【散文詩】蝶【掌編】
貴方がわたしの指に結んでくれたのは、蝶の形をした願いだった。小さな宝石のような模様を抱いて、蝶はわたしの指に棲みついた。流れる甘い血は吸い上げられ、指は鱗粉に塗れてかさついた。蝶はそれでも肥えない。痩せた願いだけが、貴方がいなくなった後も残り続けた。
いつまでここにいるつもりなの。わたしは蝶の薄い翅を摘んで訊いてみる。さぁねぇ、と応えが返る。指は歳をとる。皺の間深くまで鱗粉が入り込んで、皮膚と同化する。帰る場所はないの。さぁねぇ。指と蝶は身を擦り減らし、一体となって朽ちてゆく。
その朝は不意に訪れた。永らく脚に絡みついていた願いの糸は、強い風に解けて切れた。それに気づいた蝶は、枯れ木のように乾涸びた指の上でゆっくりと、戸惑うように翅を瞬いた。蝶は飛び立とうとした、けれどもう遠くへ飛ぶだけの力は残っていなかった。
わたしは枯枝に成り果てた指を折って、指ごと蝶を空に放つ。弧を描いて飛んで行く軌跡には、鱗粉がきらきらと夢のように降る。願いに生きるのは幸せだった? さぁねぇ。わたしは貴方の横顔を思い出しながら、指一本欠けた手を撫でた。どこも痛まなかった。
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掌編と散文詩の合間のような一遍を書きました。小説と詩の境はどこにあるのでしょう、と日々考えたり考えなかったりしています。
小牧幸助さんの #1分マガジン という企画に参加させていただきました。
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