マーケティングの生態系

市場をひとつの生態系と考える。それはいくつかの生態系の重なり合いになる。海の生態系と陸の生態系はほぼ分離できるが、平原の生態系と山岳の生態系は重なり合う部分が多い。
生態系のメンバーはドメインを作り、ニッチ戦略を取り、レジリエンスによって進化していく。進化とは生き残り戦略である。
この生態系概念でマーケティング分析を行う。
<生態系と市場>
生態系概念は進化論と親和性が高い。ダーウィン自身は言ってないらしいが「適者生存」という考えがあり、「生き残った者が正しい。変化できた者が生き残れる」など、種の進化の世界観の基盤に生態系がある。
生態系は環境とメンバーの関係(捕食、被捕食)のネットワークで構成される。自然環境は自律的に変化するが、メンバーの生命活動の影響も受ける。環境と構成メンバーの関係によってさまざまな生態系ができている。大きくは海と陸の生態系の違いがある。
生態系概念を市場に当てはめると企業、製品、ブランド、消費者が構成メンバー、自然・経済・社会状況が環境になる。
市場の競合関係は、捕食・被捕食関係ほど単純ではない。市場生態系の多様性は、社会・経済的環境の違いから生まれる。
<企業ドメインとニッチ戦略>
企業戦略論で企業ドメインということが時々言われる。少し前になるがXeroxは「ドキュメントカンパニー」を宣言した。カゴメは「トマトと野菜のカンパニー」を企業ドメインとして久しい。
Xeroxはかの有名なパロアルト研究所を所有していたほど、コピー機だけでなくITという生態系の超先進企業であった。
IT生態系は過当競争で収益率が下がり、再生をかけて自分達の発祥業種であるコピー機市場に特化する宣言をしたのである。
カゴメは食品市場生態系の健康志向生態系の中でアイデンティ確立のため「トマト関連、野菜関連」市場をドメインにする宣言をした。企業ドメインは市場(生態系)で生き残る、進化するための自己規定であり、コア・コンピタンスと言い換えられる。
企業ドメインはある生態系(市場)の中で自分の生き残る方策を宣言し、縄張りを主張するものである。
ドメインを宣言しても他の構成員からの攻勢がなくなることはない。
そこで生態系の中で競合の少ない弱い縄張りを作る。これをニッチ戦略、あるいはブルーオーシャン戦略という。
生物学で言うニッチは天敵のいないテリトリーという意味でなく、天敵の攻撃を高確率回避する方策を手に入れる戦略をいう。
天敵(競合)のいない生態系は生態系とはいえず、競合関係のない生態系のニッチを探すことは非常に難しい。
<擾乱とレジリエンス>
クリステンセンを待つまでもなくあらゆる生態系は外部からの擾乱にさらされる。Xeroxもビジネス分野でのペーパーレス化が極限まで進めば、レジームシフトが起こり、存在自体があやぶまれることになる。
ドキュメントの新しい価値を訴求したり、ペーパーレス化の負の面を強調するなどして擾乱に対するレジリエンス、回復力を発揮できないと市場から退散させられる。
自社への擾乱だけでなく、生態系全体にかかわる擾乱もあり、自社のレジリエンスだけでなく、生態系のレジリエンスも考えることが重要になる。
<トヨタの企業ドメイン>
トヨタが自家用車生態系の主要メンバーであることは間違いない。ホールディングスではバス、トラック関連会社も傘下にあるが主要パフォーマンスは自家用車の生産、販売、メンテナンスである。
この自家用車生態系は最もグローバル化が進んでいて、ニッサン、ホンダだけでなく世界の自動車メーカーと競合関係にある。
トヨタの企業ドメインは何かとみてもトヨタ自身これだというドメインは発していない。強いて言えば「Fun to Drive」だろうが、Xeroxのドキュメントカンパニーに比べてコミュニケーションコピーに偏っている。
<EV化の要請とトヨタ>
大まかに言うと10年前までの自動車生態系の競合要因のコアはデザインと燃費の競争だった。それ以前はスピードとか馬力のハードの競争もあったが、完全にソフトの競争にシフトしていた。
その中の燃費競争でレジームシフトを起こすべく、テスラというEVメーカーが参入してきた。
これをきっかけに、EVシフトはトヨタのレジリエンスを超えて業界全体のレジームシフトになるとの言説が盛んになった。マスコミ、識者が一斉に「トヨタはEV化のバスに乗り遅れた」と非難した。
<EV化擾乱の特徴>
このEV化擾乱の特徴は自動車生態系を超えた地球全体の生態系を起源に持ち、脱炭素というイデオロギー性を多分に持つものであったということである。この擾乱は、「生態系を変える、コントロールできる」との強い信念を持つ西欧の価値観に拠っていた。そこで、欧州の全メーカーがレジームシフト(EV化)を受け入れる宣言をしてしまった。
さすが、キリスト教と共産主義を生んだ社会である。
EV化とは全く違う方向の自動運転も擾乱要因となってトヨタの「Fun to Drive」を根本から否定するレジームシフトの圧力が強まった。
<トヨタのレジリエンス>
自家用車生態系を襲ったEV化の擾乱は、数段階上の生態系、地球環境という生態系を起源としたものなので、自家用車生態系の論理では対抗できないことをトヨタは早い段階で認識していた。
自家用車の生態系に限定すれば、対テスラ、対BYDの戦略で済むが、攻撃はそのはるか上の思想やイデオロギーからきているので、自家用車生態系のメンバーとして直接対決するのは得策ではない。
トヨタが取った戦略は上位の生態系で闘うのではなく、あくまでも自家用車生態系内で闘うという正当な戦略だった。
内燃機関から電気モーターになる将来は認めて、それに至るプロセスを科学的に分析することで、今現在でEV化する年月を宣言することは正しい行為ではないとした。
その分析は、
・電池のパフォーマンス不足と重量過大からくる充電時間と車、タイヤの
 耐久性の問題を解決するメドが立っていない。
・EVはメンテナンス市場とセカンドユース市場が未成熟(というよりでき
 ていない)。
・電気の安定供給のためには原発が必要(上位の生態系では反原発が主張
 されている)。
などエビデンスベーストなものであった。
自己の生態系を超えたところから来る擾乱要素には対抗することなく、自分の生態系については徹底的に科学的分析から擾乱要因に対応している。
これがトヨタのレジリエンスなのである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?