼女の嗜好が本作が「ポップながらも一筋縄ではいかない」深みと新鮮さを持つことに繋がったのかもしれない。
本作はこの年間ベストアルバムでは2位という結果になったが、正直2位と1位の差はほとんどなく、実質同率1位だと思っている。ポピュラー音楽部門で言えば堂々の1位と言えよう。それぐらいの傑作だし、発売当初から何度も聴いて、2023年以降も…何年先も事あるごとに聴きたくなるだろうと思ったからだ。「フィンランド音楽でオススメは?」と聞かれたら、私は迷わず本作を選ぶ。2022年までに私がインプットした限りでは、最も素晴らしいフィンランドの音楽作品のひとつである。
1位
音楽家:Kasvoton(カスヴォトン)
作品名:Portit / Takaisin Syvyyksiin(ポルティト / タカイシン・シュヴューキシーン)
ジャンル:デスメタル
発売年月日:2022年11月19日
レーベル:自主
ダウンロード/ストリーミング(Portit)
ダウンロード/ストリーミング(Takaisin Syvyyksiin)
2010年結成。本作は2作目のフル・アルバムにして、なんと『Portit』と『Takaisin Syvyyksiin』という2作のアルバムの2in1仕様となっている。ちなみに2作のジャケットも存在しており、サブスクでは2in1ではなく個別に配信されている。
2021年はMastodon『Hushed and Grim』、2022年はBig Thief『Dragon New Warm Mountain』やWilco『Cruel Country』など、昨年から異例と言ってもいいくらいのペースで二枚組アルバムの話題作がリリースされてきたが、本作はその中でも特に推したい傑作だ。
デスメタルというジャンルで二枚組という激ボリューミーな大作をリリースしただけでも絶賛したいくらいなのだが、本作の凄いところは内容も非常に充実しているという点だ。このアルバム、とにかく何度聴いても飽きない。バンドのサウンド自体はCannibal Corpse直系のオールドスクール・デスメタルで、ほぼ全曲がドラマー泣かせの全力疾走路線で統一されている。『ホワイト・アルバム』や『メロンコリーそして終りのない悲しみ』のような、様々な要素を取り込みバラエティ豊かにすることで二枚組という長い尺でも聴き手を飽きさせないようにする、といったような方針を本作は一切取っ払っているように感じる。しかしだ、にもかかわらず、だ。本作は飽きるどころか、最後までエキサイトした状態で聴き通せてしまうのである。それはなぜだろう。
それはもう、1曲1曲の力の入れ具合が尋常ではないから、という言葉でしか今は説明がつかない。ボーカル、ギター、ベース、ドラム、音を構成する全ての要素が最高の音質をもって邪悪な塊となり転がり続け肥大化する。その様子を体感することでなぜだか高揚感を味わえてしまう。曲調は一般的にみれば暗いとされるものなのだろうが、暗いとか明るいとかそんなのどうでもいい、とにかく最高だろと言えてしまうどうしようもないカッコよさに溢れているのである。
軽快でテンションの高い全力疾走ナンバーが並んでいるのもあってか、気軽にいつでも聴けてしまうのも本作の強い魅力だ。デスメタルやブラックメタル(どちらかというとブラックメタル)は天気の悪い日に家でひっそり聴く方がしっくり来る「内向き」な作品が多いという印象を受けているのだが、本作は晴天でも楽しく聴けてしまう珍しく「外向き」にも対応できる作品なのだ。
2022年は「フィンランド語歌唱の面白い音楽」を求めあらゆる作品を聴く中で、膨大な数の良作と出会うこととなった。正直どれが1位になっても不思議ではないくらい充実していたので順位付けは非常に迷ったのだが、本作を聴いたときの興奮や高揚感は非常に得難いものだったため、このような結果となった。本作は昨年のCannibal Corpse『Violence Unimagined』以来の衝撃であり、フィンランド音楽の凄まじい世界を実感できる内容だった。
5年、10年経ってこの記事を再び眺めたときに、今回挙げた20作品が変わらずに自分にとって大切な作品であり続けるのだろうか?それはもちろんその時になってみないと分からないのだが、少なくとも現時点ではどの作品も5年先、10年先も付き合い続けるだろうと思って選ばせていただいた。Kasvoton 『Portit / Takaisin Syvyyksiin』は、その中でも最有力候補であり、それに相応しい強度を持った作品なのである。