同じ満月を見ている。
25年以上も前のこと。社会人として働き始めた22歳のわたし。おじさん、おじいさんばかりの職場で、20代後半の彼は、懐っこい犬みたいな笑顔がまぶしくて、わたしを妹みたいに気にかけてくれる存在だった。
忘年会か新年会だったか、職場の懇親の機会に、彼を含めた数人で飲みに行ったとき、職場とはちがう雰囲気にドキドキしたり、ひっそりと素敵だなと、わたしは彼に憧れていた。
桜が満開になったある年の4月。 彼は人事異動でいつのまにかいなくなった。 わたしには一言も言葉がなかった。 彼にとってわたしは、なんでもない存在だったことを思い知った。わたしは、悲しくて声を上げずに泣いた。
それから20年。 偶然、彼と東京で再会した。わたしも彼も、二人の子どもの親になっていた。 上の子どものお誕生日が数日違いで驚いた。
わたしはずーっと忘れていた、ノスタルジーに引き戻された。
22歳のわたしが解けなかった、難しい数学の問題を、解けるまで、時間がかかった。 わたしは、彼が欲しくてたまらなかった。
1年かかって、わたしは、ようやく彼の身体を手に入れた。心まで手に入れたかどうか、それはわからない。
彼は、博多に住んでいる。 会えるのは、毎月1回、東京の本社で開催される会議のために、彼が仕事で上京する日だった。
既婚者同士の遠距離恋愛では、毎日話すことを見つけるのも大変。いつしか、お天気のことや、仕事帰りの夜、見上げた夜空の話をするようになった。
ある夜、博多にいる彼から、満月の写真が送られてきた。
「月が綺麗だったから」
そんな言葉が添えられていた。綺麗な月をみて、それを誰かに伝えたくなるって、恋してるんだね、わたしに。
ようやく、彼の心が手に入ったと思った夜だった。
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